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スイスに浸透するロシアのプロパガンダ 対抗策はあるか

プロパガンダのイメージイラスト
スイスに虚偽情報を発信するロシアのイメージ イラスト:Kai Reusser / SWI swissinfo.ch

スイスでは2024年初め以降、ロシア政府によるフェイクニュースやプロパガンダが爆発的に増加している。スイスが中立国であることなどお構いなしだ。はたして有効な対抗策はあるのだろうか。

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スイスはいつから、なぜ標的になったのか

データを見ると、ロシアによるスイス国内やスイス関連のプロパガンダはウクライナ侵攻が始まった2022年初めと比べ大幅に増えている。

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ロシアは、スイスがウクライナに人道支援を提供し、難民を受け入れたことを公式に非難した。さらに、もはや中立国ではないとスイスを責め立て、2024年6月のウクライナ平和サミットをロシア抜きで開いたことも批判した。スイス政府によると、同サミットの開催前にスイスに対するサイバー攻撃や外国の虚偽情報工作が急増した。

ドイツ語圏の大手紙NZZの調査によれば、ロシア国営メディアRT(旧ロシア・トゥデイ)は同年初め以降、スイス関連の報道を従来の10倍に増やしている。

RTドイツ語版サイトは「スイス」関連ページを新設し、「スイスが『軍事シェンゲン』に参加―中立の終焉か」「スイスの二重基準―『悪徳ロシア人』を時計の買い手として歓迎」といった見出しのニュースを配信してきた。

有志が運営する親ウクライナ派の独立ウェブサイト、インサイトニュース外部リンクは、米企業シミラーウェブのデータを使ってRT公式サイトのアクセス状況を分析。2024年5月まで1年間のスイスからの閲覧数が英語版で1000万回近く、ドイツ語版で270万回、フランス語版で65万6000回に上ったと指摘した。

イルヤ・ヤブロコフ
英シェフィールド大学のイルヤ・ヤブロコフ講師 本人提供

英シェフィールド大学のイルヤ・ヤブロコフ講師(デジタルジャーナリズム、虚偽情報)は「特に虚偽情報について、RTは最も顕著な実例だ」と語る。

ヤブロコフ氏によると、RTは虚報や陰謀論だけでなく、スポーツや政治、文化といった一般的なニュースを通じて西側民主主義国の情報空間に浸透する戦略を採ることで、独自の立ち位置を確立した。

こうしたプロパガンダの狙いは、スイスの伝統的な中立政策への信頼を損ねることや、国際紛争の仲介者としての信用を否定すること、ロシアの立場に有利な世論を形成することにある。

プロパガンダの手口

ロシアのプロパガンダや虚偽情報は、さまざまなルートでスイスに入り込む。たとえば、インターネット上のプラットフォームがそうだ。YouTubeやTikTok、Xを使うことや、実在のウェブサイトになりすました偽サイト、通称「ドッペルゲンガー」を仕立てることもある。メッセージアプリ「Telegram」も発信源になっている。

ワシリー・ガトフ
南カリフォルニア大学(USC)コミュニケーション・リーダーシップ・政策センターのワシリー・ガトフ氏 本人提供

米ロサンゼルスにある南カリフォルニア大学(USC)コミュニケーション・リーダーシップ・政策センターのワシリー・ガトフ氏(メディア分析・研究)は「以前はチェーンメールが使われたが、この手法は実効性を失いつつあるようだ」と説明する。

ほかにも、ロシアは「トロールファーム(荒らし屋の農場)」と呼ばれる組織を国内外に設立する。トロールファームは人を雇って数百万件の挑発的・攻撃的な投稿をさせ、インターネット上に虚偽情報やプロパガンダを広める。そうして対立を引き起こしたり、世論に影響を及ぼしたりするわけだ。

ハッキングもロシアの常套手段だ。親ロシア派ハッカー集団「ノーネーム(NoName)05716」は2025年1月下旬、ジュネーブ市やヴヴェイ市、ヴォー州立銀行の公式ウェブサイトなど、スイスの複数のサイトにサイバー攻撃を仕掛けた。大量のリクエストでサーバーに過負荷をかける手口で、データ漏洩はなかったものの、ポータルサイトに接続できなくなった。同様の攻撃は前日にも実施され、ヴォーとチューリヒの銀行が標的になったと伝えられている。

