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スイスはどれくらい中立なのか?

スイスはウクライナでの戦争を機に、中立について苦しい説明を続ける。中立は長い間、平和と豊かさの秘訣とされてきたが、今や世界からご都合主義的で時代遅れと見なされている。

ウクライナでの戦争をきっかけに、スイスの中立について議論が再燃している。スイスが対ロシア制裁に参加したことで、国際社会では「スイスは中立を放棄した」との見方が強まった。

しかし、オーストリア出身の国際法学者によれば、中立国が純粋な経済制裁を科すことに国際法上の問題はない。特定の武力紛争について具体的な立場を示すものではないからだ。

だがスイス国内ではウクライナでの戦争の過程で、中立の定義や範囲について議論が勃発した。議論では主に2つの陣営が対立している。1つはスイス国民党を中心とする保守派で、厳格な中立政策を支持。中立に関する包括的な規定を憲法に加えようと、国民発議(イニシアチブ)を計画している。

もう1つは、連邦閣僚の過半数を含むリベラルな陣営。積極的な中立政策を推進している。

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こうした流れの中で、イグナツィオ・カシス連邦大統領が口にした新語は驚きを与えた。同氏は5月末の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、スイスは「協調的中立」を追求すると語ったのだ。ロシアがウクライナに侵攻した当初、連邦内閣は「あのような戦争に対してスイスは中立でいられるのか?」という問いに直面したが、同氏はこの発言をもってそれに答えたのだ。

しかし、2022年10月の報告書では、従来の中立性の解釈を貫くと明言した。

スイス連邦内閣 中立政策に関する報告書(2022年)

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スイスはとうに「従来の中立国」ではない

スイスは長年、他の多くの中立国と同様に従来の中立政策から離れ、国連などの国際機関と歩調を合わせてきた。2002年の国連加盟以降、スイスは国連の制裁に従う義務を負っている。

スイスの考えでは、中立法は国連の軍事行動には適用されない。安全保障理事会は「世界平和の回復」を目的としているからだ。一方、オーストリア出身でインスブルック大学のペーター・ヒルポルド教授(国際法)は「本来の意味での中立国であれば国連加盟はほぼ不可能であり、欧州連合(EU)への加盟はなおさら難しい」と言う。

ベルリンにあるドイツ国際政治安全保障研究所の国際法学者エリザベート・ホフバーガー・ピッパン氏によれば、EUや国連に加盟することで中立の度合いが弱まることを国民は必ずしも認識していないと指摘する。

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担当: Bruno Kaufmann

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チューリヒ大学のシュテファニー・ヴァルター教授(国際政治・政治経済学)は、「スイスが以前から中立的な立場にないのは明白だ」と言う。「例えば冷戦時代、スイスは暗黙的ではあるが明らかに西側についていた。そして人権に関しても特定の立場をとってきた」。ウクライナでの戦争に関しては、スイスはロシアによるウクライナへの攻撃は国際法違反だとして直ちに非難した。

そもそも中立とは何か?

ここで疑問となるのが、そもそも中立とは何かという点だ。1815年のウィーン会議でスイスに永世中立権が付与された際、戦勝国はスイスの領土を戦場にしない代わりに、スイスに紛争参加と傭兵の提供を禁止する取り決めを行った。

この原則は現在もほとんど変わっていない。戦争への参加は今でも直接的か間接的かを問わず、中立法の下で禁止されている。中立国は紛争当事国を平等に扱わなければならない。つまり、一方の勢力に領土上空の飛行を許可したり、(たとえ第三国を介したとしても)武器を供給したりしてはならず、一方の勢力だけに便宜を図ってはならない。

例えば、スイスはここ数カ月、北大西洋条約機構(NATO)加盟国がウクライナに武器を供給しているとして、NATO加盟国に対しスイス領土上空の飛行を禁止している。スイスはまた、ドイツとデンマークに対し、両国がスイスで購入した戦車や弾薬をウクライナに渡すことを拒否した。こうした厳格な姿勢を取るスイスに対し、態度の軟化を求める国際圧力が強まっている。

中立は法的な概念だけでなく、スイスのイメージにも関わっている。中立はスイスのトレードマークであり、軽率に危険にさらすことはできない。スイスは自発的で柔軟な「中立政策」をとることで、スイスが戦争には関わらないことを他国に理解してもらおうと努めている。

NATO加盟は論外

中立国であるスイスは、NATOなど集団防衛義務のある軍事同盟に平時に参加することはできない。

伝統的な中立国だったスウェーデンとフィンランドはウクライナでの戦争開始後、NATOへの加盟を申請したが、これは法的に中立の放棄を意味する。

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しかし、スイス連邦国防相とNATO事務総長はダボス会議で、スイスとNATOの協力体制を今後強化することで合意した。スイス国民の大多数は中立を支持し、NATO加盟には今も懐疑的ではあるが、この合意は国民から歓迎されていることが、ある世論調査で分かった。

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協力体制の強化は決して画期的なことではない。スイスは長年、訓練やサイバーセキュリティーの分野を中心に近隣諸国やNATOとの軍事協力を模索してきたからだ。そのためスイスが攻撃を受けた場合、スイスが他国と共同で自国防衛を行う可能性が高い。この場合は中立に抵触しない。

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こうしてスイスは自国防衛に関していささか「軟弱」な戦略を打ち立てた。まず、スイスは欧州の真ん中に位置しているため、スイスだけを狙った軍事攻撃の対象にはなりにくい。それよりも、欧州の複数の国が同時に攻撃を受け、これらの国々が集団防衛を行うことの方がはるかに可能性が高い。スイスが平時から軍事演習に参加し、互換性のある兵器システムを装備していれば、有事の際には単独ではなく西側の友好国と共同で防衛できる。スイスが新規購入する戦闘機に、米ロッキード・マーチン社製のF-35を選んだのにもこうした戦略的考えに基づくと専門家たちはみる。

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国外では、スイスの政策は便乗的だと解釈されることがある。スイスは軍事予算を大幅に増やす方針だが、NATOの「2%目標」には程遠いからだ。NATOは加盟国に防衛費を国内総生産(GDP)比2%以上にするよう求めている。そのため、スイスは加盟国の負担を負わずに、NATOの庇護(ひご)が受けようとしているとの批判が上がる。

中立の恩恵を得るスイス

スイスにとって中立に利用価値がないわけではない。逆説的に聞こえるかもしれないが、中立は武器販売を押し上げる要因になる。米国やロシアなどの大国から武器を購入して自国の立場を示すよりも、明らかに中立な国から購入して、自国の立場を表明するのを控えたい国が多いのだ。

また、スイスは開催国や仲介国を務める際にも中立の恩恵を得ている。自国の立場を表明しなければ、その国は仲介国としての信頼が高くなる。

また、スイスには特別な切り札がある。ヴァルター氏は「アイルランド、オーストリア、スウェーデンと違い、スイスはEUに加盟しないことを決めている」ため、スイスは他国よりも中立と認識されやすいと指摘する。

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しかし、スイスはウクライナ戦争で仲介役を果たそうとしたが、徒労に終わった。利益代表になろうという申し出も、ロシア政府の反対を受け挫折した。ロシアは、対ロシア制裁に加担したスイスを、もはやスイスを中立国とは見ていない。

(独語からの翻訳・鹿島田芙美)

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