資源大国インドネシア、環境破壊なしに世界のニッケル需要に応えられるか
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世界最大のニッケル産出量を誇るインドネシアはその豊富な埋蔵量を最大限に活用し、国内産業の育成に投資している。しかしこの成功の裏には汚染と森林破壊というマイナス面もある。世界のニッケル需要が急増するなか、国連は基準作りを推し進める。
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インドネシア政府は2014年1月、ニッケル等の鉱石の輸出を禁止する政令を出した。世界の国々が環境への影響を最小限に抑え、よりクリーンなエネルギー源への転換を迫られるなか、世界最大のニッケル埋蔵量を誇るインドネシアは産業構造を多様化し、経済発展につなげる絶好の機会ととらえた。
ニッケルはステンレス鋼の生産に必須で、電気自動車用のバッテリー製造に不可欠な原材料でもある。
ニッケルは銅、リチウム、コバルト、レアアースと並び、風力タービン、ソーラーパネル、電気自動車、蓄電池システム製造に用いられる。国連によると、ニッケル生産量は2030年までにほぼ3倍に増加する見通しだ。
国連は、発展途上国に多く存在するこれらの天然資源の需要は、途上国に高度人材の雇用を生み経済成長を促進する機会になると述べた。
しかし引き換えに環境が犠牲にされることも多い。鉱物の採掘によって土壌が汚染され、広大な森林が破壊されるのは珍しくない。
国連貿易開発会議(UNCTAD)のレベッカ・グリンスパン事務局長は、昨年11月にアゼルバイジャンで開かれた第29回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP29)で「エネルギー転換は歴史的な好機だ」と宣言した。同氏はまた「重要鉱物が繁栄の触媒となり、誰も取り残されない未来を築く」ことを呼びかけた。
インドネシアがニッケル鉱石の輸出禁止を決めた理由はまさにここにある。原料を売るだけでなく、国内加工産業を発展させようとしたのだ。それまでは、ニッケル鉱石の90%は中国に輸出されていた。輸出禁止後は、外国企業、特にステンレス鋼大手の青山控股集団などの中国大手企業がこの国に資金を投じ始めた。
2020年に輸出禁止が施行されて以降、インドネシアはニッケル市場を独占している。2023年時点で、世界の精製ニッケルのほぼ半分が同国で生産されている。
ジュネーブで昨年4月に開かれたUNCTADの会議で、インドネシア政府のセプティアン・ハリオ・セト鉱物資源担当副大臣は、輸出禁止は国内産業を発展させるための措置の1つに過ぎず、税制や財政面での優遇、投資促進策、事業設立・認可手続きの簡略化なども行っていると述べた。
同氏は「政府は経済の転換に取り組み、高付加価値産業の発展を奨励している」と語った。
インドネシアはまた、大学に教育課程を設け、自国での人材育成や持続可能な経済発展の促進に力を入れている。
インドネシアは今後、国内での電気自動車用バッテリー生産・自動車製造を目指す。2024年夏、西ジャワ州で東南アジア初の電気自動車向けバッテリーセル工場の稼働を開始した。
UNCTAD国際貿易・商品部門で商品部門を率いるクロヴィス・フレイレ氏は、ジュネーブでswissinfo.chの取材に対し「インドネシアの包括的な国家計画は、海外から直接投資を誘致する上で中心的な役割を果たしている」と語った。
電気自動車用バッテリーとクリーンエネルギーの拡大が牽引する世界のニッケル需要
これまでのニッケル需要は主にステンレスのような合金用だったが、2040年には世界需要の60%近くがクリーンエネルギーと電気自動車用バッテリーになる可能性がある
UNCTADによると、インドネシアのニッケルによる付加価値は2021年だけで11億ドル(約1670億円)から208億ドルに跳ね上がった。セト氏によると、ニッケル産業の川下分野から得られる税収も2019年の2億6600万ドルから2022年には13億ドルへと増加した。
「禁輸はルール違反」とWTOに提訴
インドネシアの産業転換や禁輸政策は、必ずしも歓迎されたわけではない。