ロシアはなぜプロパガンダを必要とするのか

ソビエト連邦では冷戦期、共産党がプロパガンダ機構を設立し、国家保安委員会(KGB、秘密警察)や軍と連携させた。この機構は今のロシアでも円滑に稼働し、国内外の言説を作り変えるという任務を継続している。多くの場合、ロシアのプロパガンダの目的は西側の民主主義を揺さぶることにあり、協力関係にある中国やイランと歩調を合わせることも多い。

こうした工作の必要性はどこから生じるのだろうか。ガトフ氏によると、ロシアが目指すのは「潜在的な敵を絶えず弱体化させ、政治・軍事アクターらの間に恐怖や疑念を植え付けたり、分析者らを混乱させたりする」ことだ。そのために、1991年のソ連崩壊後も軍がプロパガンダの拡散を担っている。

ロシアはウクライナ侵攻を始めて以降、同国のウォロディミル・ゼレンスキー大統領をめぐる嘘を広めることに重点を置き、虚偽情報工作を行ってきた。

ゼレンスキー氏は西側諸国からの援助を着服し、私腹を肥やしているらしい――そう印象づけることでウクライナへの国際社会の支持を弱め、支援を抑制することがロシアの第一目標だ。

モスクワ近郊のコンサート会場「クロッカス・シティー・ホール」が襲撃された2024年3月のテロ事件後にも、組織的な虚偽情報工作が行われた。ロシア連邦捜査委員会は当初、死者数を60人余りと報告したが、のちに少なくとも145人の死亡が確認された。この事件では過激派組織イスラム国ホラサン州(IS-K)が犯行声明を出した。しかし、ロシアのテレビ局NTVは襲撃を非難する各国首脳らを尻目にフェイク動画を放映した。動画の内容は、ウクライナ国家安全保障・国防会議のオレクシー・ダニロフ書記が自国政府の関与を認めたというものだった。

ニューズガードのシーン・ラベ氏
ニューズガードのシーン・ラベ氏 本人提供

虚偽情報対策を提供する米企業ニューズガードの編集長兼副社長を務め、スイスを拠点とするシーン・ラベ氏は「ロシア、イラン、中国の国営メディアはすべて、西側が襲撃を引き起こしたとする虚偽の主張を展開した」と指摘する。

スイスで観測されているフェイクニュース

ニューズガードによると、ゼレンスキー一家が西側諸国の援助を不正使用し、豪華な別荘やリゾート、宝飾品を購入しているとの発想を助長する虚言が、世界全体で少なくとも10件見つかっている。

こうした言説の多くは猛スピードでSNS上に広まり、短期間に数十万人から数百万人もの利用者に共有された。

ラベ氏は「一つ一つの虚言が、次の虚言を信じやすくする働きをした。それがゆっくりと、しかし着実に(ロシア側の)言説を広め、ウクライナへの国際的支援の弱体化を助長した」と解説する。

同氏によると、ゼレンスキー一家はイタリアのトスカーナ地方にある有名歌手スティングのワイナリーや、ナチスのヨーゼフ・ゲッベルス国民啓蒙宣伝相が所有していたドイツの別荘、アルプス山脈のフランス領にある高級スキーリゾートなどを買ったとして批判されている。。

ロシアはまた、自国がイデオロギー戦争のさなかにあるとの言説を広め、西側諸国のほか、自らが西側の価値観とみなす事物を敵と位置付けている。

ガトフ氏によれば、一貫して観測できる言説は2種類ある。「西側諸国の普通の家庭はLGBT(性的少数者)活動家やウォーク(社会正義意識に目覚めること)思想からの避難先をロシアに求めている。ウクライナとの戦争では、ロシアにおいて、ロシアによって伝統的価値観が守られている」というものと、「欧州は米国の傀儡かいらいであり、米政府が糸を引いている」というものだ。

