欧州の中絶事情 多くの国で権利の保障まだ遠く
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「リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)」をめぐり、世界で政治的な論争が繰り広げられている。米国では中絶反対派のドナルド・トランプ氏が大統領に返り咲き、欧州もまた中絶を容認する政策と規制する法律の間で揺れている。欧州各国の公共メディアが、女性たちの本音を探った。
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胎児の命を尊重する「プロ・ライフ」派が世界中で勢いを増すなか、女性の選択権を支持する「プロ・チョイス」派の運動家たちは、欧州連合(EU)全域で安全な中絶へのアクセスを保障する道を摸索している。欧州の公共メディアをつなぐ編集協力ネットワーク「A European Perspective外部リンク」が、ハンガリー、イタリア、フランス、スイスなど欧州十数カ国で「中絶の権利」を取材した。
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大学で心理学を専攻したハンガリー人のハンナさん(仮名、32)は、「精神的にも身体的にもこれ以上の妊娠には耐えられなかった。だが、中絶の手続きはひどいものだった」と当時を振り返る。すでに2児の母だったハンナさんは2023年夏、ハンガリー・ブダペストで中絶を受けることを決意した。だが、医療機関から出産するよう2度説得を受けた。最終的に手術を受けられたのは、法律上中絶が認められる期限、妊娠12週の5日前だ。ハンナさんは一連の手続きの中で、胎児の心音を2回聞かされ、胎児の生命維持機能と年齢に関する書類を受け取った。A European Perspectiveの取材に対し、「つらかった…誰だってやりたくないだろう。精神をすり減らした。ただでさえ難しい決断に罪悪感が加わった」と語った。
ハンガリーでは、ビクトル・オルバン首相率いる保守政権が長い時間をかけて、リプロダクティブ・ライツを徐々に制限してきた。ハンナさんの経験は、2022年9月に可決された法律が背景にある。中絶希望者に、胎児の「生命維持に関わる機能」に「明確に確認できる方法で」向き合わせることを定めた法律だ。厳格な法的義務ではなく勧告だが、実際の手続きでは、胎児の心音を聞かされるケースが多い。
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ハンガリー北西部ジェール在住のジェニファーさん(28)は隣国オーストリアでの中絶を選んだ。費用は500ユーロ(約8万1千円)。オーストリアの診療所は、「主にハンガリーとスロバキアからの患者であふれかえっていた。良い意味でベルトコンベアーのように」手続きはスムーズだった。ジェニファーさんは診察後、最初の投薬を受け、安全運転で帰宅するよう勧められた。
「オーストリアでは何も質問されなかった。赤ちゃんのビデオを見ることも、心音を聞くこともなかった。誰も私の決断を問題視しなかったし、恥ずかしい思いもしなかった」という。「金銭的な余裕があれば、より良いケアを求めて外国へ行くよう勧める。その過程は精神的な負担が大きかったが、尊厳ある対応に安心した。それで何もかも変わる」
2つの現実
ハンナさんとジェニファーさんの体験談は、欧州内のリプロダクティブ・ライツをめぐる格差を浮き彫りにする。先進的な法律を追求する国もあれば、世界で最も厳格で保守的な政策を実施する国もある。フランスは2024年3月、世界で初めて中絶の権利を憲法に明記した。
スロベニアも中絶への自由なアクセスを保障する。憲法に中絶の権利は明記されていないが、1991年の独立以来、憲法第55条で出産の選択の自由を保障してきた。スロベニアの公共放送RTV SLO外部リンクによると、同国は思春期の中絶率が欧州で最も低い国の1つだ。スロベニアの活動家で、欧州市民イニシアチブ(発議)「My Voice, My Choice外部リンク(私の声、私の選択)」のコーディネーターを務めるニカ・コヴァッチさんはこう説明する。「スロベニアの例は、中絶へのアクセスの正常化と包括的な性教育が良い結果につながることを示している。中絶が合法化され、利用できるようになれば、性教育が改善され、中絶率は統計的に減少する」
対照的に、マルタは2023年まで、女性の生命が危険にさらされる場合であっても中絶を全面的に禁止していた。それが最近の法改正で、レイプや胎児の異常といった理由でのみ中絶を認める、非常に制限的なものに変わった。ローマ・カトリックを国教とし、カトリック教徒が圧倒的に多いマルタでは、中絶への反対が根強い。ベルギーのフランス語公共放送RTBF外部リンクによると、国民の10人中9人が中絶の合法化に反対している。マルタは2004年のEU加盟に際し、中絶に関する国内法がEU諸条約の影響を受けないよう確保した。
