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欧州で広がる自殺ほう助合法化

欧州では自殺ほう助や安楽死を合法化する動きが広がっている
欧州では自殺ほう助や安楽死を合法化する動きが広がっている KEYSTONE

欧州で近年、自殺ほう助や安楽死を合法化する動きが広がっている。背景には何があるのか。

「スイスに行く」ーースイスで自殺ほう助を受けて死ぬという意味の隠語だが、使われなくなる日が来るかもしれない。

欧州の場合、直近ではフランスが自殺ほう助合法化に向けて動き出した。フランス政府は4月、終末期患者への自殺ほう助を合法化する法案を発表した。

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フランスでは2016年に成立したクレス・レオネッティ法で終末期の患者に鎮静薬を投与し、死に至るまでの苦痛を緩和することができるようになったが、致死薬を投与して自死する行為までは認められていない。このため、一部の人たちは自死するためにスイスなど自殺ほう助が合法化されている国々に渡航していた。

>>フランス・スイス人映画監督の故ジャン・リュック・ゴダール氏もスイスでの自殺ほう助を選択した:

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「死の権利」を認める新たな法制度はフランスでは既に望まれていた。エマニュエル・マクロン大統領は2022年9月、生の終え方について幅広く議論する市民会議の設置を決定。無作為に選ばれた186人のメンバーで作る市民会議が昨年4月、「死への積極的援助」に賛成するという報告書を提出していた。

フランスだけではない。英スコットランド議会では3月、終末期患者への自殺ほう助を合法化する法案外部リンクが提出された。可決されれば、スコットランドは英国で「死の権利」を認める初の地域となる。

カトリック色の強いアイルランドでも、議会が政府に対し、自殺ほう助を認めるよう法改正されるべきだとの勧告を出した。

欧州で広がる「死の権利」

欧州ではここ5年の間に、安楽死・自殺ほう助を合法化する国が相次いでいる。

スペインは2021年に積極的安楽死を(下記のメモ参照)、オーストリアは2022年に自殺ほう助をそれぞれ合法化。イタリアでは2019年の憲法裁判所判決で安楽死への道が開かれ、2023年に医師による自殺ほう助として初めて44歳の男性が死亡した。

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自殺ほう助は、医師が処方した致死量の薬物を患者自身が体内に取り込んで死亡する。積極的安楽死は、医師など第三者が直接、患者に薬を投与する。例えば四肢の麻痺などで、自ら点滴のバルブを開けることができない人でも命を絶つことができる。

ポルトガルでも2023年、安楽死を合法化する法案が可決・成立した。敬虔なカトリック教徒の保守系右派マルセロ・レベロ・デ・ソウザ大統領が幾度も拒否権を発動したが、5度目の可決でようやく成立に至った。

「医者頼りではなく自分の権利」

欧州で安楽死合法化が進んだ要因は複数ある。「死の権利」推進を訴える活動家は平均寿命の伸びや高齢化社会が人々の死への向き合い方を変えたという。

医師で英国の死の権利推進団体「My Death, My Decision」のコリン・ブロワー氏は「昔はほとんどの人が60代後半、70代で病気にかかり、時間をかけずに亡くなった」と話す。「平均寿命が80歳代前半に伸びた今、人はより長く生きるようになったが、伸びた分の時間が必ずしも健康で幸せなものであるとは限らない。これは大きな変化だ」

「人はより長く生きるようになったが、伸びた分の時間が必ずしも健康で幸せなものであるとは限らない。これは大きな変化だ」

コリン・ブロワー、医師、英国の死の権利推進団体「My Death, My Decision」のメンバー

ブロワー氏は、スペインやポルトガルで安楽死が合法化されたのは、リベラルな左派政権の存在も要因の1つだと話す。

死の権利を推進する活動家で英国在住のアレックス・パンドルフォ氏は「時代の変化に伴い、医療や個人の権利に対する人々の知識は向上した。我々はもう医療を盲信していない」と話す。

「治療法がなく治癒も見込めない病気で何年も痛みに苦しみ、生活の質が極端に低下した状態で生きる。多くの人はそれを許容できない」

「我々はもう医療を盲信していない」

アレックス・パンドルフォ、英国在住の「死の権利」推進活動家

世論の後押しも大きい。2023年にフランスで行われた世論調査では、10人中9人(90%)が、特定の条件下で医師に安楽死を許可する法律に賛成した。スペインでは、安楽死が合法化される2年前に行われた世論調査で、過半数が自殺ほう助を支持していた。

自殺ほう助が認められていない国でも、世論は好意的だ。英国の「死ぬ権利」推進団体「Dignity in Dying」が3月に発表した世論調査では、スコットランドでは回答者の5人中4人が死への幇助を支持した。

>>スイスの自殺ほう助団体ディグニタスは、欧州で広がる合法化の動きに一役買っている

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「自殺ほう助大国」スイスでも

1982年に国内初の自殺ほう助団体が設立されたスイスでも、自殺ほう助を選択する人は増え続けている。連邦統計局によると、自殺ほう助によって死亡した人の数は2011年の431人から2022年には1594人と、過去10年間で3倍に増えた。

スイスの自殺ほう助団体の会員数も過去最高を記録した(2022年末現在)。

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ジュネーブ大学のサミア・ハースト・マジノ教授(倫理学)は「今日では緩和ケアが進歩したが、そうした優れた終末期ケアでさえも、自殺ほう助を思いとどまるほど完全に苦痛を取り除いてくれるものではないという理解に行き着いたのかもしれない」と話す。

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同教授はまた「高齢化と死に対する世代間の見方の変化も要因の1つといえる」と指摘する。

この傾向は続くのか?

欧州で今後、自殺ほう助合法化の動きは広がっていくのだろうか。

ハースト・マジノ氏は、予測は難しいとしながらも「現在老年期を迎えている世代は、一般的に前の世代よりも個人の権利を重視する傾向にあり、十分にあり得る」と付け加える。

ブロワー氏は、この傾向は欧米諸国のみならず発展途上国にも広がる可能性に言及しつつ「ある時点で頭打ちになる」と予想する。

「自殺ほう助による死を望む人のほとんどは教養があり、良い人生を送り、死について考える準備ができている人だ。しかし、それは社会の中ではごく少数に過ぎない。大半の人は死について考えたがらない」

アラブ諸国やアジアの国々では、宗教的、文化的な要因から、自殺ほう助、安楽死はタブー視されている。しかし、患者の希望をかなえるために違法行為を行う医師もいる。日本では最近、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者を含む2人が死亡した事件で、京都地裁は男性医師に懲役18年の判決を言い渡した。

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10言語で意見交換
担当: 宇田薫

安楽死、賛成?反対?

自殺ほう助は、認めても良いと思いますか。それとも反対ですか。

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編集:Marc Leutenegger、英語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子

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