域内の鉄鋼産業への悪影響を懸念した欧州連合(EU)は、輸出禁止は世界貿易ルールに反するとしてジュネーブの世界貿易機関(WTO)に異議申し立てを行った。WTOは禁輸措置を協定違反と判断し、インドネシアは決定を不服として上訴した。WTOの上級委員会は現在機能しておらず、審理が開かれるめどは立っていない。
UNCTADも、各国は保護主義政策を避けるべきとしている。
環境保護団体からも批判が上がる。国際自然保護連合(IUCN)によれば、インドネシアでのニッケルブームによって森林破壊、環境汚染、沿岸地域やサンゴへの被害が生じ、地域住民が生計手段を失う原因にもなっている。特にスラウェシ島とマルク諸島では、危機的なペースで森林伐採が進んでいる。
IUCNオランダ委員会(IUCN NL)の推計では、7万5000ヘクタール以上の森林が失われた。さらに、インドネシアの50万ヘクタール以上の森林がニッケル採掘権の圏内にあり、森林破壊の危機にさらされている。インドネシアのニッケル鉱床は地表近くにあり、熱帯雨林を切り開けば採掘が可能だ。
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急増するニッケル加工工場も自然生態系にダメージを与えている。AP通信は、マルク諸島のハルマヘラ島では石炭火力発電所と精錬所が絶えず稼働し、ニッケル鉱石をバッテリーや鉄鋼の材料に精製していると報じた。
ニッケル生産が環境汚染を伴うとは限らない。欧州の非営利環境団体Transport and Environmentの2023年調査によると、最もクリーンな工場の温室効果ガス排出量は産業界の平均をはるかに下回る。IUCN NLのマールチェ・ ヒルテルマン氏は、業界をよりクリーンにするため自動車業界に対し、人工衛星を利用してニッケルの採掘地を追跡し、森林伐採地域のニッケルは禁じるなどの対策を講じるよう呼びかける。
公平・公正な鉱業に向けた国連ガイドライン
2024年9月、アントニオ・グテーレス国連事務総長が招集した専門家パネルが、各国政府や産業界、その他ステークホルダー(利害関係者)に向けて、重要鉱物の採掘、加工、利用に関する提言と指導原則をまとめた報告書を発表した。重要鉱物のバリューチェーン全体を環境に優しく、人権を尊重したものにすることが狙いだ。
グテーレス氏は「この報告書は、再生可能エネルギー革命を正義と公平性に根差したものにする方法を明らかにすることで、人々を尊重し、環境を守り、資源が豊富な開発途上国の繁栄を促進するものだ」と述べた。
UNCTADも報告書作成に協力した。UNCTADのフレイレ氏は「ガイドラインの理念は、国連の持続可能な開発目標(SDGs)に沿っている」と語る。
透明性向上を求める声に積極的な反応を見せた国もある。例えば、ニッケル、マンガン、銅、レアアースの産出国であるコロンビアとブラジルだ。エネルギー転換には鉱物のトレーサビリティが必須であり、採掘からリサイクルに至るサプライチェーン全体での追跡可能性を確保する、拘束力のある世界的合意を新たに作るよう呼びかける。
両国は2024年10月にコロンビア・カリで開かれた国連生物多様性条約第16回締約国会議(CBD-COP16)のサイドイベントでこの構想を発表した。2025年11月にブラジル・ベレンで開催予定の第30回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP30)までに、協定案を提出したいという。
ニュースサイト「The Asia Live」によると、インドネシアは環境問題に対処するため、ニッケルの生産と販売を監視するトレーサビリティ・メカニズムを立ち上げた。ニッケル鉱石を生産から販売までくまなく追跡でき、政府は環境規則に違反した企業の出荷を阻止できる。さらにインドネシアは、独立機関による国際ESG(環境、社会、ガバナンス)認証を取得するように企業に奨励している。
編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:宮岡晃洋、校正:宇田薫
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