米国が苛立つ赤十字国際委員会
赤十字国際委員会(ICRC、本部、ジュネーブ)は6月13日、米国上院共和党政策委員会の報告書で“中立性を欠く”と批判された。
元ジャーナリストで米ハーバード大学の国際刑法の研究者、ピエール・アザン氏に米国がICRCを批判する理由や米国にとってICRCの意味などを聞いた。
米国上院共和党政策委員会の報告書「米国の国益はICRCにより損なわれているか?」に対して、ICRCのヤコブ・ケーレンベルガー委員長は17日、ジュネーブで記者会見を行い、ICRCに対する批判に反論した。
記者会見で同委員長はまず「ICRCは米兵士をナチ兵士と比べたことはない」と強調した。これはICRCの職員がキューバのグアンタナモ米軍基地収容所で拘束者に対する待遇が悪いとの米ヴォールスリート・ジャーナルの記事を否定したもの。また「機密報告をメディアに漏らした事もない」と述べた。これは昨年11月に米政府宛のグアンタナモ米軍基地にいる拘束者の扱いについて批判したICRCの機密書類の一部がメディアに発表されたことについて述べたものだ。(6月18日付け、ル・タン紙より)
仏リベラシオン紙とジュネーブのル・タン紙で国際機関や人道危機問題を追ってきた元ジャーナリストで国際刑法の研究者、ピエール・アザン氏にこの動きをどう見るか聞いた。
swissinfo: このようなICRC批判をどう受け止めますか?
アザン氏: ICRCの公的な立場の表明や機密書類の漏洩により、ICRCがブッシュ政権にとって深刻な脅威として映ったのは確かです。これは、米国がイラクで開戦したことの正当性をも揺すぶるからです。
そのうえ、米国民は“自由のチャンピオン”との自負があります。しかし、ICRC が米国の民主主義の広め方を批判するのに一役買っています。だから、ICRCが米国の利益に反するという印象を与えたことは間違いありません。
swissinfo : 米国の保守派はICRCの評判を傷つけようとしているのでしょうか?
アザン氏 : 単にブッシュ政権はイラク戦争やグアンタナモ収容所についての米国民の世論が豹変したときのために準備しているのでしょう。
確かに、益々多くの米国民が「この戦争がはたして良かったのか?」と疑問を持ち始めてきたため、ここ数ヶ月、志願兵で十分な数が集められていません。
さらに、上院や米議会で共和党や米野党民主党の議員がグアンタナモ米軍基地の収容所は世界に対する米国のイメージを壊すとして、閉鎖を求める声が上がっています。クリントン前大統領、カーター元大統領も閉鎖するべきだと主張しています。
更に、ブッシュ政権もアラブ・イスラム世界へ及ぼす影響や問題を認識してきたようです。
(注:グアンタナモ米軍基地の収容所をめぐり、米兵がイスラム教の聖典、コーランを冒涜したと米誌ニューズウイークが6月に報道し、イスラム圏各地で反米デモが広がった)
swissinfo : この論争でICRCはどのように利用されているのでしょうか?
アザン氏:確かに、ICRCだけが監視の役割を果たしています。ブッシュ政権は幾つかのNGOを煙たがっています。例えばアムネスティー・インターナショナル(AI)などグアンタナモ収容所を旧ソ連の強制収容所と比較したりしています。こういった批判をするのにAIはICRCの観察を基にしています。
ブッシュ政権は、収容所で起きた虐待に対しては適切な処置がとられた。今は問題がないと躍起になって主張しています。現状を認めない戦略を取っているのです。
swissinfo : ブッシュ政権は今でもジュネーブ条約(捕虜の状態改善に関する条約)を改革しようとしているのでしょうか?
アザン氏: 確かに、テロに対する戦争という新しい状況をジュネーブ条約にどう当てはめるかという非公式な討論が何度か行われました。
しかし、米国はジュネーブ条約を改革することには興味を持っていません。現行の国際人道法の独自の解釈をする方に力を入れています。
swissinfo: 報告書ではICRCへの分担金の拠出を止めるように勧告していますが、これはICRCにとって現実的な脅威でしょうか?
アザン氏: 懸念はあります。しかし、それは共和党のタカ派グループからきています。ブッシュ政権は欧州とのギクシャクした関係の正常化に力を入れており、ICRCの分担金を減らすことはこの政策に反します。
swissinfo : 米国はICRCが弱体化することが利益になるのですか?
アザン氏: そういうことはないでしょう。米国防省、ペンタゴンの中でも亀裂があるようです。一方で、国防省の文官などはジュネーブ条約に対して批判的です。もう一方、米軍兵士たちはICRCが信頼性があり、強いことが自分達が捕虜になった時の保障になると自覚しています。
swissinfo 聞き手 フレデリック・ビュルナン、屋山明乃(ややまあけの)意訳
– 赤十字国際委員会(International Committee of the Red Cross)は1863年、アンリ・デュナンの提唱によって翌年創立。10条からなる赤十字規約を制定し、1864年にジュネーブ外交会議で調印された。戦地における戦傷病兵の救護およびその救護者の中立性保護を規定し、これに基づき、各国の赤十字社が創立された。
– 国際赤十字(International Red Cross)は赤十字国際委員会、国際赤十字社・赤月者連盟および各国赤十字社の総称を指す。
– ジュネーブ条約(赤十字条約ともいう)には(1)1864年の戦地における戦傷病兵の保護、(2)1929年の捕虜の状態改善に関する条約、(3)1949年の戦時における非戦闘員の保護の3つがある。
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