「人権」のベールをはぐ
「人権と人道国際アカデミー」が2007年10月にスイス連邦政府の援助により、ジュネーブに創設される。
このアカデミー所長を務めることになるアンドリュ・クラパム氏は「大学レベルのこの研究所の創設は6月にできたばかりの国連人権理事会(Human Rights Council)がジュネーブでうまく機能するよう助ける」と見る。
国連人権高等弁務官のコンサルタントを2代にわたって勤めたクラパム氏は「奇妙なことに、ジュネーブで人権問題を論議する外交官や国連機関職員が、実は人権問題をよく分かっていないのです。再教育が必要です」と言う。来年できるこのアカデミーはその再教育の場としても機能し、今年6月にできたばかりの国連人権理事会を裏から支える形になる。アカデミー所長として、今後の展望を語ってもらった。
swissinfo : 同じようなアカデミーが米国のハーバード、オランダのハーグ、イタリアのフィレンツェにすでにあるのに、なぜまたもう1つ創設するのでしょう?
クラパム : ジュネーブには、国際赤十字(ICRC)の本部、国連人権理事会、その他にも、幾つか人道問題を扱う機関があります。だから、この町が研究者や大学関係者にとって、この分野の中心地になるのは当然だと思います。
swissinfo : ジュネーブに国連人権理事会をつなぎ止めておくため、つまりニューヨークに取られないようにするための1つの手段では?
クラパム : 確かに、このアカデミーは生まれたばかりの国連人権理事会をこの地につなぎ止める力になるでしょう。しかしさらに、この研究所は武装闘争とそれが引き起こす諸問題に関しての修士号を収得できる唯一の機関になるのです。
武装闘争に関わる法的複雑さを政府関係者、NGO、弁護士といった人々が理解する手助けをするのです。他の重要な点は弁護士、法学者、国連機関の職員、政府関係者の再教育がここでできるということです。
swissinfo : 国連人権理事会の前身である人権委員会では、問題解決に関わった外交官たちに専門性が欠けていたとよく言われますが。
クラパム : その通りです。だから再教育が必要なのです。今後、国連人権理事会の各セッションのまえには2~3日間かけて、セッションの課題を講義していこうと考えています。
目的は「人権」というベールをはがして、これをいかに実際の問題に応用していくかということです。例えば、「食べる権利」。これは外交官やほとんどの人にとって、非常に抽象的かつ論理的な概念です。
これを実際の問題に適用するとしたら何を意味するのか、法的レベルではどうなるかを説明すること。そして、ある国にはこれを尊重するよう促すこと。こうしたことを我々は行おうとしているのです。
swissinfo : しかし、こうした義務遂行を相手に要求するには、大学でそれを理解するのが近道なのでしょうか?むしろ直接、法廷に訴えたほうが早いのでは?
クラパム : 法廷に訴えるには、弁護士が人権を使った様々な駆け引きを知っていなければなりません。同様に、個人もうまく事を運ぶには、このケースでは法廷に訴えられるがこれは駄目だといったことを知っていなければなりません。我々の役はまさに法廷に訴えるにはどうしたらいいかを教えることなのです。
swissinfo :政府には何を教えられますか?
クラパム : 政府の代表がジュネーブで条約の規範を決めます。例えば、強制的失踪(しっそう)に関する協定があります。幾つかの国ではこの犯罪をまったく犯罪と認めていません。なぜ失踪が拷問と同列なのか、理解さえできないのです。もし事前の教育がなされていれば、関係者はみな共通認識を持てます。
今や、この条約はほぼ採択されるところまできています。誰がこうした犯罪の責任者で、どこで、どうやって裁かれるのかといった事を上手く決めるには、外交官は事前に様々な法的選択を知っておく必要があるのです。
また、各国での人権の在り方を調査することも非常に大切です。国々はお互い判定し合うべきでしょう。今のところ、外交官たちは各国の義務は何か、どのような規範が侵される可能性があるのか、なにが法的な処置なのかまったく知識をもっていません。
また人権を扱う場合、道徳的な拘束だけでなく、法的な義務があることを知っておかなければなりません。ジュネーブで議論するだけではなく、こうした権利が守られてないなら、国際裁判所に訴えることもできるのです。
swissinfo、カロル・バン 里信邦子(さとのぶ くにこ)意訳
- 9月に予定されている国連人権理事会の2回目のセッションで、スイスは人権の包括的な索引集を理事会の事務局である国連人権高等弁務官事務所に渡す予定である。
- これは国連人権理事会が仕事をしていく上で基本を成す、およそ1000の資料を含んでいる。
- この索引集はベルン大学とベルン大学教授ヴァルター・ケーリン氏によって作られた。
- 現在の国際人道大学センターが将来の「人権と人道国際アカデミー」になる。
- 強制的失踪に関しては、1980年に国連人権委員会の下部機関として「強制的失踪作業部会」が設置された。
- 強制的失踪被害者の家族らの訴えを受けて、関係国政府に照会するなどして失踪者の所在を調査することを目的とする。
- 日本では2003年4月22日に、北朝鮮による拉致事件の被害者家族らがこの作業部会において陳述を行った。
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。