レマン湖の遊覧船で過ごす午後のひととき
レマン湖周辺が観光地として賑わいを取り戻す5月。この季節、レマン湖沿いの遊歩道の散策も楽しいのですが、今回はちょっと視線を変えてレマン湖を行き交う遊覧船をご紹介します。旅の道連れはスイス在住歴35年でスイスの地理や旅に詳しい岸井典子さんです。
ヨーロッパの水源ともいわれるスイスには、大小含めて約1500の湖が点在しています。レマン湖はスイスの南西部に位置しジュネーブ州(Genève)、ヴォー州(Vaud)、ヴァレー州(Valais)にまたがる面積581.3平方キロメートルの三日月型をしたスイス最大の湖です。そして、レマン湖にはスイスとフランスの国境が湖上に存在していて湖面積の2/5がフランスそして3/5がスイスに属しているのです。
レマン湖の遊覧船は、世界中から訪れる人々のための観光クルーズ船であると同時に公共の交通機関として人々の生活を支えている渡し船でもあります。鉄道やバスで湖の周囲をぐるりと回って対岸の町へ移動するよりも船を利用した方が近い場合もあり、スイスでは昔から大きな湖のある地方は鉄道より早く水上交通が発達した地域がたくさんありました。
時代はさかのぼって19世紀末、オーストリア皇后エリザベートがスイスを訪問した際にはヴォー州テリテ(Territet)にあるホテルに宿泊して、テリテの船着き場から船でジュネーブに出かけて買い物をしたり、ジュネーブ郊外に住む友人を訪問したり、と交通機関として船を利用しながら船旅を楽しみました。
最近の話では、レマン湖南岸にあるスイスの町ル・ブヴレ(Le Bouveret)にはホテル学校があって、学生たちが対岸のモントルー(Montruex)やヴヴェイ(Vevey)の町に往来します。ル・ブヴレの船着き場から遊覧船に乗ると乗換なしの片道45分~50分ほどでモントルーやヴヴェイの船着き場に到着します。スーツケースを持って移動することの多い学生にとっては便利で楽な交通手段であるわけです。
確かに遊覧船はレマン湖地方の交通機関として重要な役割を持っていますが、レマン湖を周航する遊覧船の最大の魅力はクルーズで、何と言っても船上から眺める360°の雄大な景色でしょう。レマン湖では1873年に3つの船舶会社が合併して生まれたレマン湖汽船会社(CGN)が定期運航便に加えて、バラエティーに富んだクルーズを企画し提供しています。現在、CGNは8艘の大型外輪船(このうち5艘は蒸気船)と8艘のモーター船を所有しており、「モントルー」、「シンプロン」「サヴォア」、「ヘルヴェティ」、「アンリ・デュナン」や「ギサン将軍」など、船名にはスイスを代表する地域名や人物名が登場します。
私たちはレマン湖の東端にあるシヨン城の傍にある船着き場から遊覧船「ラ・スイス」に乗船しました。「ラ・スイス」はヴィンタートゥール(Winterthour/Winterthur)のスルゼ-ブラザーズが1910年に建造した蒸気船で、ヴォー州の歴史的記念物に指定されています。乗客定員は850名。船体の全長は78.5mそして全幅が15.9mという大きな船舶です。2つのシリンダーを用いた蒸気エンジンは就航当時からのオリジナルで、船体中央部の左右にある大きなパドルホイール(外輪)が外輪船であることを強調しています。
シヨン城を午後1時半に出発した私たちのクルーズはシヨン城~モントルー~クララン(Clarens)~ヴヴェイ~リヴァ/サン・サフォラン(Rivaz-St.Saphorin)~キュリー(Cully)~リュトリー(Lutry)~プュリー(Pully)~ローザンヌの各船着き場に立ち寄った後、再度シヨン城へ戻ります。ゆっくりとした速度で航行するので存分に景色を楽しむことができます。3時間半の旅です。
春期と秋期にはローザンヌ~シヨン城間を1日2往復している「ラ・スイス」も、夏場になるとローザンヌ~サン・ジャンゴルフ(St-Gingolph、対岸でスイスとフランスの国境の町)間を運行します。このように遊覧船のコースや発着時刻は季節によって変わるので、特に蒸気船の乗船を希望する場合はスケジュールの確認をお勧めします。
湖上を航行する遊覧船をひときわ引き立てるのはスイスの国旗です。スイス建国のもとになった3州(ウリ州、シュヴィーツ州、ウンターヴァルデン州)の1つであるシュヴィーツ州の旗からできた赤地に白十字架のスイス国旗が風を受けて大きくなびきます。正式にはスイスの国旗は正方形ですが、船舶に使用する場合のみ長方形になるのです。
船上で風になびくスイス国旗も迫力があるのですが、「ラ・スイス」の真の迫力は蒸気エンジンのピストンが往復する動きとパドルホイール(外輪)が回転する様子です。船内でそのメカニズムを観察することができます。
列車の車窓から眺めるレマン湖地方の景色は素晴らしいものですが、遊覧船から見る景色は、さらに列車からは見えない光景に導いてくれます。典子さんはいつも旅をする際には双眼鏡を持っていて、これまで気がつかなかった場所や景色を見つけては双眼鏡を使って確認するのです。2階のデッキに着席した私たちの眼前をゆっくりと過ぎ去る景色。湖に浮かぶシヨン城、フレディ―・マーキュリー像、ル・コルブジェの小さな家、私の友人の墓地があるサン・マルタン教会、ラヴォーの葡萄畑、ローザンヌのノートルダム大聖堂、オリンピックミュージアム、そして遠くに見えるアルプスの山々…贅沢な一時です。
レマン湖周辺のレストランの名物料理は「フィレ・ドゥ・ペルシュ」です。「ペルシュ」は、主にフランス語圏スイスの湖で取れる小さな淡水魚の一種で英語名はパーチですが、日本ではあまり知られていない魚です。この「ペルシュ」の3枚おろしをムニエルかフライにしてレモン汁やタルタルソースをかけて食べます。付け合せは茹でたじゃがいもかポテトフライです。最近では輸入ものや養殖もののペルシュも出回っているので、レマン湖産の「ペルシュ」を味わえるかは確証がありませんが、クルーズを終えた後、お腹がすいていれば、レマン湖名物料理「フィレ・ドゥ・ペルシュ」を楽しむことも良い思い出になることでしょう。
私たちを幸せな気分にしてくれたレマン湖遊覧船の旅ですが、レマン湖汽船会社が直面する大きな課題は老朽化する蒸気船の維持修理にかかるコストです。蒸気船「ヘルヴェティ(1926年築)」と「イタリー(1908年築)」の2艘はすでに使用できなくなった状態で湖畔の船着き場で停泊しています。多くの人々を魅了する蒸気船のクルーズがこれからも末永く運航できることを願う次第です。
小西なづな
1996年よりイギリス人、アイリス・ブレザー(Iris Blaser)師のもとで絵付けを学ぶ。個展を目標に作品創りに励んでいる。レザンで偶然販売した肉まん・野菜まんが好評で、機会ある毎にマルシェに出店。収益の多くはネパールやインド、カシミア地方の恵まれない環境にある子供たちのために寄付している。家族は夫、1女1男。スイス滞在16年。
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