スイスの年金制度 次世代が危機にさらされているのはなぜか
年金制度の崩壊をどう防ぐか。これは多くの国々が直面している課題だ。スイスがこの問題を解決するには、「直接民主制」というさらに厳しい壁が立ちはだかる。
スイスでは数十年にわたる激しい議論の末、2022年9月の国民投票では、女性の定年を現行の64歳から男性と同じ65歳に引き上げる改革案が可決された。老齢年金の水準を維持するには緊急に対策を講じる必要性があり、賛成派を後押しした形だ。賛成50.5%と僅差で決着した今回の国民投票は、男女間、そしてフランス語・イタリア語圏とドイツ語圏の間でも結果に大きな差が見られ、国を二分する隔たりを浮き彫りにした。
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女性の年金定年引き上げ受け抗議デモ
スイスでも多くの国と同じく、平均寿命が伸びたため年金制度の維持が難しくなっている。年金受給者数に対し、保険料を納める現役世代の数が足りない状況だ。政府の予測では、女性の定年引き上げをもってしても、32年以降に老齢年金の受給と負担の均衡が崩れることになる。
スイスの年金制度は3本の柱に基づく。第1の柱は、日本の国民年金に当たる老齢・遺族年金(AHV)だ。最低限の生活保障を目的とし、居住者全員に加入義務がある。第2の柱は、日本の厚生年金に当たる企業年金(BVG)。これまでの生活水準を維持するためのもので、年収が一定額を超える被雇用者に加入の義務が生じる。第3の柱は、任意で加入する個人貯蓄だ。公的年金の補てんを目的とした積み立て式の私的年金で、税控除が受けられる。
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年金制度
だが3本の柱が支えるスイスの年金制度は、その目的を果たせていない。定年退職者の多くが、最低限の生活を保障するはずの老齢・遺族年金だけでは暮らせず、国の追加給付に頼らざるを得なくなっている。女性と低所得者は企業年金への加入機会が限定的なため、年金受給額が相対的に低い。老齢年金の財政は、主に平均寿命の伸びが原因で悪化する一方、保険料を運用して利益を上げる企業年金の財政は、市場の動きに影響を受けやすい。景気の悪化に伴い、企業年金基金の投資収益がたちまち無に帰す可能性があるためだ。
受給者間の不平等を是正し、少子高齢化に対応すべく、スイス政府は多くの国にならい、数々の改革に着手してきた。しかし過去20年間の経緯を見ると、直接民主制と複雑な年金制度が改革の進行にブレーキをかけているのは明らかだ。04年の国民投票では、女性の定年引き上げを盛り込んだ老齢・遺族年金の改革案が否決された。17年には同じく女性の定年引き上げ、及び老齢・遺族年金と企業年金に関する改革案が国民投票にかけられたが、こちらも否決に終わった。
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スイスの新しい年金改革案ってどんなもの?
こういった再三のとん挫を経て、2022年9月の国民投票でついに女性の定年変更(64歳→65歳)が可決された。これはスイスにとってささやかな革命と言えるが、ほとんどの先進国はとうの昔に定年を引き上げ、男女間の定年格差も解消済みだ。
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女性定年年齢 今度こそ引き上げなるか
スイスが年金制度を持続させるには、まだ長い道のりが待ち受ける。女性の定年引き上げはその最初の1歩に過ぎない。可決された改革案は、長期的には老齢年金の財政問題を解決できず、現存の不平等を是正するものでもない。いずれは第1の柱のさらなる改革も避けられないだろう。
第2の柱である企業年金は、既に新たな改革案の検討が進んでいる。だが多くの批判を呼び、左派政党と右派政党は真っ向から対立している。年金問題は今後数年間、引き続き多数の審議や国民投票の大きな争点となりそうだ。
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