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猫が生態系を壊す? スイスで議論される「犯罪」対策

黒猫
Susan Misicka

スイスでは猫が年間何百万もの鳥、カエルなどの動物の生命を奪っている。だが、スイスの政治家はこうした猫の「犯罪」への対策を講じるのには消極的だ。チップ装着義務や「猫税」の導入は解決策となるのか?

ネズミ、コウモリ、鳥、ハタネズミ、トカゲ――これらは長年にわたって、飼い猫サムの手で筆者とその妻に献上され、対処を余儀なくされた贈り物の一部だ。スイスに生息する鳥類の3分の1が絶滅の危機に瀕しており、この割合はその他多くの国よりも高い。環境活動家らは、猫の個体数を制限し、生物多様性にもたらす脅威を軽減する対策を講じるよう求めている。

スイスには人口約900万人に対して、約200万匹の猫が生息している。スイスの動物愛護団体「Tier im Recht(権利ある動物)外部リンク」によると、そのうち推定 1割 は野良猫で野生動物に該当する。残り9割は何百万人もの生活に寄り添う飼い猫だが、大半は外出する習慣がある。日刊紙NZZによると外部リンク、これらの猫は毎年約3000万羽の鳥類と50万匹の爬虫類と両生類の生命を奪っている。

猫が野生動物に及ぼす影響を懸念し、スイス気候保護連盟がイニシアチブ(国民発議)の提起に向けて、提案を募り始めた。直近の会議では、気候変動よりも生物多様性を重視し、猫の輸入と繁殖を10年間停止する提案がなされた。

スイスの環境保護団体プロ・ナトゥーラも、この繊細な問題に取り組んでいる。ウルス・ロイガー・エギマン代表は「猫に音の出る首輪をつける、鳥類の主な繁殖期に当たる数週間は、猫を完全に室内飼いにするなど対策はあるものの、実現は難しいでしょう。あるいは、外飼い猫の狩猟本能を抑えるために計画的に不妊手術を施すのも一手です」とNZZに語った。

筆者の経験では、我が家の黒猫の首輪に鈴をつけても、もともと優秀だった狩猟能力に磨きがかかり、恐るべき忍者に変身しただけだった。そして、自宅軟禁は誰にとっても不幸なことだろう。だが、ドイツの都市ヴァルドルフはこの措置に踏み切った。

ヴァルドルフでは、4月初旬から8月末まで、猫をリードなしで屋外に出すのを禁じている。地面に営巣する習性があり絶滅の危機に晒されているカンムリヒバリを保護する名目で、2023~25年の時限措置。飼い猫が屋外で捕獲された場合、猫の飼い主には500ユーロ(約8万1000円)、更にカンムリヒバリが負傷または死亡した場合は最高5万ユーロの罰金外部リンクが科せられる。

しかし当初の予想どおり、猫自身は言うまでもなく、ヴァルドルフの猫の飼い主の多くもこの措置に動じていない。住民のひとりは昨年、ドイツの日刊紙ビルトの取材に「愛猫のチャイコフスキーは農場から引き取りました。もし家に閉じ込めたら、気が狂ってしまいます」と語った外部リンク。「どのみち、彼は狩りをするには怠け者ですから」

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一匹の立派な猫が、競技会の目的で専門家によって検査されている。

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ペットの飼育

このコンテンツが公開されたのは、 スイスの家庭で最もよく飼われているのは猫で、140万匹がスイスのペット界を牛耳っている。猫を飼うのに特別な制限や規制はない。猫の飼い主にはペットの税金を払う義務はない。

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猫は自由に歩き回る

欧州連合(EU)では約 44% の世帯がペットを飼育している。非 EU 圏のスイスでも同程度と推定される。EU当局は「猫を含む自由な移動の権利を強力に擁護する」と宣言し、猫を屋内に閉じ込める、ひもにつなぐなどの行為を強制する動きを「断固として」非難した。

