東京生まれの女子ボクサー、世界チャンピオンに!
アニヤ・セキさん(32)は、東京生まれベルン育ち。ボクシング歴5年でスーパーフライ級スイスチャンピオン。ベルンで8月20日に行われたグローバルボクシング連合(GBU)主催の世界チャンピオン大会では、ドイツ人ナターシャ・グティエー選手を倒し、初タイトルを獲得した。
人懐っこい笑顔とポニーテールの黒髪。もの静かに語る姿からは、過去15試合連続勝利の強豪ボクサーだとは想像し難い。
亡き父は日本人。2006年にボクシングの世界に入り、わずか3カ月でスイスアマチュアチャンピオンに。2008年にプロ入りし、2度目の試合は1分間で相手を倒した。
大会前に、「パートナー」である愛犬ロッキーとよく来るという、ジム近くの森を歩きながら話を聞いた。
swissinfo.ch : 15試合、勝ち続けていらっしゃいますが、初めて負けた試合のことを教えてください。
セキ : プロに転向して最初の試合は引き分け。2度目の試合で初めて負けました。あれが唯一のKOです。
負けた時のあの気持ち、あれだけは2度と、絶対に味わいたくないです。本当にひどい気持ちだった。でも、振り返ってみるとあの負けた経験が良かった。
勝つためにやっているわけですが、負けることはとても大事だと思います。勝つために負ける、負けてそこから何かを学ぶ。人生でも、常に勝ち続けるということはあり得ませんから。
初めての「負け」で、弱点を見つめ、それを克服するためにさらにトレーニングに励みました。それ以来ずっと勝ち続けています。
swissinfo.ch : 子どものころはどんなお子さんでしたか?
セキ : 4歳まで東京の渋谷で、父と母、祖父母、それと柴犬も一緒に暮らしました。
事情があって母と2人だけでスイスに来ました。そのころの私は、こちらの子たちと見た目が違うことを気にして、とにかく目立たないようにしていました。母は、意志の強い子になるように願ったようです。
そんな母に勧められて、6歳で柔道を始めました。柔道は好きでしたが、物足りなさを感じて、13歳で空手に転向しました。どうしても日本の武道をやりたかったのです。空手では形(かた)に惹かれました。
空手では成績もよくて、大好きでした。とにかく上手かったんです。これは、私の「日本人の血」に違いないと確信しています。
swissinfo.ch : 5年前にボクシングに転向して、一気に頭角を現わされましたね。
セキ : 偶然なんです、ボクシングを始めたのは。テレビで紹介されていたトレーナーを道で偶然見かけて、訪ねて行ってもいいかと聞きました。やってみたらすごく気に入って、それから毎日ジムに通いました。
いつも新しいことに挑戦したい。外国語もやりたいし、日本にも住みたいし。ただ、何かに挑戦すると決めたら、それを徹底して極めたい。
だから、ボクシングに出会って、空手はすぐにやめました。やると決めたからには、すべてをかけてボクシングに取り組んでいます。
swissinfo.ch : 日本語はもう話せなくなったそうですが、ご自分は日本人だと思うそうですね。
セキ : 5年ほど前に父を日本に訪ねたとき、2人で京都を旅しました。父は私に、「日本」を見せたかったのです。「今回は京都の半分だけを見せる」と言って、残りの半分は次回にと約束しましたが、その後父は病気で亡くなりましたので、あとの半分はまだ見ていません。
日本はやはり「私の国」だと思うし、もっと自分の国を知りたい。
私は日本の鍋とかラーメンとかも好きですけど、おにぎりが大好き。以前は、毎年オバアチャンを訪ねて日本に行きましたが、オバアチャンのおにぎりが何よりの楽しみでした。
swissinfo.ch : ところで、おにぎりは簡単そうに見えて、上手に握るのは難しいものだと思いますが・・・。
セキ : 簡単なことが、実は一番難しいですね。
空手で、左手をまっすぐ出して突く「追い突き」という形があります。左手をこうするだけです(左腕をさっと伸ばして見せる)。
これを習ったとき、「追い突きは、一生かかる」と先生に言われました。一生ですよ。どれだけ練習しても、「完璧」ということはないと。
ボクシングも同じです。だから私は続けるんだと思います。
これは日本人の哲学に通じることかもしれません。日本人は、繰り返し練習して、満足することなく一生かけて極めようとする。
swissinfo.ch : リングの上でも、ご自分の「日本人」を感じますか。
セキ : 侍は、自分の感情を表に出さないといいますね。例えば空腹で苦しくても、そうとは感じさせない振る舞いをする。
トレーニングでも、私は「疲れた」とか決して言いません。言わないようにしているのです。柔道でも空手でも、いつもそう努めてきました。
リングでは、当然強さを見せなければいけませんが、リングの外でも、自分の弱点は見せない方がいいと思っています。
私の中にある日本人的な気質は、人生にも役立っています。例えば、日本人の辛抱強さ、難しい局面で逃げない潔さ、とか。
swissinfo.ch : 試合の前に必ずやることはありますか。
セキ : 試合前は、朝起きてまず美容師に髪を結ってもらい、家で荷物を用意して、ロッカールームで黒のユニフォームを着て…。毎回同じ順番で同じことをします。
試合の後は、帰りを待っていてくれたロッキーと遊んであげて、夜通し「2人」でパーティです。「ロッキー、勝ったよー!」とか騒いで・・・。
(勝っていますから)興奮して眠れないし、おいしいものを作って、とにかくのんびり過ごします。
swissinfo.ch : 20日は地元ベルンで、現在空席のスーパーフライ級タイトルを狙う試合ですね。
セキ : 私は、例えばトレーナーに「勝て」と言われてやるのではなく、「自分のために」闘います。自分がやりたいことだからこそ、これまで勝ってきたし、20日ももちろん勝ちたいです。
今回は、グローバルボクシング連合(GBU)の世界チャンピオン大会ですが、ほかにも、国際ボクシング連盟(IBF)、世界ボクシング評議会(WBC)などの団体があります。
次に目指しているのが女子国際ボクシング連盟(WIBF)の世界タイトルです。来年には、達成できると思っています。
1979年、東京都に生まれる。父は日本人。4歳のときに母ハンネロレさんとスイスに移住。
母の勧めで6歳で柔道を始め、13歳で空手に転向。2006年にボクシングに出会い、ジムに通い出して1カ月後の初試合に勝利。3カ月でアマチュアのスイスチャンピオンになり、2年間タイトルを防衛した後プロデビュー。
これまで19試合中、16勝2引き分け1KO負け。現在スーパーフライ級。GBU(Global Boxing Union、グローバルボクシング連合)世界チャンピオン。
世界ランキング:GBU1位、WIBF(Women’s International Boxing Federation、女子国際ボクシング連盟)4位、IBF(International Boxing Federation、国際ボクシング連盟)5位、WBC(World Boxing Council、世界ボクシング評議会)14位。
8月20日、ベルンで行われたグローバルボクシング連合による世界チャンピオン大会で、空席のタイトル奪取を狙いドイツ人ナターシャ・グティエー選手と対戦した。10ラウンドの熱闘の末、見事世界チャンピオンのタイトルを獲得。
「日本で試合をすることが私の夢」と語る。
ボクシング・ナイト(Boxing Night)
日時:8月20日。17時開場、17時30分開始。
場所:Kursaal Bern, Kornhausstrasse 3, 3013 Bern
料金:60フラン
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