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地雷ゼロの世界に向けて「ウクライナを転機に」

地雷除去従事者
今年3月、ドゥーリー氏はウクライナで地雷除去活動に携わる人々を撮影した。キーウ州の地雷除去員オレクサンドラ・エフドキモワさんも被写体のひとり Giles Duley

英国の著名な写真家ジャイルズ・ドゥーリー氏が先月、スイスで開かれたウクライナ地雷対策会議で講演した。地雷は、戦争終結後も長く人の命を奪い続ける武器。その使用を今すぐやめるべき理由について語る。

ウクライナは間もなく夜8時。英国出身の写真家ジャイルズ・ドゥーリー氏(53)は急ぎホテルの部屋に戻り、swissinfo.chのビデオ取材を受けてくれた。ウクライナ軍とともに一日を前線で過ごし、兵士たちの静かでありふれた一コマを撮影していた。インタビューが終わりしだいまた戻るつもりだ。

「戦車や爆撃や戦闘機には興味がありません。目が向くのは、人生を台なしにされた1人ひとりの姿です。私が撮影するのは、わが子の写真を見つめる人たち。もう2年以上も会っていない親子です」

ロンドン生まれのドゥーリー氏は20年以上にわたって世界を飛び回り、戦禍に苦しむ人々を写真に収めてきた。2015年からウクライナだけでも20~30回は訪れている。カメラを向けるのは、地雷被害者やその介助者、地雷除去員、義肢装具士、地雷が蔓延する土地で農業を営む人たちなどだ。

ウクライナは、国土の最大3割が地雷や手榴弾などの不発弾に汚染されていると考えられている。今や世界最大の地雷埋設国だ。「ウクライナ(の地雷汚染)は私が見てきた中で最も深刻です」とドゥーリー氏は語る。

ドゥーリー氏は2024年10月、スイス西部・ローザンヌで開催されたハイレベル会議「ウクライナ地雷対策会議」(スイス・ウクライナ共催)で講演。会議の目的は、国際支援を集め、ウクライナで地雷除去の取り組みを進めること。会議に合わせて、ドゥーリー氏が長年撮りためてきた地雷関係の写真を展示する展覧会も10月末まで同市で開かれた。

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「ほかの人にはない」人とのつながり

地雷はドゥーリー氏のライフワークだ。フォトジャーナリストとして初期に受けた仕事で、アンゴラの地雷除去活動を報じた。2011年、米軍に同行してアフガニスタンに赴いた際、即席爆発装置(IED)を踏んでしまった。この恐ろしい事故で人生が永遠に変わった。左腕と両脚を失ったのだ。

ジャイルズ・ドゥーリー氏
「いつも言うのですが、この負傷は、戦争の遺産についてストーリーを伝えたいという私の情熱の賜物です」とドゥーリー氏は語る Giles Duley/Legacy of War Foundation

1年間入院し、何度かの手術と何カ月にもわたるリハビリに耐えた。三肢の切断を経て、普通の被害者にはなかなかできないであろう決断をした。アフガニスタンに戻り、地雷で障害を負った一般人をとらえたドキュメンタリーを制作したのだ。

「再び写真を撮ることについては何の疑問も抱きませんでした。アングルが限られるので以前ほどクリエイティブにはいかないと気づきましたが、ほかの人にはない(人間的な)つながりは持てます。人とつながるという点で私は常に恵まれていました。それが私の強みであり、実際、事故の後はそれがさらに強くなりました」

その発見がドゥーリー氏にとって新たな章の幕開けとなった。紛争被害者を守ろうと立ち上がり、慈善団体「レガシー・オブ・ウォー財団」を設立。紛争による障害者と平和構築のために活動する初の国連グローバル・アドボケートに任命された。YouTubeチャンネル「Munchies: Food by Vice(マンチーズ)」の番組「One-Armed Chef(仮題:片腕シェフ)」にも出演し、戦禍を受けた地域で料理をして地元の家族と食事をする姿を見せている。

ドゥーリー氏がローザンヌで講演したのも、事故以来の活動理由と同じだ。「自分の仕事を通じて、子どもが1人でも、私が毎日経験していることをしなくて済むのなら。肉体的な苦痛、精神的な苦痛、世間に違った目で見られる苦労を味わわなくて済むのなら。その仕事は価値があったと言えます」

革新的な地雷除去技術を開発

ランドマイン・モニター報告書2023によれば、世界中で60の国や地域が対人地雷で汚染されている。2022年には世界で5000人近い人が地雷・不発弾により死傷した。ウクライナでは608人と、前年(58人)の 10倍に増えた。

ドゥーリー氏は、今ウクライナを支援することで、やがて他の国も恩恵を得る可能性があると考えている。

「ウクライナが転機となり、人々がこの問題の大きさや解決法について目を向けるようになると考えられます。ウクライナでは、革新的な技術を開発して課題に立ち向かっています」

