自殺ほう助、安楽死論争−医師にインタビュー
7月上旬、バーゼルで違法な自殺ほう助を行った精神科医に有罪判決が下った。これを受け、自殺ほう助に関するスイス医療学アカデミーのガイドラインの緩和を求める声が上がった。
スイス医療学アカデミー中央倫理委員会会長のクロード・レガメ博士に、スイスで合法化されている自殺ほう助についてインタビューした。
バーゼル裁判所は、退職した元精神科医ペーター・バウマン被告(72)が患者3人に行った自殺ほう助に対し、過失致死罪が認められるとして懲役3年、執行猶予2年の有罪判決を言い渡した。
スイスはオランダと並び、欧州で自殺ほう助について最も寛大な国だ。しかし、バウマン被告は故意の殺人と自殺ほう助の罪で起訴された。検察側は3人の患者に自己判断能力がなかったこと、バウマン被告の信念を広めるという「利己的な目的」があったとして、懲役7年を求刑していた。
バウマン被告は自殺ほう助団体エグジットに1998年に入会。14人の自殺者を看取った後、自らの団体「自殺ほう助協会 ( Verein Suizidhilfe ) 」を立ち上げた。バウマンは末期患者でなくとも、「自殺願望がはっきりしており、人間的に理解できれば拒否しない」との立場を取っていた。
swissinfo.ch:会長を務めている中央倫理委員会 ( CCE ) は2004年に末期医療の患者に関するガイドラインを修正しました。これにより、自殺ほう助が特定の場合に限って、医師の元でできるようになりました。医師の間ではこの問題について常に論争があるのでしょうか。
レガメ博士:この論争が終わることはないでしょう。自殺ほう助を末期患者以外にも対象を広げるべきだという意見です。連邦裁判所の2006年の判決ではこの基準を明確にしていません。
ところが、現在の中央倫理委員会のガイドラインでは医師は患者が末期状態でなければ介入することができないと定めています。他の基準は死ぬことを自主的に選んだこと、死にたいという希望が継続的にあるところにあります。
swissinfo.ch:末期患者だけでなく、自殺ほう助を広げようという医師はどのような意見なのでしょう。
レガメ博士:自殺ほう助を認め、自らの意志で行動している人は、その時に患者を放っておくわけにはいかないと考えています。
自殺ほう助の対象を特にアルツハイマー病など神経退行性の病気や精神病を患っている人などに広げる、と考える医師は各患者個人の自主性を尊重しなければならないと考えています。精神障害を患っている患者でも判断と識別力があると考えます。
swissinfo.ch:これに対して、反対派はどういっているのでしょうか。
レガメ博士:自殺ほう助は医療に入らないという立場です。医療は反対に死にたいという願望と戦わなければならないというものです。特に、患者の苦しみを和らげ、患者と共に苦悶に対応しなければならないと考えます。
スイス医療学アカデミーは2006年に『終末医療 ( ターミナルケア ) 』のガイドラインを定めました。スイス医学誌に載せた我々の提案を「医師は死亡志願者の専門家ではない」と題したのはそのためです。
swissinfo.ch:自殺ほう助の対象を拡げるのはどうして間違っていると思いますか。
レガメ博士:第1に末期患者以外の人を対象にすることによって、医療の分野から離れ、死に方と死を選択するという社会の選択になります。
第2に取り返しのつかない間違いに傾きやすいからです。確かに、『ニューイングランド医学誌 ( New England Journal of Medecine ) 』の最近の記事に、医療責任下で行われる自殺ほう助を法制化した国、つまりオランダ、ベルギーとアメリカのオレゴン州は自殺者数が増加していないという結果が出ています。むしろ、オランダではその数は減ってもいます。様々な場所で終末医療施設が設置されたのも良いことです。
しかし、自殺ほう助の法制化は同時に、コントロールできない人間の取り返しのつかない行為をやり易くすることになります。ルツェルンの ( 1995〜2001年まで少なくとも24人を老人ホームで殺した ) 看護士の件がそうです。
swissinfo.ch:どうして、精神病患者は特別な問題になっているのでしょうか。
レガメ博士:大抵の場合がとても脆い患者です。自殺願望は多くの場合、病気の症状であり、病気の前からあるものではありません。こういう場合は自殺ほう助を許可するわけにはいきません。
そのうえ、5年後に表面に現れないこのような症状の対処法ができているかもしれません。致死量の薬物投与は取り返しのつかない行為です。少なくとも2人の独立した鑑定が必要で、その患者が自主的に判断と識別力があるかどうかを証明する猶予期間が必要です。
聞き手:アリアンヌ・ギゴン・ボーマン、 屋山 明乃 ( ややま あけの ) 意訳
スイスでは任意団体が安楽死を望む患者の自殺をほう助し、看取ることができる。しかし、患者自らが医師の処方による致死量に値する薬を飲まなければならない。また、看取る側の利己的な意図や哀れみの感情からではいけない。
2004年にスイス医療学アカデミーは末期医療 (ターミナルケア) の患者に関するガイドラインを改正した。医師は特定の状況下で末期状態にある患者に限り、自殺ほう助をできるようになった。
ある事件を機に自殺ほう助団体エグジット (Exit) は精神病患者の自殺ほう助を1999年に停止したが、2004年に再開した。
自殺ほう助を行う条件は厳しい。患者が自らの意思で死を望むこと、その希望が長い期間に渡って発せられていたこと、そして、患者の判断能力があることなどだ。
連邦最高裁判所は2006年11月3日、精神病患者の自殺ほう助を認めるが、これを権利として認めるわけではないとの判決 ( 2A.48/2006 ) を出した。また、患者の末期状態であることが原則として基準とされるわけではないとした。
スイスの自殺ほう助団体にはエグジットとチューリヒのディグニタス ( Dignitas ) などがあるが、後者では外国人も受け入れている。
スイスのバイオメディカルに関する倫理諮問委員会の報告によると、毎年スイスで350人 (外国人含む) の自殺ほう助が行われている。
例外的なケースで、医師が患者の自殺ほう助を承諾する場合には以下の最低条件が揃っていることを確認する責任がある。
- 患者の病状から死に近づいていると考えられる場合。
- すでに、患者に様々な治療法が提案され、試みられた。
- 患者の認識がはっきりしていること。自殺願望が熟考されたもので、外部からの圧力によるものではなく、長期に渡って願望が続いたこと。以上の条件が医師でなくとも、第三者から確認された。
- 死ぬ為の直接の行為は患者自らが行わなければならない。
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