救急車出動
2007年は、スイスでの交通事故による死亡者が急増し、前年より約400人強増となった。スキーなど冬山でのスポーツ事故も今シーズンは増加している。事故現場で一番にけが人を助けるのは救急看護士の役目だ。
チューリヒ市の「保護・救済課 ( Schutz & Rettung )」は、チューリヒ国際空港での事故もカバーする全国一の規模を誇る機関だ。
保護・救済課は、救急看護士の養成にも積極的。看護士や消防士は職業として人気が高く、養成コースの受講を希望する人が多すぎるのが悩みだという。この職業の何が魅力なのか?
10万通の電話
2008年1月29日18時40分、チューリヒ郊外のとある町の、中心地を通るチューリヒ通りで、自家用車を運転中の女性 ( 33歳 ) が、乳母車を押しながら子どもを抱いて道路を横切っていた母親をひいた。乳母車の乳児は無傷だったが、3歳の子どもと母親は道に投げ出され重症。緊急に手当てが必要だ。
こうした事故の連絡を救急センターが受けると、救急車の出動となる。電話番号はスイス全国統一で144番だ。けが人の呼吸が無い場合にのどを切り開いてする挿入管治療以外、すべて救急看護士の手に任せられている。
「点滴など日常茶飯事です」
と広報担当のクラウディア・ブルックナー氏。現場の判断で、必要に応じ医師を呼ぶことになる。上記の事故では、親子2人は応急手当後、ヘリコプターで最寄の病院に運ばれた。
約600人が働くチューリヒ市の救急センターでは、1年間におよそ10万通の電話を受け、5万7000回出動する。残りは他州に出動を依頼した件数だ。
「電話があればどのような場合でも必ず出動します。断ることなどありえません」
とブルックナー氏は言う。車椅子の人を病院に定期的に運ぶことも仕事の一環。同じ課に属する消防士の仕事になるが、ハチの巣を撤去する依頼もある。
パティシエーから緊急介護士へ
10年間救急看護に従事するベルタ・アッハーマンさん ( 45歳 ) は、長い日は朝6時半から夕方6時半まで待機し、トイレにも行けないほど忙しいこともあるという。1カ月の労働時間は168時間でほかの職業と同じ。日中12時間拘束される日が2日連続したり、12時間続く夜間勤務もある。
「それでも、勤務時間以外で出動ということはほとんどありませんし、残業を強いられることはありません。家族の理解もあります」
彼女はもともとパティシエーだった。地方のイベントでボランティアの看護サービスをしたことから、この職業を知ったという。周囲の強い勧めもあり、養成学校に通った。広報担当のブルックナー氏は
「この職業に合う人の性格は、医療に興味のある人で、人を助けることに喜びを感じる人です」
と言う。一方アッハーマンさんは、毎日、毎日、違った一日が過ごせることが良いという。
「心臓発作を起こした人の救助で出動したとします。同じ病気でもその時々で違う対応が必要です。仕事を始める前には、何が起こるかわからないのが魅力ですね」
2006年、チューリヒの養成学校を15人の救急看護士と10人の救急自動車運転手が3年間のカリキュラムを終えて卒業した。別の職業経験があることが入学の条件の1つだ。
「看護士など医療関係で働いていた人は有利です。希望者数が応募人数を大きく上回り、本当に困ってしまいます。チューリヒ市でいえば、人命救助に携わりたいと思う使命感が強い人が多いのでしょうね」
とブルックナー氏は嬉しい悲鳴を上げる。
ただし、悲惨な事故現場を目の当たりにする日常に精神的な負担も大きい。アッハーマンさんは、課内に設けられているケアチームのカウンセリングを定期的に受けているという。
「わたしは家族とも話をしたりして、ストレスを解消しますが、精神的負担を軽くみてはいけないと思います。『燃え尽き症候群』になる人も実は多いんですよ」
と明かす。
「それでも、この職業以外の仕事は考えられませんね」
swissinfo、佐藤夕美 ( さとう ゆうみ )
スイス全土緊急電話番号
警察 117
救急救護センター 114
消防署 118
職員 約600人
民間救助隊員 約3600人 ( 民間消防士 )
救急車、消防車 約250台
年間予算 約4760万フラン ( 約47億円 )
消防署受信電話件数 18万9946通
救急センター受信電話件数 9万9519通
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