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スイスに住む外国人女性のための生活クラス「チューリヒレーベン」

議員席に腰掛けて、レクチャーを受ける。またとない体験であろう! swissinfo.ch

2014年の時点でスイスの人口は824万人。全人口の約23%が外国人だ。移民が多く住むチューリヒ市では、移住者が新しい環境に馴染み、外国での生活を快適に過ごす事ができるよう、様々な取り組みが行われている。その一つが、チューリヒで暮らす女性のためのインテグレーションコース「チューリヒレーベン(Zürich Leben)」である。ちなみにLebenとはドイツ語で、生活を意味する。今回はこのチューリヒレーベン(以下、レーベン)について、筆者の過去の体験も交えながらご紹介してみよう。

 レーベンはチューリヒ市が開催している生活クラスで、チューリヒ州に住む外国人女性を対象に開かれている。スイスに移住した人々が新しい環境に馴染み、歴史や生活習慣を理解しながら、日々の生活を円滑に過ごすためのカリキュラムが組まれている。

 コースは様々な言語で行われており、受講者の母国語で受けられる。日本語のクラスは次回、9月16日からスタートの予定。授業は週に1回、平日の午前8時45分より11時15分まで行われる。他の言語でのクラスは最小人数に満たない時もあり、開講されない事もあるそうだ。新たな環境にいち早く対応したいとチャレンジする勤勉な日本人の国民性も重なってか、日本語クラスは毎回人気のクラス。今年の秋には初めての試みで、問い合わせが多かった夕方の短期クラスも開催され、こちらは男性も受講が可能との事だ。

 レーベンはチューリヒ市内の旧市街の一角にある「Karl der Grosse」で行われている。地下には託児ルームが設けられ、小さなお子様を持つママたちにも優しい環境だ。建物はチューリヒ市が所有しており、レーベンの他にも、市のイベントやディスカッションなどの場としても利用される。

チューリヒレーベンが行われている「Karl der Grosse」。かつてはアルコールを出さない飲食店であった。現在は1階がレストラン、古い出窓は当時のまま swissinfo.ch

 筆者は数年前、レーベンに興味を持ち参加してみた。コースを受講するにあたり、特に在住歴の制限は無いようだ。現在、日本語クラスの講師を務められるのは、スイス在住20年以上の鈴木理香さん。日本語教師、通訳、ガイド業など、オールマイティーに仕事をこなされる先生だ。授業の内容は数年前から内容が凝縮。ちょうど自身が参加した回から、回数が縮小された。もっと以前に受講した友人達は、20回近く通ったという。回数が減ったのはチューリヒ市の財政と関係するらしい。現在は開校式と修了式を含めた13回のうち、10回受講するとチューリヒ市より終了証書が発行される。

 コースの参加費用は、チューリヒ市内在住者は60フラン、チューリヒ市外在住者は320フラン(2015年9月現在)と、グーンと跳ね上がる。以前は受講費用に大差は無かったそうなのだが、授業回数の見直しと共に受講料も改正された。チューリヒ市が開催するクラスなので、市内在住者のプライオリティが高いという訳だ。筆者はチューリヒ州在住であるが、チューリヒ市内に住んでいないため、320フランを支払った。少々高額な気もするが、当時既に10年近くスイスに住んでいながらも、まだよく理解しきれていなかったスイスの制度やシステムを、いろいろな角度から学べた。スイスで生活をするにあたり、知識として得たものは、自分にとって、とても大きかった。

 コースの授業内容は、スイスの歴史や文化、他民族国家となった経緯、スイスの政治、法律、社会保障制度、就労、教育システム等を学ぶ。生活の知識、住居や近所付き合い、健康保険等、身近な話題についても勉強するため、チューリヒだけに留まらず、スイスで生活をするための必要な情報が詰まった充実した内容だ。教室内で受講する講義に加え、数回は屋外見学がある。外での授業は他言語のクラスの女性達と合同で行われる。国ごとのグループに分かれ、引率する先生が母国語に訳して説明して下さるので、教室を出ても日本語で受講する事が出来る。屋外に出かけての授業は、小学校の頃に体験した社会科見学のようで楽しい!筆者にはこれが一番興味深い体験であった。

聖母教会からの裏手にある回廊、周りにはいくつもの壁画が描かれ、歴史がストーリー形式で表されている。チューリヒの街にこんな場所があったとは知らなかった! swissinfo.ch