マルタのリプロダクティブ・ライツに対する立場は、ローマ・カトリック教会の影響が大きい。ローマ教皇庁(バチカン)の公式メディア「バチカン・ニュース外部リンク」によると、フランシスコ教皇は今年、駐バチカン外交団との新年の挨拶で、中絶の権利という概念は「受け入れられない」とし、「人権、中でも生存権に矛盾する」と述べた。「すべての生命は、受胎から自然死まで、その一瞬一瞬が守られなければならない。いかなる子どもも過ちであったり、存在自体が罪であったりはしない。高齢者や病人が希望を奪われ、切り捨てられることがないのと同じだ」
リプロダクティブ・ライツ・センター外部リンク(CRR、本部スイス・ジュネーブ)の欧州地域ディレクター、リア・ホクターさんは、フランス語圏のスイス公共放送(RTS)とSWI swissinfo.chによるA European Perspectiveのインタビューに、「欧州49カ国のうち44カ国が、要求に応じて、あるいは社会経済的な背景から中絶を合法化した」と話す。残りの5カ国はマルタ、アンドラ、リヒテンシュタイン、モナコ、ポーランドで、これらの国では「基本的に中絶ができない」と説明する。
欧州には安全かつ合法的な中絶を利用できない女性が2千万人いる
ポーランドでは1990年代以降、希望に基づく、あるいは社会経済的な理由による中絶は認められていない。2020年10月の憲法裁判所判決はさらに厳しく、胎児に障害がある場合でも中絶が禁止されるとの解釈を下した。事実上の全面禁止に近く、多くの女性が合法的に中絶する選択肢を失った。
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このような制約を受ける女性たちがチェコで中絶できるよう移動を支援する団体「Ciocia Czesia(チェコおばさん)」が設立された。共同設立者のヨランタ・ノヴァチクさんは、チェコの国営放送Česká Televize(CT)によるA European Perspectiveのインタビューでこう説明する。「妊娠中期になると、外国での中絶が唯一の選択肢ではないか。例えば、胎児の奇形がわかるのは妊娠15~16週頃だが、中絶薬を飲むには少し遅い。このような場合、(ポーランドの)女性は通常、チェコやオランダ、英国などに渡る」。だが、誰でもできるわけではない。ポーランド北部トルン在住のマグダレーナさん(44)は自身の経験をこう話す。「新聞広告で見つけた薬を使って、24歳の時に初めて中絶した。『月経を回復させる』薬として販売されていた。計5回中絶したが、いつも自宅で、インターネットで買った薬を使って、1人でした。経済的な余裕がなく、外国に行く選択肢はなかった」
「My Voice, My Choice」のコヴァッチさんは、「外国へ行くお金があり、(職場から)休暇を取得し、ホテル代と中絶費用を支払える女性だけが、安全かつ速やかに中絶できる」と話す。同イニシアチブは、EUのすべての女性が、どこに住んでいても、安全な中絶を無料で受けられることを目指している。コヴァッチさんは、「My Voice, My Choice」が行った中絶へのアクセスに関する調査について、「欧州の状況は、私たちが考えていたよりもずっと悪い」と指摘する。「安全かつ合法的な中絶へのアクセスがない女性が2千万人いる」。
EU諸条約の下で、中絶法は加盟国の主権に属するため、EUレベルで中絶を合法化するという選択肢はない。だから「My Voice, My Choice」は、制限的な法律をもつ国の女性に国境を越えたアクセスを可能にする政策を目指している。2024年12月には、欧州委員会に対し立法を提案するために必要な署名100万筆を集めた。
構造的な障壁
「中絶を合法的に利用できる国であっても、構造的な障壁によってタイムリーなケアを受けられない場合がよくある」と指摘するのはCRRのホクターさんだ。フランスもその1つだ。仏公共放送ラジオ・フランス外部リンクによると、2024年9月に発表された民間調査で、中絶を経験したフランス人女性の82%が中絶を受けるには障壁が残っていると答えた。長い待ち時間や、中絶へのアクセスに都市部と地方で格差があることなどが理由だ。
ポルトガルのように、安全な中絶の権利が法的に認められていても、医療機関を見つけるのが難しく、自宅から遠く離れた場所に移動しなければならない国もある。ポルトガル保健活動監査局による最近の報告書外部リンクによると、良心に基づき中絶を拒否する医師が多く、医療機関は患者を断らざるを得ない。
このような状況が、ポルトガルの多くの女性を外国の中絶サービスへと駆り立てている。「My Voice, My Choice」の国内コーディネーター、ディアナ・ピントさんはポルトガルのルサ通信外部リンクの取材に、2023年だけでも、同国在住の女性530人が、国境に近いスペインのビーゴやバダホスの診療所で中絶した、と話した。しかし、スペインにも地方格差がある。スペインの国営放送RTVE外部リンクの2022年の報道によると、2011年から2020年の間に、スペイン人女性4万5千人が中絶のために県外に出なければならなかった。
