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戦争は人間の心を取り戻せるか 国際人道法の守護者が抱く危機感

顔に血の付いた少女
RTS

武力紛争の犠牲者を保護するための原則を盛り込んだジュネーブ諸条約が75周年の節目を迎えた今年、世界各地で未曽有の紛争が起こり、人道危機が深刻化している。「国際人道法の守護者」である赤十字国際委員会(ICRC)は各国に法の順守を呼びかけるが、展望は開けない。

「おそらく毎日、世界のどこかで国際人道法違反が起こっている」。赤十字国際委員会(ICRC)のミリヤナ・スポリアリッチ・エッゲー総裁は、フランス語圏スイス公共放送(RTS)・swissinfo.chの共同取材にこう力説した。武力紛争の犠牲者を保護するための原則を盛り込んだジュネーブ諸条約は今年、採択75周年を迎えたが、祝賀ムードはない。

エッゲー氏によると「ICRCが把握する紛争は30年前には世界で20件ほどだったが、今では120件以上と大幅に増えた」。ウクライナやパレスチナ自治区ガザ、エチオピア、スーダンなどで紛争は激化するばかりで、民間人のみならず人道支援従事者にも被害が及んでいる。

国連は世界人道デーに当たる8月19日、2023年に殉職した人道支援従事者は280人に上ると発表した。援助従事者安全データベース外部リンクによると、今年に入ってすでに176人の犠牲(うち121人はパレスチナ自治区)が出ており、記録を更新する可能性がある。

ICRCのミリヤナ・スポリアリッチ・エッゲー総裁
ICRCのミリヤナ・スポリアリッチ・エッゲー総裁 Keystone / Salvatore Di Nolfi

こうした状況で、ジュネーブ諸条約は地政学的な緊張に対処するのに妥当なのか?エッゲー氏は「諸条約は妥当なだけでなく、かつてなく必要不可欠な存在となっている。今の世界情勢で、このような条約をまとめ直すことは不可能だ」と強調。国際人道法の順守を「政治的優先事項」に据えるよう各国に呼びかけた。

殺人ロボットの登場

戦闘形態が急速に変化する中で、条約の順守は緊急度を増している。ロボット犬やAI(人工知能)搭載ドローンなど、世界ではAI兵器の軍拡競争が繰り広げられている。なかでもウクライナは新技術の実験場と化している。ウクライナ軍は今年、世界で初めて無人機専門の部隊を創設した。

ガザでは、イスラエル軍がAIで目標を定める大規模攻撃を行ったと報じられている。イスラエルメディア「+972外部リンクマガジン」の調査によると、紛争初期に投入されたAIプログラム「ラベンダー」はイスラム組織ハマスの戦闘員とみられる人物最大3万7千人を特定した。イスラエル軍の情報将校は+972に、プログラムのエラー発生率は10%で、標的1人につき15~20人の巻き添えは容認されていたと匿名で証言した。イスラエル軍は報道に対し、「ラベンダー」の存在は認める一方、テロリストの特定にAIを使ったことは否定。「標的特定プロセスにおけるアナリスト用ツールにすぎない」と反論した。

こうした技術は戦争を過熱させる可能性がある。国連はガザの破壊規模の大きさや民間人犠牲者の多さの背景にAIがあるとみて、懸念を強めている。ICRCとともに、2026年までに自律型兵器の禁止と規制を定めた法的拘束力のある条約を採択するよう求める。「ICRCは、人間の制御を受けないため、民間人・民用物と軍事目標の区別が免責される兵器の禁止を要求している」(エッガー氏)

ICRC自身は財政危機に瀕し、人員削減が相次いだ。エッガー氏は「財務状況を安定化させることができた」と説明する。だがICRCが携わる約100件の人道支援に必要な資源を全て備えているわけではないという。

多くの批判にもさらされている。特に風当たりが強いのが、人質や捕虜の面会・解放が進まない点だ。エッガー氏は「非常に繊細かつ複雑、危険な活動だ。紛争当事者間で人質の解放条件について合意がなければ、ICRCは行動を起こすことも、人質に面会することもできない」と説明。ICRCはガザで拘束されていたイスラエル人人質100人以上の解放に貢献し、残りの人質についても面会に向け努力を続けていると述べた。イスラエル当局も2023年10月7日以来、ジュネーブ第4条約上の義務にもかかわらず、ICRCの刑務所立ち入りを中止していると指摘する。

エッガー氏は8月、国際法がますます「道具化」され、時に「暴力を正当化するため」にゆがめられていると批判した。イスラエル・ハマス間の紛争で、巻き添え犠牲者の多さを正当化するために「人間の盾」という概念が持ち出されていることを念頭に置く。戦争法は、「人間の盾」にされた民間人の死に対して責任を負うのは加害者ではなく、民間人を盾とした者だと定める。無差別攻撃を禁止する「区別の原則」と、想定される文民被害が軍事的利益を上回ってはならないとする「均衡性の原則」を順守していることが前提だ。今の状況はこれらの地域の民間人に対する暴力をエスカレートさせる危険がある。

ICRCの闘う相手は、究極的には「戦争の非人間化」だ――エッガー氏はこう総括する。「人間の心は平和と安定を望み、人々の中にある善を信じるものだと信じている。私たちが生き残るチャンスは、戦争よりも平和の方が常に大きい」

第二次世界大戦後の1949年8月12日、ICRC の主導でジュネーブ条約の改正が採択された。ジュネーブ諸条約とその追加議定書は、国際人道法の基礎を成す。

戦時下で人間の尊厳を守ることを目的として構想された。敵対行為に参加していない・離脱した人々を保護するために、武力紛争のルールを定める。

※この記事は、フランス語圏のスイス公共放送(RTS)とswissinfo.chの共同企画として、2024年8月31日、RTSのウェブサイトに掲載されました。

英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:江藤真理

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