スイスの視点を10言語で

「ティチーノ・ヤシ」、その特殊な生態が仇に

ティチーノ州アスコーナに並立するシュロ。シュロが映り込んだ風景は、たびたびティチーノ州の絵葉書のモチーフとなった
ティチーノ州アスコーナに並立するシュロ。シュロが映り込んだ風景は、たびたびティチーノ州の絵葉書のモチーフとなった WSL, Gottardo Pestalozzi

「ティチーノ・ヤシ」の愛称で親しまれるシュロ(Trachycarpus fortunei)は長年、イタリア語圏のスイス南部ティチーノ州に南国情緒をもたらしてきた。だがシュロは生態系や環境への悪影響が懸念される侵略的外来種だ。散布を阻止するため、スイス当局はシュロの販売を禁止した。当初は雌株の植物のみを対象とした措置だったが、雄株の特性から、シュロの販売は今や全面的に禁止されている。

スイス連邦議会で2024年3月1日、自然環境における分布に関する条例(ODE)が可決され、同年9月1日に施行された。ODEは、スイスの固有動植物を危険にさらす 31 種類の外来植物の販売、輸入、さらには譲渡を禁じている外部リンク

対象は、これまで園芸センターの顧客に人気が高かったブッドレアやバクチノキなどの植物だ。禁止令はさらに、スイスの外来植物の中で「カリスマ的な」人気を誇るシュロにも及んだ。

侵略的外来種の王者

シュロに関する修士論文を執筆したアントワーヌ・ジュソン氏は「シュロにはティチーノ州に由来するものは一切ない」と断言する。仏語圏のスイス公共放送(RTS)の番組で同氏は、「ティチーノ・ヤシ」の実名はシュロで、原産地は中国だと指摘した。19 世紀末よりブルジョワの広大な敷地内に見られたシュロは、アルプスの南に位置するティチーノ州に見事に適応し、州を象徴する植物になった。

「シュロの散布が実際に始まったのは1970年代半ばだ」とジュソン氏は説明する。「これまでの調査によると、気温の上昇が散布に関連したと推察される」

シュロは「侵略的外来種の王者」と称するにふさわしい。細くて比較的まばらにしか張らない根は場所を取らず、下草に簡単に定着する。15メートルにも及ぶ樹高は、一部の群落では他種の樹高を遥かに凌ぎ、優占種となる。また冬でも葉を落とさず、落葉樹よりも競争上の利点がある。耐寒性が高く、摂氏マイナス 18 度までの気温に耐えるため、寒さも分散を阻止できない。

植物
▲ 冬に落葉樹林が葉を落とすと、常緑樹のシュロは好ましい光環境下に置かれる WSL, Boris Pezzatti

食料や住居を奪うシュロの存在は、その他の動植物にとっては脅威だ。またシュロは燃えやすく、森林火災が多発する地球温暖化の時代には危険な存在だ。

こうした欠点を挙げて、スイス連邦森林・雪氷・景観研究所(WSL)はシュロの「美しさの裏に潜む不都合な真実」を指摘した外部リンク

根強い人気を誇る植物

一方、ティチーノ州ではシュロに軍配があがる。レマン湖やチューリヒ湖の湖畔など一部の地域ではシュロが既に定着している。州当局の今後の目標は北アルプスへの拡大を防ぐことだ。

だがシュロには味方も多い。2023年に実施されたアンケート調査によると、回答者の約60%がシュロに対して好印象を抱いていた。

人気の高いシュロは、園芸店でもよく売れる。旨みのあるビジネスを手放したくないガーデニング・家庭菜園市場は、販売禁止の対象を雌株だけにするよう働きかけた。 この提案は、ODE 改正に関する協議の段階で提起され、チューリヒ州でも支持された。

理論上では、この対策は実に理にかなっている。各雌株が自然界に年間最大10万個の種子を拡散するため、雌株の流通を禁止すれば、シュロの繁殖を阻止できる公算は大きい。

進化するシュロの性別

だが、ジュソン氏やジュネーブ植物園の研究者は、シュロの雄植物の生殖には必ずしも雌植物が必要ではないことを実証した。

ジュソン氏は「一般的にシュロには雄株と雌株があるが、15〜20%の個体が性転換する」と解説する。「栄養生長期には雄株だったシュロが、生殖成長期には結実する力を持つ。その他のヤシ科植物では既に明らかになっていた特性だが、シュロに関してはこれまで研究が行われていなかった」

ジュネーブ植物園の学芸員ヤママ・ナシリ氏は、シュロは「雄花と雌花が同一個体上に生じる雌雄同株と、雌雄異株の中間にあたる進化段階にあるのではないか」と推察した。「この進化は植物の侵入現象を語る上で疎かにできない。すなわち、雄株が一個体で侵入するだけで新しい環境に定着できる」

かくして、シュロの散布に関する議論は実を結んだ。スイスの園芸店の棚からはシュロが一掃され、自宅の庭にエキゾチックな風情を取り入れたかった人々は大いに落胆した。

仏語からの翻訳:横田巴都未、校正:宇田薫

おすすめの記事

最も読まれた記事
在外スイス人

世界の読者と意見交換

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部