対ロシア制裁、効果が薄いのはなぜ? スイスの専門家が語る裏事情
スイスを含む西側諸国の厳しい制裁にもかかわらず、ロシア経済が崩壊する様子はない。汚職問題に詳しい刑法学者マーク・ピエト氏に、ロシアの制裁回避について聞いた。
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swissinfo.ch:対ロシア制裁は永続的な効果を発揮していない。それ自体は珍しいことではないが、あなたは西側諸国の政治的失敗とみている。なぜか?
マーク・ピエト:確かに、制裁が奏功した例は歴史上わずかしかない。サダム・フセインへの制裁は成功事例の1つだが、それでもイラク国民にしわ寄せがいかないよう、国民に必要な食料と交換にイラクが石油を輸出できるようにする例外措置を取った。
それに比べて、ロシアほどの大国には制裁を回避する手段がたくさんある。
だが西側諸国も過ちを犯した。ロシア産石油・ガスへの依存度を過小評価した。ドイツはロシア依存から脱却できたが、ハンガリーやオーストリアには不可能だった。
ロシア経済を崩壊させることは可能だと考えられていた。ロシア経済はイタリアとほぼ同じ規模だと主張する人もいた。だがロシアは資源貿易とそれへの依存という切り札を持っていたのだ。
インドや中国をはじめ、かなり多くの国がロシアとの協力関係を続けている。西側の制裁政策には限界があるのでは?
まさに、団結の強化無くして何かを達成することは困難だ。インドはロシアから安価な石油を輸入している。中国人は政治的な打算に基づいて行動している。
貿易の現場も問題を抱えている。ジュネーブでの貿易が不確実になった今、ドバイに取引が流れている。多くの資源トレーダーがドバイに支店を構え、ロシア産石油の取引を続けている。
アラブ首長国連邦(UAE)は長年、資源貿易における世界市場の牽引役をジュネーブから奪おうと試みている。寛容な政策を期待できるドバイは、有望な取引拠点だ。
ドバイに取引が移行したということは、スイス当局による制裁が効いているという賛辞になるのでは?
私はむしろ銀行が決定的な役割を果たしているとみている。銀行業界ではコモディティファイナンス、つまり資源を利用した融資ビジネスが台頭している。
スイスの銀行が関与しなくなったのは、スイス当局への配慮ではなく米国への恐怖が理由だ。ジュネーブにおける石油・ガス貿易のうまみは低減しているが、他の資源の取引には影響がない。
ドバイの資源取引の実態は?
ジュネーブと同じだ。だが国家が果たす役割は異なる。規制や貿易促進はドバイ・マルチコモディティーセンター(DMCC)という地区の高層ビルに集約されている。そこに商社も入居している。
資源貿易の原資はどこから出てくる?
スイスでは仏BNPパリバ銀行が資源貿易の貸し手となっている。同行はかつてマーク・リッチ(訳注:スイスの資源大手グレンコアの創設者)とともに、ジュネーブを資源取引のプラットフォームに育て上げようとした。
スイスにはヴォー州立銀行など資源融資を手がける銀行が他にもある。だがこれらの銀行はドバイでは融資できない。
フランス政府が容認すれば、BNPパリバはスイス国外でも事業継続が可能だ。だが、ドバイの資源取引には米国銀行も関与していると私はみている。
スイスの銀行にとっては米国当局が脅威だが、米大手銀行が恐れるものは何もないのではないか。これは推測だが。
アラブ銀行など、ドバイに拠点を置くアラブ系銀行もある。だがそれらが資源融資に十分な資本を持っているかどうかは疑問だ。
西側諸国はどうすれば制裁の効果を高めることができる?
制裁制度はよく練られたものではない。それぞれの制裁リストには独自のロジックがあり、保護される人もいれば、そうでない人もいる。例を挙げよう。スイスにあるオランダの石油商社は、英国の制裁リストには載っているが、欧州連合(EU)のリストには載っていない。スイスは英国ではなくEUのリストに追随しているため、このオランダ商社はスイスで保護されている。
制裁リストをもっと調和させる必要があると?
