スイスの視点を10言語で

「戦闘地域」とは? スイスのウクライナ難民制限に根強い批判

破壊されたガラス戸
2024年12月20日、ロシア軍がウクライナ首都キーウに向けてミサイル攻撃を展開。被弾したエリアでは火災が発生した 2024 Anadolu

スイス議会が昨年末、ウクライナ難民の入国を制限する案を可決した。難民を選り分けるその手法について、関係者からは批判の声が上がる。

スイス国民議会(下院)は昨年12月2日、ウクライナ難民に発行する特別在留資格「S許可証」について、適用対象を大幅に制限する動議を可決した外部リンク。これまではウクライナ全域に住んでいた人が対象だったが、今後はロシア軍に占領された地域や攻撃を受けている地域からの難民に限定する。非戦闘地域からの避難民には発行されない。

S許可証はもともと1990年半ば、ユーゴスラビア紛争の避難民を迅速に受け入れるため連邦政府が導入した制度だが、適用されたのは今回のウクライナ難民が初めてだ。S許可証は通常の難民許可手続きを経ずに一時的な居住が認められ、就労が可能になるほか社会福祉が受けられる。

2022年3月以降、S許可証の発行を受けたウクライナ難民は10万人に上り、そのうち約6万8000人が今もスイスに留まる。

S許可証の発行を受けているのは今のところウクライナ難民だけだ。その他地域からの難民や移民は、審査が厳しく承認までの期間が長いF許可証を申請しなければならない。

難民資格制限案は、全州議会(上院)のエスター・フリードリ議員(国民党=SVP/UDC)が提出した動議外部リンクだ。採決に先立ち、議会やNGOの間では多くの議論が交わされた。政府は、動議に反対の立場を取っていた。

しかしこの「新規則」には多くの疑問が残る。例えば、大多数の都市が定期的に砲撃を受けているウクライナで、何をもって「戦闘地域」と定義するのか。また、スイスは同じ国からの難民を区別することが法的に可能なのか。施行する際の細則について、政府と移民当局の間で検討が進められている。

異なる見解

ウクライナ難民へのS資格発行をめぐっては、一部のジャーナリストや政治家が、ウクライナの一部地域は安全であり、すべての難民申請を同等に扱うべきではないと訴えていた。

ヌーシャテル大学のセスラ・アマレル教授(公共法・移民法)は、「S資格の権利の内容は軋轢を生む源だ」と言う。「S資格は非常に混在的であり、ある意味では特定の目的を狙った優遇制度と化している面もある。そこがF資格など他の庇護資格が提供する権利と矛盾する」

ロシアのミサイル攻撃を受けたキーウ市内
ロシアのミサイル攻撃を受けたキーウ市内 Serhii Chuzavkov / Ukrinform / Nurphoto

動議の採決では、右派と中道右派の政党と中央党(Die Mitte/Le Centre)の一部議員が賛成票を投じた。

中道右派・急進民主党(FDP/PLR)のペーター・シリガー議員は議会で「スイスには真の難民を受け入れる余地が必要だ。そのため、ウクライナから来る人々には、S資格に基づく選別を行いたい。リヴィウに住んでいる人たちは、東部地域の人たちほどの戦禍を被っていない」と主張した。

ポーランド国境に近いリヴィウは、直接ロシアの攻撃にさらされているわけではないが、砲撃の被害には遭っている。

swissinfo.chはシリンガー氏に取材を申し込んだが、返答は得られなかった。

「既にSを持っている人は変更なし」

議会が可決した新規則によると、現在ウクライナの支配下にあり、戦闘が起きていない地域に住む人は今後、S許可証が発行されない。

新規則はまた、現地語を学ぶなどの統合措置を義務化し、失業中のウクライナ難民を労働力に押し上げる。従わない場合は、社会扶助カットなどの制裁を受ける可能性がある。

連邦移民事務局(SEM)はswissinfo.chの取材に対し「現時点では、スイスで一時保護を申請しているウクライナ人や、すでにS資格を付与されているウクライナ人への変更はない」と電子メールで回答した。

左派・社会民主党のニーナ・シュレフリ氏
左派・社会民主党のニーナ・シュレフリ氏 Keystone / Alessandro Della Valle

「スイスのコミットメントに反する」

この新規則は、スイスの国家安全保障や人道上の義務との兼ね合いで問題視されている。スイス内外で議論が巻き起こり、特に欧州全体の移民政策とどう折り合いをつけるのかに焦点が集まった。

動議に反対票を投じた左派・社会民主党(SP/PS)のニーナ・シュレフリ氏は、「すべての難民がスイスで庇護されるよう望む」と訴えた。

「一部の人々の保護を拒否するという決定は、ウクライナの平和に対するスイスのコミットメントに反する。中立国であるスイスが戦争状態にある国に対してできる支援は限られている。だからこそ、支援が可能な分野で最大限手を差し伸べるべきだ」

連邦移民事務局(SEM)によると、2024年の難民申請数は2万5884件で、2023年の2万7980件から減少した。国籍別(11月単月)にみると、アフガニスタン、トルコ、アルジェリア、モロッコが多い。

SEMは2859件の申請に対して決定を下し、4分の1強を承認した。

「安全な地域」とは?

