世界中で低下する出生率 それでも少子化対策に消極的なスイス
世界中で出生率の低下が進み、一部の国は出生率を上げるための大胆な奨励・助成策を講じている。リベラルな思想の強いスイスでは、大規模な少子化対策には抵抗が強い。
スイスで子どもが3~4人いる家族に出会うことは珍しくなった。スイスの合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの数の平均)は多くの先進国と同様、人口を一定に保つ人口置換水準である2.1を1970年代初めの時点で既に下回った。
スイス連邦統計局(BFS/OFS)が昨年公表外部リンクした2022年の出生率は1.39と、2001年(1.38)以来の最低水準を記録した。20~29歳男女の9割が2人以上の子どもを持つことを望んでいる(政府調査外部リンク)にもかかわらずだ。
他の国々でも同じような傾向がみられる。女性の高学歴化や就業率の向上、避妊手段の多様化、また都市化によって人口動態が変わり、数十年にわたり世帯人数は少しずつ減少を続けてきた。その結果、近年多くの国で出生率が低下している。
出生率が最も低いのは東アジアで、韓国は0.8、中国は1.2、日本は1.3。西ヨーロッパではイタリアとスペインで低く、平均1.3未満だ。
これまで欧州の出生率の平均を引き上げていたアイルランドやフランス、「ファミリーの楽園」とされていた北欧さえも低下傾向にある。北米や中南米の大半の国、オーストラリアも同様だ。
サブサハラ(サハラ以南アフリカ)だけは出生率が30年低下し続けてはいるものの、まだ高い水準にある。今後世界で最も人口が増えるのはアフリカであり、2050年には最も人口の多い大陸になる。
親であることの重み
先進国での出生率低下にはさまざまな要因が絡み合う。ウィーン人口研究所で出生と家族に関する欧州研究の責任者を務めるトーマス・ソボトカ副所長は、まず住居費や保育費の高さ、雇用不安、収入の停滞などの社会経済的制約を第一に挙げる。
例えばスイスでは、2人の子どもを成人まで育てるのに少なくとも50万フラン(8500万円)かかると推計される。独語圏の日刊紙NZZ外部リンクによると、UBSのエコノミスト、ヴェロニカ・ヴァイサー氏は「スイスで経済的に合理的に考える人は、子どもを持たない」と指摘する。
労働市場の自由化とともに人々は新たなキャリアへの野心を抱くようになったが、育児との両立が立ちはだかるようになった。さらに社会における子どもの存在価値も変容した――ジュネーブ人口研究所のフィリップ・ワナー外部リンク教授はこう指摘する。「長い間、子どもは価値ある存在だったが、今では重荷とみなされている」
ソボトカ氏は「多くの若者が敵対的だと考えるこの世界では、親になるというプロジェクトは以前ほど明白ではなくなっている」と説明する。カップルが思い切った決断を下せるようになるのは30代半ばか終わり頃となり、生物学的な出産適齢期を過ぎていることが多い。
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逆ピラミッド
少子化は、見方を変えれば家族の「理想的な」あり方に対する社会的圧力が和らいでいるともいえる。特に女性にとってこの影響は大きい。
社会にとっても、出生率の低下は短期的には必ずしも悪いことばかりではない。一人ひとりの健康や教育に投入できるリソースが増え、何よりも子どもに時間をかけることのできる、つまり生産性の高い大人が多くなるからだ。
だが長期的に見ると、人口動態の変化が懸念される。年齢ピラミッドはすでに逆転し始め、今後数十年は高齢化が進む一方だ。これは深刻な労働力不足と社会保障の不均衡を招く。
スイスなどの一部の国は移民の流入により社会的影響を免れている。だが移民を永続的な解決策に据えるのは政治的に危険な賭けだ。長期的に有効かどうかは保証されていない。
実存的な問題もある。仏紙ル・モンド外部リンクは1月、「子どものいない世界は死んだ世界ではないか?」と疑問を投げ、あらゆる政治的立場に出生率の低下に危機感を持つよう呼びかけた。
「人口再軍備」
一部の政府は出生率引き上げを公言し、大なり小なり大胆な政策を講じている。フランスのエマニュエル・マクロン大統領は1月中旬、「人口動態の再軍備をする」と述べ、新たな出産休暇と不妊症対策を打ち出した。
韓国やギリシャ、ハンガリーなど一部の国は、出産手当や無利子融資、土地の支給など、物質的なインセンティブを導入した。フィンランドのある町は数年前、町で生まれ育った子供1人あたり1万ユーロ(約160万円)の給付金を打ち出し注目を集めた。