義足の製作風景
@Mag / Giles Duley

その技術とは、ロボット工学やドローン、地雷を探知する人工知能(AI)の活用など。国連開発計画ウクライナ事務所のポール・ヘスロップ氏はブログ記事で、「(人道的地雷除去)分野にイノベーションを起こす可能性がある」と綴った。低コストで高い効果が期待でき、数百万ドルを節約しうるという。

現在ウクライナに拠出されている地雷除去活動費は世界最大で、2022年には1億6000万ドル(約240億円)が支払われた。2番目のイラク(8900万ドル)を大きく上回る。

「ウクライナが抱える問題や費やす金額の大きさだけでなく、ウクライナの人たちが革新的であるおかげで、他の国々での地雷除去に役立つ新しい技術が開発されていくでしょう」とドゥーリー氏は話す。

「地雷が再び使われる武器になりつつある」

スイスは1999年の対人地雷禁止条約に最初に署名した国のひとつ。ドゥーリー氏は、2025年にウクライナ地雷除去国際会議を主催予定の日本や、韓国などの拠出国と並び、スイスを人道的な地雷除去における世界の牽引役と見ている。

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ウクライナの地雷除去支援 日本も貢献

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スイスはこの30年間、世界各地の地雷対策プロジェクトに資金を供与してきた。ウクライナの地雷除去活動には今後3年間で1億フランを投じる予定だ。日本は7000万ドルの拠出を確約している。両国のリーダーシップは従来に増して必要だとドゥーリー氏は語る。

「現状は極めて危険です。地雷は、長年、時代遅れとなりつつありました。それが急に、再び使われる武器になる事態に直面しています。こんなことが受け入れられないようにしなければなりません」

ドゥーリー氏はローザンヌ・エリゼ写真美術館「Photo Elysée(フォト・エリゼ)」の写真展で、地雷が推計1270億ドルに及ぶ国際武器取引の一部であることを示したいと考えた。地雷を貴重品かのように扱い、展覧会名の通り「Objets de mort(死のオブジェ)」として展示している。

不発弾
「展覧会では、今日の(紛争の)武器だけでなく、その前の戦争やさらに第1次大戦までさかのぼる武器(写真)を見て、この武器が今も人命を奪っていることを思い起こしてほしいと思いました」 Giles Duley

「これらの武器は見本市で購入できます。それをあたかも高価な時計や香水のように、ファッション誌VOGUEやGQに載せるように撮影したかった。人々が魅惑されながら、自分たちが目にしているのは人を殺傷する武器なのだと気づいてハッとするというアイデアが気に入っています」

「私が撮るのは愛」

この手法は、レニー・クラヴィッツ氏などミュージシャンの写真を撮り、世界のトップファッション誌や音楽誌に載せていた若手写真家だった日々に立ち戻ったものかもしれない。しかし、20代後半には自分のキャリアの先行きに幻滅したと2023年にEuronewsで語っている。長く敬愛していた戦争写真家ドン・マッカラン氏から刺激を受け、ドゥーリー氏は戦禍の記録を始めた。その仕事の中でほどなく地雷の被害者と出会うことになる。

「イラク、アフガニスタン、シリアで訪れた病院のほとんどで、腕を失っていた子どもたちは、(地雷を)おもちゃだと思って拾っていました。(会議の)中心はウクライナですが、この問題はイエメン、パレスチナ、ラオス、ベトナム、カンボジア、コロンビアにもあり、世界中に広がっています。私たちがいなくなった後も、これらの兵器は人を殺し続けます」

地雷で負傷した少年
アフガニスタンで義手を装着する少年アタクラさん。「平和を求める手段としていつまでも一般人を標的にすることはできない。それが単純な事実です」とドゥーリー氏 Giles Duley

ドゥーリー氏はここ数週間で、戦争の遺産を明るみにする仕事として、ニューヨークとウクライナを2度訪れ、合間にロンドンにも立ち寄った。スイスの後は、カンボジアとレバノンに渡航する。だがその前に自国で一息入れ、財団の仕事をこなしながら、友人たちに料理を振る舞う。それがお気に入りの気分転換だ。

「食べ物は戦争の対極にあります。戦争は憎しみですから。食べ物は人を結びつけます。食べ物は愛です」

「私が撮るのは戦争ではありません。私が撮るのは愛です。赤ちゃんにミルクを与えるお母さんや、孫娘の髪をとかすおばあさんの姿。私が求めるのは、人間性を分かち合う場面です。世界のどこに行っても変わりません。ほとんどの人が願うのは、家族を支え、安心感を覚え、子どもたちのためによりよい未来を夢見ることだけなのです」

編集:Virginie Mangin/ac、英語からの翻訳:宮岡晃洋、校正:ムートゥ朋子

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