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NATOがジュネーブに事務所設置 スイスの中立に違反する?

メゾン・ド・ラ・ペの外観
北大西洋条約機構(NATO)のジュネーブ連絡事務所は、国連欧州本部から目と鼻の先にある建物「メゾン・ド・ラ・ペ」に設置される KEYSTONE /Martial Trezzini

北大西洋条約機構(NATO)が今秋開設するジュネーブ連絡事務所は、スイスの中立性や「平和の首都」を標榜するジュネーブの名に傷が付くと懸念されている。NATOはなぜ中立国スイスに事務所を置こうとしているのか?

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ブリュッセルに本部を置くNATOは32カ国が加盟する政治・軍事同盟で、2022年のロシアによるウクライナ侵攻以来、連携を強めている。スイスの複合メディア企業Tamediaは昨年10月、NATOがジュネーブに事務所を開設すると報じた。

報道は後日、公式発表された。NATOとスイス政府は今年7月、ジュネーブにNATO連絡事務所を設置する協定に署名した。だが中立国スイスへのNATO進出は、国内で物議を醸している。以下、論点を整理した。

連絡事務所とは何か?

スイス当局は、NATOがスイスに進出する理由として、NATOが国連欧州本部をはじめとするジュネーブ拠点の組織との交流を緊密化する連絡事務所になると強調している。連絡事務所はNATOとスイス連邦の二国間関係は管轄しないという。

NATOは、いずれも国連本部があるウィーンとニューヨークにも連絡事務所を置く。秋にジュネーブ事務所が稼働すれば、NATOはケニアのナイロビを除く国連の主要拠点すべてに連絡事務所を置くことになる。

ジュネーブ事務所は、平和促進と安全保障の研修事業を手がける国際財団「ジュネーブ安全保障政策センター(GCSP)」に開設する。GCSPは国際機関が集まる地域の中心にある「メゾン・ド・ラ・ペ」に入居している。NATO職員として1人を雇用する予定だ。

なぜジュネーブなのか?

ジュネーブは多国間外交の一大中心地だ。特に軍縮や戦争のルールを定める国際人道法などの分野では、交渉の最前線に立つ。

国連欧州本部のほか、世界保健機関(WHO)や国際電気通信連合(ITU)などのいくつかの国連専門機関もジュネーブに本部を置く。赤十字国際委員会(ICRC)の本部も同様だ。

長年にわたり国連の平和維持活動に協力してきたNATOにとっても、ジュネーブは戦略的に重要な場所だ。NATOはボスニア・ヘルツェゴビナ、アフガニスタン、リビアでの国連の軍事作戦に参加してきた。

180カ国超が政府代表を置くジュネーブに連絡事務所を開設すれば、NATOは国際社会の外交官ほぼ全員に接触できる。ジュネーブを拠点とする750の非政府組織(NGO)とも交流できる。その中には安全保障や地雷除去を活動の軸に据えるNGOも多い。

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なぜ今なのか?

ジュネーブ国際開発高等研究所のデイビッド・シルバン名誉教授はフランス語圏のスイス公共放送(RTS)の番組外部リンクで、ジュネーブ事務所の開設は「NATO再編を指し示すものの一つだ。しかもその名が示す北大西洋に限らず、アフリカやアジアでも再編が始まっている」と説明した。

アジア・アフリカへの拡張は、ロシアと中国の影響力拡大に対抗する狙いがある。近年は日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドなどの非加盟国もNATOの年次首脳会議に出席している。昨年は東京にもNATO連絡事務所を開設する案も浮上したが、その後立ち消えた。

欧州のNATO加盟国は11月の米大統領選で、NATOや米国のウクライナ支援を批判してきたドナルド・トランプ前大統領の再選を警戒している。同氏が在任中、NATO加盟国が十分な軍事費を負担しなければロシアに攻撃を「奨励する」と発言していたことが今年2月外部リンクに明らかになった。トランプ氏が大統領に返り咲いた場合、NATOのジュネーブ事務所に与える影響は未知数だ。

連絡事務所はスイスの中立性に違反するのか?

NATOのジュネーブ事務所開設は国内に論争を巻き起こした。スイスの左派も保守右派も、軍事組織の設立はスイスの中立に反すると主張している。ジュネーブの「平和の首都」としての評判を損なうリスクも指摘する。

一方で連邦内閣(政府)は、安全保障政策問題に関する議論の中心地としてのジュネーブの地位強化につながると反論する。政府と受け入れ機関の関係を定める「受入国法(Host State Act)外部リンク」はNATOを他の政府間組織と同様に扱っているため、ジュネーブ事務所はスイスの中立性と両立するとの説明だ。

中道派や右派は、ジュネーブが世界に対して開かれた地であるという評価に合致すると考えている。NATOの存在が平和・安全保障をめぐる国際協力を強化するとみる。

連邦議会内ではNATO加盟をめぐり賛否が分かれる。市民団体「軍隊なきスイスを目指す会」(GSoA)は、NATO事務所を受け入れた政府の決定は、遠回しにNATO加盟をスイス議会に迫る圧力になると懸念する。

スイスはNATOに接近している?

NATOは2019年にエマニュエル・マクロン仏大統領に「脳死状態」と呼ばれるほど機能停止していたが、ロシアによるウクライナ侵攻で息を吹き返した。ウクライナ戦争勃発後、フィンランドやスウェーデンなどの非同盟国や中立国がNATOへの加盟を決めた。

スイスでもNATOとの関係が見直されることになった。スイスは加盟国ではないが、1996年以来NATOと第三国の間で結ばれる「平和のためのパートナーシップ」に参加している。その一環で、国連決議に基づきNATOが設置した国際平和維持軍「コソボ治安維持部隊(KFOR)」に、スイス軍「スイスコイ(SWISSCOY)」も派遣されている。

スイスのヴィオラ・アムヘルト国防相は昨年、同盟国とのより緊密な連携を支持し、スイスの安全保障政策の将来像を提案する有識者会合を設置した。

8月末に発表された報告書は、NATOや欧州連合(EU)との協力を深め、中立政策をより柔軟に適用することを提唱した。2030年までに軍事予算を国内総生産(GDP)の1%に増やすことも勧告している。保守右派の国民党(SVP/UDC)は「スイスの中立の終焉」を意味するとして、報告書を激しく批判した。左派陣営も、攻撃を受けるリスクが低いとされるスイスが防衛費に巨額を投じるのは「大きな間違い」だと指摘する。

編集:Virginie Mangin/ts、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫

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