60年ぶりに陽の目を見る出産育児手当
昨年9月の国民投票の結果、今年の7月1日から出産・育児休暇について母親の最低限の権利を守る新法が発効する。60年間にも及ぶ「難産」の挙げ句に生まれた法律といえる。
新法ではスイスで働き、出産した女性はみな最低14週間、80%の給与が支給されることになる。今までは職種、州や企業によってはバラバラだった出産育児手当だが、これで最低ラインが定まった。
出産育児保険は1945年に連邦憲法に定められていたものの、連邦レベルでの法律が存在していなかった。これまでも4回(1974年、1984年、1987年、1999年)に渡って出産育児保険に関する法導入が否決されたが、昨年の9月にやっと可決に至った。
今までは出産育児手当は最低3週間の給与しか定められていなかったため、待遇は企業や職種によって待遇に大きく差があった。
新法はそれでも遅れている?
これだけ長くかけて成立した新しい出産育児法だが、他の欧州諸国と比較するとまだまだとの見方も多い。給与が保障されている出産育児手当の日数ではスウェーデンは69週、ノルウェーでは42週、イタリアでは22週でスイスの14週は少ない方だ。
「スイスでは女性に関する政治社会問題は相当な時間がかかる」と分析するのはスイス労働組合(USS)のナタリー・インボーデン氏。スイスで女性が連邦レベルでの選挙権を取得したのは1971年になってからだ。
不利なケースも
皮肉なことに、新法によって働く女性に不利なケースも出てくる。既に多くの企業や公務員が16週間、給与全額支給体制をとっていたからだ。新法では上限が1日172フラン(約1万5千円)と定められているため、例えば、トゥールガウ州の公務員でそれ以上稼ぐ女性は新法により損をすることになる。これに対して、ベルン州では16週間、給与全額支給の制度を維持する予定だ。
前出のインボーデン氏は「新法は今まで何もなかった人にとって、より良い生活を約束します」と言う。それでも、「この解決策はまだまだ不十分」という。もっと女性が仕事と家庭を両立できるような社会制度整備が必要と言う。6月末にスイス基金がスイスでは5万席の保育所が足りず、現状では需要の41%しかカバーされていないとの調査結果を発表したばかりだ。
企業にとっては負担減
新しい出産育児法は雇用者にとってもメリットが大きい。今まで、企業が全額出資していた出産育児手当が半額になる。これは出産育児手当が出産育児保険で賄われることになるからだ。
これをスイス経済にとって毎年、3億フラン(約260億円)の利益になるとインボーデン氏はみる。なお、大企業はさらなる利益を受ける。ミグロやコープなどの大手スーパーは毎年300万フラン(約2億6千万円)から400万フラン(約3億4500万円)を、チューリヒ州銀行は85万フラン(約7300万円)を、エンジニア大手ABBは35万フラン(約7千300万円)の節約になるという。
Swissinfo レナート・クンツィ、 屋山明乃(ややまあけの)意訳
昨年の9月に国民投票で可決された出産育児手当に関する法律は今年の7月から発効される。
新法によると、出産をした母親に対し、雇用者は14週間、80%の給与を1日172フラン(約1万5千円)を上限に支給する義務がある。
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