庭に潜む、危険なキツネの感染症
スイスでは狂犬病の減少にともないキツネの数が増加。キツネは町なかにも入り込んできている。
このキツネの増殖と同時に、キツネに寄生する条虫の数も増えており、人間が肝臓病になるケースがますます増えている。
早朝、ある町の大通りでのこと。カサカサと葉ずれのような音に続き、キツネが1匹、用心深く辺りをうかがいながら立っている。または、ある晩のこと。騒々しい動物の鳴き声を耳にして窓越しに外を見ると、2匹のキツネがけんかをしている。
増加するエキノコックス症
どちらも珍らしくない光景だ。多くの欧州諸国では、ワクチンを使用した狂犬病撲滅キャンペーンの結果、過去15年間でキツネの生息数が増えている。その上、これらのキツネが都市部に住み着いている。連邦経済省獣医局 ( BVET/OVF ) によれば、居住地域1平方キロ内に10匹以上のキツネが住んでいる可能性があるという。このキツネの出現はエキノコックス症 (AE) というもうひとつの問題をスイス人の暮らしにもたらした。
「この病気は、感染後約10年から15年経過してから、はっきりとした症状が現れます。ですから、発症件数の増加はキツネの増加と関係があると言えます」
とベルン大学の寄生虫学者アンドリュー・ヘンプヒル氏は語った。まれだが重病のエキノコックス症は、肝臓がんと症状が似ている。この場合、キツネの腸に寄生するエキノコックス属の条虫 ( サナダムシ ) の幼生を摂取することが病因となる。通常、この幼生は肝臓で成長し、徐々に肝臓をむしばんでいく。
「もし手術でこの寄生虫を除去できなければ、最長で15年間、大量の薬を使って毎日治療しなければいけません。これは保健政策上の問題です」
とチューリヒ大学の寄生虫専門家ペーター・デプラツェス氏は語った。もしこの寄生虫が未発見のままになると、肝臓以外の他の臓器にも進行する恐れがあり、結果的に全身に広がってしまう。また、エキノコックス症は進行が遅いため発見が難しく、はっきりとした症状が現れない。これが多くの場合において診断の遅れにつながる。
感染
感染経路についてはいくつかの説がある。1つは、キツネが触れた野生の果実を口して感染するという説。しかし、もっとも一般的な仮説は、ペットが媒体になっているという説だ。
「ネコや、特にイヌが感染媒体です。感染していると思われるネズミも含め、犬は見つけたものは何でも食べるのです」
とヘンプヒル氏は言う。
治療には肝臓の感染部位を取り除く手術が必要だ。感染した箇所は穴のあいたスイスのチーズやスポンジのようにも見える。その後、数年間の化学療法が行われる。
「治療の改善が患者の延命にずいぶんと役立っています。しかし、製薬会社は新しい薬の開発になかなか乗り出さないのです」
ヘンプヒル氏はそう言い、
「この病気は基本的にまだ珍しいため、製薬会社は関心が無いのです。つまり、利益が見込めないのです」
と指摘する。
特効薬が手に入らないまま、研究者はさらなる治療法を求め、化合物のテストに努めている。
「マラリアや熱帯病用に開発された化合物は、広範囲の寄生虫に対して効き目があるので、これらを試すことが適当と思われます」
さらに、もし製薬会社に資金を投入する気があるならば、より優れた化合物を見つけるのもずっと楽になるとヘンプヒル氏は続け、
「本質的には金銭の問題です」
と語った。
保証ゼロ
治療薬として、抗がん剤がもう1つの可能性を示している。これは、エキノコックス症の条虫が、がん腫瘍と似ているためだ。しかし、試験管で成功したことが必ずしも人体で成功するとは限らない。幸い、現在使用可能な薬剤に対し効果が見られない患者はごく少数だ。
また、もし肝臓が完全に侵されても、移植が可能だ。しかし、これで完治したとはかぎらない。というのも、この寄生虫は血流中や体内のどこかに潜み、再び臓器を攻撃する可能性があるからだ。
swissinfo、スコット・カッパー 中村友紀 ( なかむら ゆき ) 訳
エキノコックス症は北半球に広く分布しており、その流行地域は北米からヨーロッパ、中央・東アジアへと及んでいる。
エキノコックス属の条虫 ( サナダムシ ) の卵は、腸内に成虫を寄生させる宿主により周囲に放出される。
ヒトやその他の動物への感染は、虫卵の入った食べ物や水の摂取、あるいは感染したキツネ、イヌ、または排泄物との接触による。
ヨーロッパでは、主にアカギツネにこの寄生虫が寄生し、他に数種類のネズミにも寄生している。
米国やカナダでは、コヨーテもこの寄生虫に適した宿主として挙げられている。
ペットのイヌが紛れもない宿主となっている地域もある。アラスカ、中国、欧州地域では、イヌが副次的または主要なヒトへの感染源となっている。
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