スイスでの典型的な事例として、元俳優イリス・アシェンブレナー氏がTikTokに開設したチャンネルが挙げられる。同氏は2022年にウクライナ侵攻が始まった当時、RTドイツ語版で働いていた。投稿では、ゼレンスキー氏の妻、オレナ・ゼレンスカ氏のバイクだと言いながら無関係の女性ライダーの動画を流したり、ゼレンスカ氏が高級車ブガッティを買ったとして非難したりしている。

スイス右派に根を張るプーチン氏への共感

ラベ氏は「虚偽情報工作が世論や政情に及ぼす実際の影響を測ることは、非常に難しい。しかし、信頼の侵食というかたちで、より広範な影響が生じる。そして多くの場合、虚偽情報の最終目標はここにある。真実と虚構の境界線を曖昧にして疑念の種をまき、少しずつ信頼を崩そうという計略だ」と語る。

ウクライナ侵攻が始まって以降、ロシアの言説は欧米の右派・保守派内に根を張ってきた。ドイツでは2023年、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」がロシアとつながっている外部リンクことや、ロシアによる2014年のクリミア半島併合を支持している外部リンクことを、さまざまな報道機関が伝えた。

ヤブロコフ氏は「オーストリアやドイツのように急進右翼が主流派に入るのは、一致団結してロシアに対抗するのではなく、思想面でロシアの立場を支持する動きだ。政治がこれを許せば、それだけでロシア外交の勝利となる」と語る。

では、スイスはどうだろうか。2023年秋、活動家のニコラ・リモルディ氏が「ロシア・スイス友好協会(VRSF)」を設立。イベントなどを通じてロシアのイメージアップを図っている。協会幹部には議会最大勢力の右派・国民党(SVP/UDC)の有力議員も名を連ね、大衆紙ブリックに「いずれ我々はロシアと仲良くしなければならない」と語った。

スイスのメディアグループTamediaと無料紙20min.がウクライナ侵攻開始直後に行った調査外部リンクでは、「戦争は非難するがプーチン氏の動機は理解できる」と答えた人が国民党支持者の40%に達し、他党の平均である20%を上回った。

対抗策はあるのか

専門家らによれば、虚偽情報の広がりを防ぐうえで特に有効な方法は、そもそも爆発的な拡散をさせないことと、虚偽を見抜く方法を周知することだ。

レベ氏はこれに加え、新聞・テレビなどオールドメディアと政府が極めて重要な役割を担うと指摘。さらに、SNSなどのコンテンツ推奨アルゴリズムが大きな影響力を持つことに注意を促している。

ヤブロコフ氏は、虚偽情報の作成にかかる費用を高くすることが最善の対策だと強調する。しかし実際は、大規模言語モデル(LLM)やSNS、ボット(自動投稿プログラム)はほぼ無料で提供されているのが現状だ。

同氏はSNSがコンテンツ・モデレーション(投稿監視・管理)を縮小する流れにも言及し、虚偽情報を生み出すコストがさらに低下すると批判している。

米メタのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)は1月7日、同社が運営し、それぞれ億単位の利用者を抱えるフェイスブック、インスタグラム、スレッズについて、投稿内容のファクトチェックを停止すると発表した。また、Xは米実業家イーロン・マスク氏による2022年の買収後、ファクトチェックを縮小している。

ニコラス・ツォン
スイス・デジタル・イニシアチブのニコラス・ツォン氏 SDI

ジュネーブの非営利財団スイス・デジタル・イニシアチブ外部リンクのマネージング・ディレクター、ニコラス・ツォン氏は「フェイクニュースやプロパガンダに対して実行できる最善の防御策は、教育とメディアリテラシーに力を入れることだ」と語る。

同氏は「全国民が自ら情報分析能力を身につける必要がある。情報源を批判的に評価することや、情報が虚偽である可能性があるときに、それを理解できるだけの識別能力を持つこと、確認のため複数の情報源を探すことが求められる」と呼びかけている。

編集:Virginie Mangin/dos、英語からの翻訳:高取芳彦、校正:ムートゥ朋子

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