ポルトガル議会は2025年1月10日、社会党の提案で中絶法改正案を審議した。社会党は特に、合法的に中絶を受けられる期間の延長を求めたが、最終的にすべての改正案が否決された。ポルトガルのカトリック司教協議会常設理事会はこの結果を温かく歓迎した、とルサ通信外部リンクは報じている。
イタリアでは1978年に中絶が合法化されているが、良心的拒否をする医師が多く、地域によってその割合は90%にも上る。そのため、多くの女性が民間の医療機関やプロ・チョイス団体を頼る。ロンバルディア州ブレシア在住のキアラさんもそうだ。妊娠が判明したのは2022年3月。キアラさんはA European Perspectiveの取材に「母親になるつもりはないので、中絶に向けてすぐに動き始めた」と話す。「だが、かかりつけの開業医が良心的拒否者だとわかった」。そして、通信アプリ「テレグラム」の交流機能「グループ」で、「IVG Sto benissimo」というイタリアのプロ・チョイス・ネットワークと出会った。「良心的拒否者」ではない近隣の医師との連絡を可能にするサービスだ。
トスカーナ州フィレンツェ在住のグレタさん(34)にも似たような経験がある。2019年にグレタさんの妊娠が判明すると、かかりつけ医は、中絶への最初のステップである妊娠確認証明書は発行できないと言い張った。そのためグレタさんは民間の医療機関を頼らざるを得なかった。「つらい経験だった。証明書をもらうためだけに、私立の婦人科医に行かなければならないのはおかしい」と話す。
イタリアの公共放送Rai 3は2021年、テレビ番組「Rebus外部リンク」で、良心的拒否者の医師でパレルモのFatebenefratelli病院で小児科部長を務めるマリア・ローザ・ダンナさんにインタビューをした。ダンナさんは、「妊娠の継続が困難なすべての患者をサポートするクリニックを作った。妊娠継続という選択肢を提案し、(患者が医療機関を自由に選べる)フリーアクセス制のクリニックを提供することで、患者は自身の選択をもっと認識できる」と語った。さらに、中絶を合法化したイタリアの法律194号を尊重しつつも、「(この法律を)避妊手段と同じように使うことはできない」と述べた。
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イタリアの右翼政党「イタリアの同胞(FDI)」党首、ジョルジャ・メローニ首相が率いる極右政権は、女性のリプロダクティブ・ライツを弱体化させ、プロ・ライフ運動を支援しているとして、度々非難されてきた。伊上院は2024年4月23日、FDIが提案した改正法案を最終承認し、家族計画を指導するクリニックへのプロ・ライフ団体の常駐を合法化した。病院によっては、中絶が行われる部屋と同じ廊下にプロ・ライフ団体の部屋がある。
チェチーリア・カルデッラさん(78)は、伊プロ・ライフ団体「Movimento per la Vita」の支部で、トスカーナ州ピサを拠点とする「Centro di Aiuto alla Vita(命を助けるセンター)」(CAV)のボランティアとして活動している。カルデッラさんはA European Perspectiveの取材に対し、「常々、母親よりも、胎児を含む子どもたちを助けたいと考えてきた」と話す。カルデッラさんによると、同州では地域政策上、地元の診療所でのプロ・ライフ団体の活動は禁じられているため、CAVは口コミとビジョンの近い医師たちの支援に頼っている。CAVは困窮する妊婦に18カ月間、月200ユーロの支援金と食料品、その他必需品を提供し、出産するよう働きかける。「CAVに来た女性がすでに中絶を予約していたとしても、私たちは提供できるあらゆる可能性を伝え、小さな命を救えないか模索する。私たちにはとても大事なことだ」とカルデッラさんは説明する。
イタリアには、プロ・ライフ運動がすでに組織的な支援を受けている地域もある。FDIに所属するピエモンテ州議会のマウリツィオ・マローネ議員は2022年、「母性の社会的価値」を促進し「生まれたばかりの生命」を保護する団体に46万ユーロの補助金を出した。補助金の額は2023年と2024年には倍増した。ジェンダー平等の実現をめざす団体「Se Non Ora Quando? Torino」の代表、ラウラ・オノフリさんは、補助金外部リンクの提案に応じたのはプロ・ライフ団体だけだと指摘した。「女性に中絶しないよう圧力をかけたいという意図が明らかだ」と話す。
刑法とパパイヤを使ったワークショップ
世界保健機関(WHO)は、より安全な中絶ケアを世界で提供するためのガイドライン外部リンクで、中絶の完全な非犯罪化を推奨する。しかし、一部の欧州諸国では、中絶が今も刑法で規定されている。CRRのホクターさんはこう話す。「例えば、英国とドイツ。一般的に、女性は必要があれば中絶を利用できる。しかし、中絶が刑法でどのように扱われているかで、中絶をタブー視する風潮は根強く残る。英国では、法の枠外で中絶を受けた女性を訴追するケースが増えており、私たちは重大な懸念を抱いている」