 チューリヒ市内の歴史散策では旧市街を中心に歩く。街の歴史や、無意識に通り過ぎていた街角に秘められた意外な逸話、まるで隠された場所に潜んでいたかのような歴史的建造物を見学した。大時計がシンボルでもある聖ペーター教会(Kirche St.Peter Zürich)では通常、一般では立ち入る事の出来ない時計塔の内部に入り、塔の上まで登って、管理人のレクチャーを受けた。昔、実際に使用されていた鐘を間近で見学したり、大時計の時計の針を塔の内部から眺めたりしながら、街の歴史を説明していただく。時計塔はかつて、鐘を鳴らして市民に時刻を知らせた。火事の見張りのための「やぐら」も兼ねていたのだそうだ。緊急時には旗を振ったり、ラッパを鳴らしたりして市民に知らせたのだという。

狭い時計塔の中、急な階段は1列になってゆっくりと登って行く swissinfo.ch
聖ペーター教会の時計塔内部には、かつて使用されていた大きな鐘が保管されている。昔はこの鐘の音が人々に時を知らせた。現在は自動仕掛けの鐘の音が街に響き渡る swissinfo.ch
かつては見晴し台としても使用されていた聖ペーター教会の時計塔からの景色。この場所から街を見渡し、火事等の発生を市民に知らせた swissinfo.ch

 個人ではなかなか足が向く事の無い、チューリヒ市議会にも立ち入る事が出来た。市議会の会議室は役場(Rathaus)の中にある。議会の様子を見学する前に、会議開始前の議員席に着席し、議長から建物や市議会についての講義を受けた。議長の説明はドイツ語だが、先生が日本語に訳して説明して下さるので、ここでも内容を理解する事が出来る。議員席に座る事などまず機会が無かろう自分には、この体験は非常に貴重であった。説明の最後に議長が「会議中、議員達の中には新聞を読んだり、おしゃべりをしたりする人がいるかもしれませんが、気にしないように」と、付け加えたのには驚いた。結果はまさにその通り!もしも事前にこの説明を受けていなかったとしたら、見学の最中にカルチャーショックを感じていたかもしれない。議会が始まる前に2階の聴衆席に移動。ここでは一般で訪れた聴衆者と一緒だ。スーツにネクタイを身に着け、表情も硬く、とても厳しいイメージの右派に対し、比較的カジュアルな服装でにこやか、リラックスムードが漂う左派の議員達。同じ議員でも大きく印象が異なる事にも驚きを覚えた。

チューリヒ市議会が行われる会議室。議長から見て右(聴衆席から眺めて左)に右派、議長から見て左(聴衆席からは右)に左派の議員が着席する。中央に飾られているシャンデリアは1834年にパリ市から寄贈されたもの swissinfo.ch

 チューリヒ市のゴミ焼却場&発電所の見学では、スイスのゴミ処理システムと、処理の際に燃やす熱を利用した発電について学んだ。スイスのゴミ焼却施設は優れた濾過システムを利用しており、ゴミ焼却の際に発生するガスは浄化されて外に排気しているため、環境に与える影響を最小限にとどめる事ができるのだという。ゴミ焼却による熱は、暖房や発電に使用されている。

ヘルメットをかぶって、ゴミ焼却場&発電所の見学。気分は学生時代に戻り、社会科見学のようで楽しい! swissinfo.ch

 環境に考慮したゴミ焼却場&発電所の見学については、とても学ばされる事が多く、この記事を読んで下さっているみなさまにも、もっと詳細にお伝えさせていただきたいので、上記は再度別の機会に、更に詳しく綴ってみたいと思う。

ゴミ焼却場&発電所内では係員より、ゴミの選別から、焼却、発電までのプロセスの説明を受けながら見学 swissinfo.ch
チューリヒレーベンの修了式が開催される、市役所内の音楽ホール swissinfo.ch

 コースの全行程が終了すると、最終日にはチューリヒ市役所にある音楽堂にて、それぞれの国の受講者全員が集まり終了式が開催される。市の代表から一人一人に手渡しされる修了証書を手に取ると、一つの事をやり遂げたような達成感も加わり、嬉しさがこみ上げる。レーベンはチューリヒ市について学ぶだけではなく、先生をはじめ、出会った人々と、交友関係を結べるのもまた大きな魅力だ。クラスメイトの仲間同士、海外での生活の悩みを打ち明けたり、授業の後にランチを共にして、日々の生活で感じる疑問点を話し合ったりするのもまた、自分にとってのチューリヒレーベンなのだと感じる。

スミス 香

福岡生まれの福岡育ち。都内の大学へ進学、その後就職し、以降は東京で過ごす。今年の春で、スイス在住12年目。現在はドイツ語圏のチューリヒ州で、日本文化をこよなく愛する英国人の夫と二人暮らし。日本・スイス・英国と3つの文化に囲まれながら、スイスでの生活は現在でもカルチャーショックを感じる日々。趣味は野球観戦、旅行、食べ歩き、美味しいワインを楽しむ事。自身では2009年より、美しいスイスの自然と季節の移り変わり、人々の生活風景を綴る、個人のブログ「スイスの街角から」をチューリヒ湖畔より更新中。

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