米国では猫の飼い主の70%(1990年代後半の35%から増加)が、コヨーテや自動車への恐れからペットを室内で飼育しているのに対し、英国ではその他欧州諸国と同様に、飼い主の約70%が猫を外飼いにしている。英紙ガーディアンによると、「脅威となる捕食者がほとんど存在しないため、大自然とのふれあいは猫の福祉にとっては良好だと見なされている。英国の動物保護団体キャッツ・プロテクション(Cats Protection)やバタシー・ドッグズ&キャッツ・ホーム(Battersea Dogs & Cats Home)も同様の見解を示している」。

黒猫
飼い猫であっても、狩猟本能は衰えない Susan Misicka

プロ・ナトゥーラのロイガー・エギマン氏は、猫は生物多様性にとって最大の脅威ではないと指摘する。「気候変動、人口密集地域の拡大、集中的な農地利用の方がはるかに重大な問題だ」

殺害予告

スイスでは猫の個体数を減らす方法も検討されている。

アールガウ州では緑の党(GPS/Les Verts)のトーマス・バウマン氏が、犬と同様に猫もマイクロチップの装着と居住する自治体への登録を義務付けることを提案している。日刊紙アールガウアー・ツァイトゥングが3月に報じたところによると、同氏はチップ装着の費用(約100フラン)が、猫の「衝動買い」を抑止すると期待している。

有機農家も営むバウマン氏は、「飼育に飽きた飼い主は、責任を問われることなくいつでも猫を遺棄できる」と指摘する。縄張りをめぐる猫同士の争いや、生物多様性の保護強化を求める活動家の要求など、野良猫を巡る問題の深刻化は続き、「政治家に対処を求める声が高まっている」。(訳注:英語原文配信後の2024年12月13日、連邦政府が猫のチップ装着義務化を検討していると報じられた

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スイスの「生物多様性イニシアチブ」は行きすぎ?それとも必要?

このコンテンツが公開されたのは、 9月22日のスイス国民投票で、生物多様性の保護を憲法に明記するイニシアチブ(国民発議)の是非が問われる。自然保護団体が出した提案だが、政府や議会など各方面が反対している。

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ベルン市では、急進民主党(FDP/PLR)のトーマス・ホフシュテッター氏が外飼い猫に科す税の導入を提案した。同氏は「課税が最も効果的な解決策だろう」とNZZに語る。「猫を飼育するハードルを上げ、汚染者負担原則(PPP)に則って、税収を生物多様性の保護に充てることができる」

だがこうした強硬策には大きな反対論も出ている。2013年、米国で年間何羽の鳥が猫の犠牲になっているか科学的調査外部リンクしたところ、猫に命を奪われた個体数は40億羽にものぼり、大半は野良猫の仕業だった。米国人鳥類学者のノア・ストリッカーさんはナショナル・ジオグラフィック外部リンクへの寄稿で「メディアは愛猫家と愛鳥家、動物保護の活動家と環境活動家、そしてペットの飼い主と学者を対立させてきた。研究者の一人は『ネコ・かわいい殺し屋―生態系への影響を科学する』という本を執筆したが、事態の改善に貢献するどころか、殺害予告を受けた」と記した。

猫の絶大な人気が妨げとなる

誰もが知るとおり、猫は獲物を殺す捕食者で、特定の野生動物にとっては脅威だ。だが、スイスの政治家たちはおそらく、国内世帯の過半数がペットを飼育している状況下で、猫嫌いだと見なされるのを恐れて、注意喚起に二の足を踏んでいる。

一方、ベルン市の生物多様性ハンドブックには、「猫を飼わないでください」というアドバイスが明記されている。NZZによると、ベルン市はトーマス・ホフシュテッター氏の発案に対し、猫にリードの着用を義務付けることや外飼いの禁止は効果的だと認める一方、拘束力のある要請はしたくないと回答した。猫は「人間の伴侶」であり、強制措置が「社会的に許容される」とは「想像し難い」ためだとした。

「誰も火中の栗を拾おうとしないのは素晴らしいことだ。猫はそれだけ愛されているのです」

編集:Samuel Jaberg/ds、仏語からの翻訳:横田巴都未、校正:ムートゥ朋子

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