トランプ政権の対外援助削減、ジュネーブ経済は耐えられるか

米ドナルド・トランプ政権の対外援助削減により、スイスの国際都市ジュネーブの経済に影響が出始めている。代わりとなる資金提供者の出現が望まれるが、援助からの撤退は世界的な潮流になっており、米国の空白が埋まる見通しは立たない。同市は「外交の首都」「国際協力の中心地」としての地位を維持できるのだろうか。

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米政府の対外援助執行額は2023年の実績で年間719億ドル(約11兆円)に上ったが、ドナルド・トランプ米大統領は1月の就任直後、ほぼ全ての援助予算の即時凍結と見直しを関係機関に命じた。ルビオ国務長官は3月に見直し結果を示し、米国際開発局(USAID)の援助事業を83%削減すると表明した。こうした措置の影響は、すでにスイスの国際都市ジュネーブにも及んでいる。同市を拠点とする数百のNGOの多くが資金を米国に頼ってきたためだ。
ジュネーブ国際開発高等研究所(IHEID)の調査によると、市内に本部を置く主要国際機関の資金拠出比率を見ても、米政府の割合は26.3%で最大となっている。
各機関は危機に対処するため、職員の解雇や短期雇用契約の打ち切りを断行。オフィス面積を縮小したり、イベントを対面開催からオンライン開催に変更したりといった手段も講じている。いずれも市経済には大きな打撃となる変化だ。
たとえば国際移住機関(IOM)は、ジュネーブ在勤職員1000人のうち20%を解雇すると表明した。IOMでコンサルタントとして働くリカルド氏は匿名を条件にswissinfo.chの取材に応じ、雇用契約が月末に更新される見込みだったが、最近になって打ち切りを知ったと語る。
同氏は「2月上旬から一方的な契約打ち切りが相次いでいる。職場はひどい雰囲気だ。先が見えない感覚が全員の重荷になっている」と説明する。
ほかに働き口を確保できなければ、リカルド氏は3カ月以内に中南米の母国に帰らなければならない。同氏のような非永住者は国際都市ジュネーブに不可欠の労働力だが、その多くが滞在期限の終了とともに出国を強いられかねない。同氏は「ジュネーブの国際機関で働く人は特権もあり守られている面もあるが、ひとたび危機が起これば国籍次第でとても不安定な状況に陥る恐れがある」と語っている。

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資金の遮断が死活問題に
ジュネーブの国際機関に対する資金拠出は過去20年で着実に増加し、2020年には236億ドルに達した。このうち各国政府や国際機関といった公的ドナーの割合は90.1%に上る。
スイス連邦政府と州が設置したジュネーブ・ウェルカムセンター(CAGI)で市民団体支援を統括するジュリアン・ボヴァレ氏は「米国の拠出金が資金源の20%を切る国際機関はない。これほどの規模の資金が凍結されれば、広範囲に重大な影響が生じる」と指摘する。
実のところ、対外援助削減を決めたのはトランプ氏だけではない。各国の公的債務拡大や国防費増額などを背景に、援助から撤退する動きは世界に広がっている。
英政府はジュネーブの主要国際機関に対する資金拠出規模で米国に次ぐ2位だったが、2月に開発援助予算を40%削減する方針を示した。スイスも資金拠出を5.6%減らしている。ボヴァレ氏は「国際機関への資金拠出に関し、世界中の伝統的ドナー国の間で信頼と関心が低下している」と語る。

世界の人道支援ニーズが膨らんでいることも、ジュネーブの国際機関にかかる財務的圧力を強めている。国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、2025年に人道支援と保護を必要とする人は約3億500万人に達する見通しで、2020年の1億6800万人から2倍近くに増加している。
ジュネーブ経済への影響
ジュネーブ市内の国際機関や各国使節・領事館、NGOは計3万6000人余りの職員を雇用し、市経済の柱になっている。これらの組織を通じて市に流入する資金は年間70億フラン(約1兆2000億円)。市内総生産(GDP)の約9%に相当する金額だ。
ジュネーブ商工会議所のヴァンサン・スビリア事務局長は「極端な予算削減により、数百人規模の解雇が生じる。私たちは今、波及効果の津波に飲まれるリスクに直面している」と語る。
援助削減の経済的影響は国際セクターにとどまらず、ホテル・観光業や不動産業にも及ぶ。スビリア氏は「こうした組織はジュネーブのエコシステム(共存関係)の一部になっている。そこに打撃が加われば、ジュネーブ経済にも影響が出る。特にホテル、レストラン、タクシーや供給業者は直撃を食らう」と警告する。
ジュネーブ・ウェルカムセンターには、オフィス縮小を検討する団体からの問い合わせが複数寄せられている。また、対面開催を予定していた会議がオンライン開催に変更され、宿泊・接客業の落ち込みに拍車がかかっている。
市の観光部門では2024年第2四半期に宿泊数が過去最高の100万人泊余りを記録したが、今は先行きが不透明になっている。ジュネーブ観光・会議財団によると、国際イベントの規模縮小に伴い、向こう数カ月は予約が減少する見通しだ。
ジュネーブの国際的地位も危うく
スビリア氏によると、経済に混乱が生じるだけでなく、多国間外交の中心地としてのジュネーブの名声も脅かされている。
ボヴァレ氏は、一部のNGOは閉鎖を強いられかねないと懸念を示し、「資金の40〜60%を米国に頼っている団体もある」と指摘する。
民間組織による寄付が増えたとしても、米国の穴は埋まらない。ボヴァレ氏によると、「第1次トランプ政権期には欧州諸国がリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)や人権保護の施策に対する資金拠出を増やしたが、今回はまだ他国の反応がない」という。
中国や湾岸諸国など新たな公的ドナーが空白を埋めるかもしれないとの発想は、今のところ憶測の域を出ない。どの国も具体的な関心を示していないし、仮に米国に取って代わることを望んでいるとしても、「こうした移行には時間がかかる」(ボヴァレ氏)。そのため、いずれにせよジュネーブは財政的な不安にさらされる。
ジュネーブ州・市と連邦政府は介入できるか
ジュネーブ市は米国の決定による打撃を和らげるため、影響を受けたNGOへの支援に総額200万フランを支出することを決めた。また、ジュネーブ州は影響を受けたNGO職員を支援するため1000万フランの緊急予算案を提出した。ただし、こうした努力は、政治的障害で停滞する恐れがある。たとえば州議会は今のところ予算措置の緊急性を認めていないため、執行が遅れる可能性がある。
スビリア氏はジュネーブの国際セクターを「スイスのDNAの中核」と呼び、連邦政府がより積極的に守るべきだと主張する。連邦外務省は最近、同セクターへの予算割り当てを5%、金額にして120万フラン増やすと発表した。
ボヴァレ氏によると、この危機はスイスの分岐点になる可能性もある。同氏は「スイスは好機を手にしている。国際機関の間で資金繰りの不安が増している今、安定と安心を提供することで、NGOの中心地としての地位固めができる」と期待を示している。
ジュネーブの未来
専門家らは、ジュネーブは一握りの大口ドナーへの依存を減らさなければならないとの見解で一致している。前出のジュネーブ国際開発高等研究所の調査によると、拠出額全体に占める上位15カ国・機関・団体の割合は75%に上り、この構造はジュネーブの弱点になっている。
スビリア氏によれば、ジュネーブは多くのものを背負っている。「市内の国際セクターが崩壊すれば、影響は現地だけでなく世界のガバナンスへと広がる。ジュネーブが世界の外交の首都という地位を維持できるかどうかは、向こう数カ月で決まる」
編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:高取芳彦、校正:ムートゥ朋子

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