スイスの古都 ルツェルン〜初夏の風景
新緑がまぶしい5月の晴れの日、中央スイスの古都ルツェルンを訪れた。今回は初夏のルツェルン散策の様子を、歴史ある世界ボート選手権、「ルツェルン レガッタ(2016 World Rowing Cup II Lucerne Regatta)」の見学も交えてお伝えしてみよう。
チューリヒ中央駅(HB)からルツェルンへは、急行電車IR(Interregio)で約50分。日帰り旅行に気軽に出かけられる場所だ。中世の面影を残す旧市街の町並みと、美しい湖畔の風景に魅了され、筆者は時々ルツェルンの町を訪れる。駅を出てそこにある道路を渡ると、目の前はすぐに湖。フィアヴァルトシュッテッテ湖を航行する遊覧船が、乗船する人々を待ち、船着き場で待機しているのが目に入る。
まずは駅前のバス乗り場から、今回ルツェルンを訪れた目的の一つでもある、レガッタが開催されているロート湖(Rotsee)へと向かった。レガッタはオールを使用するボート競技である。今年のルツェルンレガッタは、5月27日〜29日に開催された。メイン会場のロート湖畔までは、バスに乗車して約10分で到着。チューリヒ同様、市内の交通(電車・バス・トラム)のチケットは1日券として購入できるため、公共交通は何度でも乗り降りが自由だ。
ロート湖で開催されるレガッタには歴史がある。ルツェルンレガッタ協会が発足したのは1903年。そして、1962年には初めてロート湖で世界ボート選手権が行われ、以降、1974年、1982年と2001年にも開催された。湖の長さとそのストレートな形状がレガッタに適しているのだそうだ。一部のレースは、リオデジャネイロオリンピックの出場権をかけた最終予選も兼ねていた。住宅街を抜け、人々の歓声が聞こえる方角へと歩いてみると、目の前に緑豊かな美しいロート湖の自然公園が見えてきた。
この競技が行われている湖畔へと向かうのに、ゲート等、遮られているものはなく、ガードマンらしき男性が一人立っているだけ。全くセキュリティのチェックが無い事に驚く。湖畔で見学をするのは無料なので、散歩をしに自然公園を訪れるのと変わらない環境だ。大会期間中は、スイスのイベント会場には欠かせない焼きソーセージやフライドポテト等のスタンドも出ていた。遊具が設置された子供達が遊べるプレイエリアや、休憩用のベンチも設けられている。
レガッタの大会本部となっているメインビル前の敷地には、テントで各国の選手村のようなものが作られており、中では競技の合間にも足腰を鍛える選手達が、エアロバイクを漕ぎながらトレーニングをしている姿がうかがえた。立ち止まって見学をしていたすぐ横を、別の国のユニフォームを着た選手がジョギングしながら一気に駆け抜けて行く。さすがは世界で活躍するアスリート達、ベストなコンディションを保つ事に余念がない。湖岸では観客に混じり、別の選手達が自国の出場者の応援をしている。
日本チームの選手達にも出会えた。ここでは実際に競技に出場する選手達と、周りの見学者の距離がとても近く感じられる。寝そべってレースに見入る少女達、保護者に連れられ遊びに来た子供達、ちょうどスイスは学校の春休みの期間中だった事もあり、平日にも関わらず、家族連れの姿も多かった。
恵まれた環境で、強豪選手達が戦うボート競技を無料で観戦出来るのだから、アウトドアー好きなスイスの人々にとって、この上ない場所なのであろう。自分も選手や他のギャラリーに交ざり、草の上に座って、持参したサンドウィッチをほおばりながら、しばしレースに見入ってみた。気分がリラックスしているせいか、町のベーカリーで購入した食べ慣れたサンドウィッチが、いつもより100倍美味しく感じられる。ボートのオールの先には各国の国旗が描かれているため、離れた場所にいても、お目当ての国の選手を見つける事が出来る。
目の前を通り過ぎる各国の選手達の姿が目に映る。しかし、ボートはあっと言う間に通過して行くため、1カ所に留まってレースの行方を目で追うのは難しい。競技観戦というよりはむしろ、初夏の清々しい気候の中で、湖を漕ぐ選手達を眺めながら、スイスの自然を満喫できたと言う方が、この日の自分には正しい表現なのであろう。
レガッタを見学した後は、ルツェルンの市街地まで戻り、観光客でいっぱいのロイス川とカペル橋の周りを散策した。ロイス川沿いのカフェやレストランの屋外のテラス席は、日光を待ちわびて冬を過ごしてきた人達であふれている 。河岸のマロニエの木々には赤い花が咲き、見頃だった。
ロイス川沿いに建つ市庁舎や、歴史的建造物の建ち並ぶ石畳の旧市街を見学しながら歩く。ワイン広場(Winemarket)の周りに立ち並ぶフレスコ画が描かれた家々は、色合いも鮮やかで美しい。
湖畔の白鳥広場(Schwanenplatz)に辿り着いた。駅からは湖のちょうど対岸に位置する。高級時計店があるこの場所には、いつも大型の観光バスが駐車し、店を訪れる観光客でごったがえしている。平日でありながらも広場を埋めている団体は、中国からの旅行客らしい。ブランドショップや高級時計店のバッグを抱え、いわゆる爆買い中だ。チューリヒにも世界各国から観光客が訪れるのだが、このような様子はあまり記憶に無い。先日一時帰国した際に、銀座の真ん中で目にした光景に酷似していた。スイスの高級時計店では、観光客が買い求める時計の個数を限定し、買い占めを防いでいるという噂を以前に耳にした事があるのだが、現在はどうなのであろう? とは言え、今年は中国からの観光客の数が減少しているのだという。理由は、昨年から実施されているシェンゲンビザ取得の新ルールとして、指紋採取などの項目が追加されたため、中国国内の大使館や領事館に出向いてビザの申請をせねばならず、手続きがややこしくなった事にもあるようだ。
遠くにピラトゥス山やアルプスの山々を眺めながら、駅まで歩いて戻った。のんびりとした人々の生活風景や歴史が刻まれた美しい町並みを眺めつつ、一方、ショッピングストリートで繰り広げられる観光客の賑わいもまた現在のスイスの景色の一部だと実感した。異なった角度からスイスの景色を目にした、目まぐるしくも興味深い、ルツェルンで過ごした初夏の1日であった。
スミス 香
福岡生まれの福岡育ち。都内の大学へ進学、その後就職し、以降は東京で過ごす。スイス在住13年目。最初の2年間をバーゼルで過ごし、その後は転居して、現在は同じドイツ語圏のチューリヒ州で、日本文化をこよなく愛する英国人の夫と二人暮らし。日本・スイス・英国と3つの文化に囲まれながら、スイスでの生活は現在でもカルチャーショックを感じる日々。趣味は野球観戦、旅行、食べ歩き、美味しいワインを楽しむ事。自身では2009年より、美しいスイスの自然と季節の移り変わり、人々の生活風景を綴る、個人のブログ「スイスの街角から」をチューリヒ湖畔より更新中。
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