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スイスの町から子どもが姿を消した理由

歩道を歩く子どもたち
車中心の都市計画は、子どもを都市から追いやった KEYSTONE/Salvatore Di Nolfi

スイスの都市では子どもの1人歩きを見ることはほとんどなくなった。バーゼルなど一部の都市が目指す「子どもに優しいまちづくり」とは何か?

公園・遊び場を除くと、スイスでは子どもが路上で遊んだり、1人で歩いて学校に通ったりする姿を見ることは珍しくなっている。

今の子どもたちは「後部座席世代」と呼ばれることもある。路上ではなく車窓からしか町を眺めることがないという意味合いだ。カフェからホテル、結婚式まで、「子連れ禁止」の場所やイベントに子どもは正式に歓迎されなくなっている。

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モビリティとデジタル化

「20世紀終盤から21世紀初めにかけて、子どもたちを公共の場から排除する動きが長く続いた」。「Leurs enfants dans la ville(仮訳:都会の子どもたち)」の著書がある社会学者クレマン・リヴィエール氏は、フランス語圏のスイス公共放送(RTS)の番組でこう指摘した。

理由は複数ある。特に多く指摘されるのは車の普及だ。都市は段階的に、通勤時間帯などにできるだけ多くの車が往来できるように形作られてきた。その帰結として歩行者、特に身体の不自由な人や子どもの存在は二の次になった。

デジタル化にも一因がある。SNSのおかげで移動しなくても友達と会話できるようになり、ビデオゲームの普及で自宅での過ごし方も多様になった。オンラインサービスの充実も在宅志向を強めた。

リスク忌避

子どもを取り巻くリスクへの社会認識も敏感になっている。「1990年代にベルギーで発生したデュトルー事件以降、欧州ではさらに敏感さが増した」(リヴィエール氏)。ベルギー南部シャルルロワでマルク・デュトルーが1995~96年に6人の少女と若い女性を誘拐・監禁し性的暴行を加えた事件で、ベルギー最悪の小児性愛犯罪外部リンクとされている。「小児性愛者の存在が社会に強く認識され、子どもが公共の場で事件に酷い目に遭うのではないかという恐怖心を生んだ」

20世紀を通じ、一般的に「子どもたちは弱い存在であるとの認識が強まった」とリヴィエール氏は続ける。子育てする親に求められる規範も高まっていた。

ヴィリエール氏が話を聞いた親は、自身は幼少期に大都会を歩き回っていたが、我が子には同じことはさせたくないと話したという。「他の保護者の言動や教育機関、巷の言説などにより、親たちはリスクに対してどんどん敏感になっていった」

それは副作用も生んだという。若者が都市で自立する時期が遅くなる。「若者の移動範囲が狭まり、公共の場で1人で過ごす時間も減った」

そうなるのを防ぐことは可能だ。世界中のさまざまな自治体が近年、「都市を子どもたちに返す」運動を推進している。公共の場を「子どもが子どものために」インクルーシブ(包摂的)な空間に設計し直し、さらに各国の現実に合わせて調整する運動だ。スイス北部の街バーセルは町づくりのガイドライン「目線を1.20mに」を策定し、定期的に更新している。

バーゼル・シュタット準州のガイドライン「目線を1.2mに」は、町に置かれた標識や設置物を子どもサイズに合わせるプロジェクト。また子どもの意見を踏まえて建築規制も見直した。

イタリアのファーノ市では、子どもたちが逃げ込んだり助けを求めたりできる店舗にロゴマークを付けて明示している。モンペリエ大のシルヴァン・ワグノン教授(教育科学)は「子どもが道を尋ねたりトイレに行ったりしたい時には全力でサポートしてくれる店だというマークを、子どもたちの見える場所に貼っている」と説明する。

スペインのバルセロナ市は一部の通りに緑豊かで歩行者に優しい「島」を設け、住民が好きなように使えるようにした。地域に子どもが多いかお年寄りが多いかによって使途は異なる。

創造性と冒険心

子どもに優しい都市は、都市計画者や当局によって用途を指示されない多様さを持つ。

都市のインクルージョンに取り組んでいるパリ在住の建築家マドレーヌ・マス氏は、子どもたちと対話すると、よく話題に上ることがあると話す。

「色や植生、ちょっとした斜面のことをよく話している。軒先によじ登ったり木の陰に隠れたり、モノを動かしたり環境を変えたり、落書きしたりする起伏があるという。都市の風景はとても無機質で、実際には自由で快適な空間というものがない」

ブランコに乗る子ども
Keystone / Petra Orosz

マス氏によると、町にある公園はこうした子どもの期待に応えるものではない。「子どもたちが大人に連れてこられ、監督される密閉された空間だ。限定的で高度に体系化された空間であり、必ずしも子どもたちが自発的に行きたがるとは限らない」

子どもたちに必要なのは「少し自主性を感じられること、1人で行ける場所であること、少なくともそういう実感を持てること」だという。「冒険心と自尊心がとてつもなく大切だ」

政治的な課題

子どもに優しいまちづくりは好循環を育む投資である。自分の好みに合わせてまちづくりをすれば、明日の市民として町をもっと大切にするようになるからだ。リヴィエール氏は、これが出会いや社会的多様性、共生といった非常に政治的な問題を提起するとみる。

「宗教や肌の色、社会階級などの観点から、私たちが他者と出会うのは公共の場だ。今後、家の中で過ごす時間が増えれば、多様性に触れる機会がますます減り、民主主義の問題を引き起こす可能性がある」

独語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:大野瑠衣子

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