大人も子供も謝肉祭 – 寒さを吹き飛ばすどんちゃん騒ぎ
カーニバル(謝肉祭)と聞くとブラジルのサンバのパレードを思い出してしまう日本の方は多いだろう。けれど、もともとは、寒い冬の時期にヨーロッパで発展したもの。仮面を被って大騒ぎし、寒くて長い冬の陰鬱さを吹き飛ばすお祭りなのだ。スイスでも「灰の水曜日」の直前には各地で謝肉祭のパレードが行われた。今日は、私の地元、グラウビュンデン州の二つの謝肉祭パレードについて書いてみよう。
謝肉祭は、もともとはカトリックのお祭りである。毎年、復活祭のちょうど40日前にあたる「灰の水曜日」を境に、人びとは肉断ちをしてイエス・キリストの苦難に想いを馳せた。現在でも、カトリックの影響が強い国や地域では、この肉断ちを実行している所もあるようだが、プロテスタントの地域においてはさほど重要視されていない。肉断ちをしないのならば、その前日にどんちゃん騒ぎをする意味は本来ないのだが、その辺は誰も重要視していない。彼らには、冬の陰鬱さを吹き飛ばすための祭りはどうしても必要で、起源が何かというようなことはまったく意に介していないようだ。
スイスにも世界的に有名な謝肉祭の催しがいくつもある。ルツェルンやティチーノ、バーゼルのパレードには毎年国外からたくさんの見物客が押し寄せる。シュヴィーツ(Schwyz)の風刺劇「ヤパネーゼンシュピール(Japanesenspiel)」も有名だ。もちろん、私もいつかはそれらを観に行きたいとは思うけれど、いまだに機会がない。それに、そんなに遠くまで行かなくても、この時期はどの地域でもなんらかの謝肉祭が祝われているのだ。
私の住んでいるグラウビュンデン州は、アルプス山脈を境に違った言語圏の文化と風習が共存している。だから、ほんの少し車を走らせるだけで、イタリア語とラテン気質をもつ人びとの中に入っていく事ができる。二月の初頭のある土曜日に、私はサン・ベルナルディーノ・トンネルを越えて南方の陽射しを楽しみに行った。
そこで遭遇したのが、子供たちの仮装行列だった。「もうカルヴァナーレ(Carnevale)?」首を傾げる私たちに、レストランで出会った若いお父さんが笑って説明してくれた。
「本物は、まだ先だけれど、それまでずっと子供たちの仮装行列の催しが続くんだ」
そういって見せてくれた新聞には、毎日開催される子供カルナヴァーレの日程がずらっと並んでいた。今日はこの村、明日はこの村と、開催場所が少しずつ移動していくのだが、どうやら行ける子供たちは村を越えてあちこちに参加している模様。つくづくどんちゃん騒ぎが大好きな人たちだと感心した。
子供たちは、仮装が楽しくて仕方ないらしく、キャッキャと大騒ぎしている。それぞれが意匠を凝らした服装をし、メイクもばっちりだ。もちろん街では子供の仮装用の衣装があちこちで売られている。紙吹雪が宙を舞い、笑い声が響く。
イタリア語ではカルヴァナーレだが、ドイツ語ではファスナハト(Fasnacht)という。イタリア語圏だけでなく、アルプスを越えたこちら側にあるドイツ語圏でも、多くの町や村で謝肉祭の催しがあった。2013年2月9日には州都クール(Chur)仮装行列が行われた。大人が50以上の組に別れて練り歩くもので、たいていのグループは吹奏楽で派手な演奏をしている。そして、それぞれお揃いの衣装を身につけている。かれらは演奏や衣装の準備には、とても時間をかけていて、中には「一年間をファスナハトのためだけに生きている」と豪語する人もいる。
大人のパレードには、政治的なメッセージが多く込められている。軍事費の多さを皮肉ったり、経済政策について批判したり、次々とあらわれる山車にはお遊びにも真面目なメッセージを伝えんとする、ドイツ語圏の人たちの姿勢がよく表れている。飲んで騒ぐだけではないのだ。
飛び散った紙吹雪だけが道路に残されて、凍える寒さにも負けずに大騒ぎをした謝肉祭が終わると、人びとは40日後の復活祭を待つ事になる。それは長い冬の終わり、春を待つという事でもあるのだ。
ソリーヴァ江口葵
東京都出身。2001年よりグラウビュンデン州ドムレシュク谷のシルス村に在住。夫と二人暮らしで、職業はプログラマー。趣味は旅行と音楽鑑賞。自然が好きで、静かな田舎の村暮らしを楽しんでいます。
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