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ドイツでも中絶はまだ刑法上の罪だ。ホクターさんは「刑法は萎縮効果をもたらす」と指摘する。「医師は法で認められたサービスを提供することをためらうかもしれない。女性は不当なストレスとタブー視にさらされる」。2024年10月、22の団体からなる連合が独連邦議会に対し、中絶を刑法から削除し、中絶が認められる期間を現行の妊娠12週から22週まで拡大する法案を可決するよう要求した。
ドイツの現行法制の下では、中絶に関するトレーニングを受けた医師が少ない。ホクターさんは「通常、医学部で中絶の手順を学ぶことはない」と強調する。独バイエルン州の公共放送、バイエルン放送(BR)の2024年5月の報道によると、ボランティア団体がこのような不足を補おうと、医師を対象に、パパイヤを使って中絶のプロセスをシミュレートする「パパイヤ・ワークショップ」を開催した。
スイスでは2002年の国民投票の結果、「妊婦自身が困難な状況にあると書面で申請」した場合、妊娠12週までの中絶が認められるようになった。NPOスイス・セクシャルヘルスのバルバラ・ベルジェ代表は2023年、swissinfo.chとのインタビューに対し、この要件があり、中絶法がまだ刑法の枠組みで規制されているせいで、中絶は依然としてタブー視されていると述べた。「このようなシステムは、女性の決断を肯定したい医療関係者に大きなプレッシャーを与える。これでは道徳的な問題になってしまう」。同NPOは、中絶を刑法ではなく、フランスのように公衆衛生法で規制すべきだと主張する。ベルジェさんはそうすることで、女性は自律的に選択し、自身の健康を優先できると考えている。「中絶を決断した女性が速やかに障害なく中絶を受けられるようにすべきだ」
歴史的な転換
中絶をめぐっては、欧州諸国の多くが課題を抱える一方、歴史的に制限的な立場をとってきた数カ国で状況が変わりつつある。アイルランドでは2018年の国民投票で、母親と胎児に「平等な生存権」を認めていた憲法修正第8条が廃止された。これにより、アイルランド議会は中絶に関する立法が可能になり、通常妊娠12週まで、特定の状況下ではそれ以降の中絶も合法化された。だが、アイルランドのプロ・ライフ運動は依然として活発だ。現行法に異議を唱え、さらなる制限を求めている。
フィンランドでは2023年、女性が妊娠12週まで正当な理由がなくても中絶できる画期的な改革外部リンクが行われた。それまでの中絶法は北欧諸国で最も厳しく、中絶には医師2人の承認を必要とした。フィンランド保健福祉研究所の統計外部リンクによると、法改正により、中絶へのアクセスが容易になり、中絶をタブー視する風潮が薄れても、中絶件数に大きな変化はなかった。この歴史的な法改正に導いたのは、より広範な自律性を求める国民の声に応えるよう議会に迫った、市民主導のイニシアチブ「Oma Tahto(自らの意志)」だった。
記事で取り上げたかどうかにかかわらず、本記事のために個人的な体験を語ってくれた11人の女性全員に感謝の意を表します。
*「A European Perspective」は、欧州放送連合(EBU、本部・ジュネーブ)が共同設立した、欧州のパブリック・サービス・メディアをつなぐ編集協力ネットワークです。詳しくはこちら外部リンクをご覧ください。
取材・執筆:Martin Sterba (CT、チェコ)、Catherine Tonero and Garry Wantiez (RTBF、ベルギー)、Rachel Barbara Häubi (SWI swissinfo.ch/RTS、スイス)、Veronica DeVore (SWI swissinfo.ch、スイス)、Sara Badilini (EBU)、Alexiane Lerouge (EBU)、Lili Rutai (EBU)
追加コンテンツ提供:AFP(フランス)、Arte(フランス・ドイツ)、BR(ドイツ)、Franceinfo(フランス)、RTBF(ベルギー)、RTE(アイルランド)、RTP(ポルトガル)、RTVE(スペイン)、SWI swissinfo.ch(スイス)
副編集長:Kate de Pury (EBU)
SWI swissinfo.chでの翻訳・編集:Veronica DeVore
プロジェクト管理:Veronica DeVore (SWI swissinfo.ch), Alexiane Lerouge (EBU)
イラスト:Ann-Sophie De Steur
英語からの翻訳:江藤真理、校正:ムートゥ朋子
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