新規則に関する主な疑問は、戦争状態の国において、何をもって戦闘地域と定義するのかという点だ。そして、S資格を取得できないウクライナ難民の権利と保護に、どのような影響が出るのか。

「連邦内閣(政府)が、どの地域が安全であるかを決めなければならない。しかしそれは困難な作業になるだろう」とヌーシャテル大のアマレル氏は話す。 スイスの戦争ジャーナリスト、クルト・ペルダ氏は独語圏の地域紙アールガウアー・ツァイトゥング紙への寄稿で、今回の難民制限案は、これまで慎重なアプローチを取り続けてきたスイスの移民政策の延長線上にあると位置付けた。一方、独語圏日刊紙NZZの記者ダニエル・ゲルニー氏は、現在進行形のウクライナ戦争への対応としては問題があると論じる。

ベアト・ヤンス司法相は12月2日、議会で「S資格の失効や地域の分化は欧州の連帯を損なう」と発言した。 ロンドンのレガタム研究所の元グローバル政策エンゲージメント・オフィサーで、米ジャーマン・マーシャル・ファンド(GMF)元研究員のモニカ・ビッカウスカイテ・アレリウネ氏は、スイスの新規則は「ウクライナ全体がロシアの戦争に苦しむなかで、厄介な存在だ」と話す。

モニカ・ビッカウスカイテ・アレリウネ氏
ロンドンのレガタム研究所の元グローバル政策エンゲージメント・オフィサーで、米ジャーマン・マーシャル・ファンド(GMF)元研究員のモニカ・ビッカウスカイテ・アレリウネ氏 本人提供

「ロシアは今年、ウクライナのエネルギーインフラに12回も大規模な攻撃を行った。 多くの東欧諸国は、受け入れ能力が限られているにもかかわらず、スイスの2倍の難民を受け入れ、重い負担を強いられている」

国連の統計によれば、ポーランドは100万人近い難民を受け入れている。

ビッカウスカイテ・アレリウネ氏は、スイスは第二次世界大戦時も「その中立性と入国制限政策が、ナチスの迫害から逃れてきたユダヤ人に壊滅的な打撃を与えた」と話す。「今日、スイスには別の道を歩むチャンスがある」

「実態を直接見てほしい」

「スイスの手法は確かに差別的だ」と、キーウ在住のウクライナ人弁護士ドミトロ・ニュキフォロフ氏はswissinfo.chに語った。その一例として、インタビューが行われた12月20日当日にキーウで起きた爆弾テロを挙げた。一人の男性が亡くなった件に言及した。この事件では男性1人が死亡、計12人が負傷し、うち6人が入院。住宅、オフィスビル、ホテル、暖房用パイプラインも損壊し、630棟のビル、医療施設、学校で暖房が使用不能となった。

ダヴィド・サクヴァレリゼ氏
本人提供

キーウはウクライナ政府の支配下にあるが、ロシアによる空爆は続く。このためキーウ出身の人々は、引き続きS許可証を取得できる。しかし、この記事(英語原文)の配信時点では、キーウはウクライナ当局の公式な紛争地域・占領地リストには含まれていなかった。在スイス・ウクライナ大使にコメントを求めたが、返答はなかった。

ミサイルの残骸
2022年、ロシア軍がキーウに向けて発射したミサイルの残骸 Dmytro Nykyforov

ニュキフォロフ氏は2023年1月、自国の惨禍を広く知らせるため、ウクライナの軍事観光プロジェクト「War Tours」を立ち上げた。「新規則を可決したスイスの連邦議会議員全員をハリコフ(ウクライナ第2の都市)に招待し、現行の戦闘地域で人々がどう暮らしているかを見てもらいたい。キーウの視察ツアーにも参加してもらい、違いを感じてほしい。大都市の生活が国外の人が考えるほど本当に平和なのかどうかを理解してもらいたい」

ウクライナ人政治家で元検察官・弁護士のダヴィド・サクヴァレリゼ氏はキーウ在住で、スイスの政治家にこう呼びかける。「今日、ロシアの空爆を受けた場所はキーウの中心部だった。スイスの政治家たちは私のアパートに泊まって、実態をぜひその目で見てほしい」

編集:Virginie Mangin/ts、英語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子Edited by Virginie Mangin/ts

人気の記事

世界の読者と意見交換

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部