他には当局が広報キャンペーンで住民の愛国心に訴えたり(ロシア)、ユーモアに働きかけたり(イタリア、デンマーク)する国もある。
権威主義的な国では、自分の体のことは自分で決めるという「リプロダクティブ・ライツ(姓と生殖に関する権利)」が問題視されつつある。中国は2015年に一人っ子政策を撤廃した後、3人まで子供を持てるようにした。反対にイランやロシアは中絶規制を検討している。
リベラルなスイスはこうした過激な少子化対策を採っていない。保守右派・国民党(SVP/UDC)のジャンリュック・アドール議員は2021年、連邦議会に「家族に優しい税制優遇策」を盛り込んだ動議外部リンクを提出したが、25票対160票で否決された。アラン・ベルセ保健相(当時)は答弁で「家族を形成するという自由な選択と両立させるのは難しいため、連邦政府は出生主義的な家族政策に反対する」と強調した。
手当以上の負担
人工統計学の世界では、個々の政策で子供を産むかどうかの決定に働きかけることはできない、とされる。せいぜい、すでに子どもを産むつもりだった人の機会費用を減らすだけだ。政府が出生率引き上げを語ると反発を招く危険もある。
効果があるとすれば、実際の家族政策に組み込まれたものだけだ。経済的援助、保育インフラの整備、育児休暇という家族に優しいエコシステムを構築しなければならない。
最も積極的な国の1つであるフランスは、1950年代から少子化対策に取り組んできた。国内総生産(GDP)比の家族政策への公的支出額は経済開発協力機構(OECD)の中で最高水準。ワナー氏によると、中でも子どもの人数に応じて増額される家族手当の貢献が大きい。
北欧諸国は手厚い育児休暇や安い保育インフラにより「父親の育児参加が根付いている」(ソボトカ氏)ことで手本とされる。
ソボトカ氏は2013年から1歳以上の全児童に保育請求権を認めるドイツも優良事例に挙げる(実際は大幅に不足している)。また600日の育児休暇を両親で分け合うエストニアの制度は「最も柔軟な制度の1つ」だと話す。
これらの国々と比べると、スイスの家族政策は限られている。ワナー氏は、「家族手当はあまりにも少なすぎて、効果を発揮する可能性は低い」とみなし、「社会は仕事と育児の両立の問題にほとんど対処していない」と指摘する。保育所の数は不十分で、保育料はOECDの中で最も高い外部リンク。
連邦制を採るスイスでは、多くの家族政策は州・自治体に決定権がある。連邦レベルでは育児休暇の拡充や保育所の確保などいくつもの政策が提案されながらも、政治的合意を得られず挫折している。
ワナー氏は、2005年にようやく母親の14週間の育児休暇が導入された例を挙げ、「スイスでは他の国に比べると小さな進歩でも大成功と位置付けられる」と語った。
地球全体で赤ちゃんが減る
欧州では家族政策が出生率に与える影響は小さいとされ、主に家庭の日常生活の向上を目標としている。人口統計学者らは、出生率の引き上げ効果はせいぜい0.2ポイント程度だと見積もる。「ゼロではないが、状況が根本的に変わることはない」(ソボトカ氏)
企業も社員が仕事と生活を調和できるよう柔軟に対応することで重要な役割を果たせる。在宅勤務や年単位の労働時間、柔軟な時短勤務、罰則のない休職制度、両親で共有できる育児休暇などが挙げられる。
スイスでこうした福利厚生を備える企業は稀だ。「多くが中小企業であり、それらを備える余裕がないことが主な理由だ」(ワナー氏)。独自の託児所や法定より長い育休を設けている数少ない企業は多国籍企業だ。
この力関係を転換するには、何よりも社会における親と子の立場を再評価する必要がある。ソボトカ氏は「これが最も難しい。政治的な変化だけでなく、考え方や社会規範の変化も伴うからだ」と話す。
つまり一朝一夕で少子化が止まることはなく、世界は「低出生時代」(ソボトカ氏)に突入している。国連の推計では、出生率の高い国でも今後数十年は低下していき、他の国々では低水準で安定する。このため「将来的には、出生率が極端に低い国だけが取り残される」という。
国連の中位推計によると、世界のほとんどの地域は近く人口収支が自然減に向かっていく。欧州では2020年代のうちにマイナスに転じるとみられる。今世紀末には世界の人口が減少し始めると予想されている。
編集:Marc Leutenegger und Samuel Jaberg、独語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫
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