解決策は主要7カ国(G7)タスクフォースを通じて調整することだろう。だからこそ、スイスもタスクフォースに加わるべきだったのだ。
法的には、参加を妨げるものはなかった。スイスの禁輸法はEU制裁だけを取り入れるよう強いるものではない。国連や経済協力開発機構(OECD)、主要貿易相手国に配慮するよう定めている。EUだけでなく米国や英国がこれに含まれる。
オランダ石油商社の件は、スイスの国土保全が機能していることを示した。制裁を受けている企業がスイスからロシア産石油を取引できるという事態は容認できない。
思うに、合同タスクフォースの意義は大きい。それに参加しないのは間違いだ。
大手紙NZZが最近、スイスの態度を「やり過ごし政策」と表現したのは適切だ。この点について、私はスイスのことを理解できない。(タスクフォースへの参加は)「楽勝」だったはずだ。それをしなかったために、疑いが晴れない。
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スイスには、自前の船団を所有する海運会社や資源貿易会社が多数ある。ロシアの物流、特に石油輸送においてはどのような役割を果たしているのか?
原油価格の上限制により、ロシア産原油は引き続き合法的に低価格で取引でき、このためスイスは完全に事業継続が可能だ。スイスには人々が思っているよりもたくさんの海運会社が存在する。
ジュネーブにある海運会社は、ロシア向けタンカーが約30隻ある。価格上限制を免れることができ、とても微妙な問題だ。「影の船団」として無保険で海を航行している。何かあれば大問題になる可能性がある。
ロシア人が盗んだ小麦を輸送するジュネーブの船主もいる。
私の知る限り、スイス連邦検察庁は現在、戦争犯罪に関する訴訟手続きを1件進めている。戦争犯罪とマネーロンダリング(資金洗浄)に関する限り、スイス連邦経済管轄局(SECO)はこうした重大事件を連邦検察庁に送致し始めた。
「影の船団」は秘密または虚偽の情報のもとで航行する船を指す。経済制裁がもたらした負の側面だ。
船の所有者は原則として組織的ネットワークにより秘匿される。保険に重大な不備があり、トランスポンダーのスイッチが切られているため航路を追跡できず、位置を把握できるのはレーダーだけだ。(船舶の所有会社と登録先の国が異なる)便宜置籍船や、規制の全くない国の旗を掲げていることが多い。
「影の船団」は経済制裁の回避に多用される。海上交通や環境にとっても危険な存在だ。
専門家によると、ロシア制裁を受けて「ダークフリート」が大幅に増加している。その数はタンカー600隻と推定される。
海運業界の深層とスイスの役割に関する著作があるマーク・ピエト氏の推定はもっと多く、ロシア産石油を運ぶ船は1000隻、ベネズエラ産は500隻あるとみる。
海運交通専門の分析会社ウィンドワードは今年5月、ロシアの影の船団を1400隻と見積もった。
スイス当局は現在、制裁違反を摘発するのに十分な体制を整えているのか?そこに政治的意図はあるか?
SECOについてはフェアに見なければならない。当初、意表を突かれたSECOには制裁を実施する人材がほとんどいなかった。
他の機関からの応援もなかった。例えばツーク州の商業登記所や土地登記所が協力できたはずだったが、しなかった。
SECOが体制を整えるまでに時間がかかった。もちろん、担当閣僚のギー・パルムラン経済相やSECO幹部は人員を迅速に再配置できたはずだ。
だがここで政治が絡んでくる。パルムラン氏が所属する国民党(SVP/UDC)は、制裁に関心のない人々と近い政党だという事実は否定できない。
今日のSECOの立ち位置は?
現在のSECOは許容範囲内だ。だがもし制裁が強化され、貿易拠点が制裁対象となれば、再び難局に陥るだろう。
そうなれば、制裁の効果が怪しくなってくるのでは?あなたの言葉を借りれば資源部門は非常に機敏であり、ビジネス拠点を中東やアジアに移している。
大手資源会社はどこにでも拠点を持っている。それが現状だ。例えばトラフィギュラはシンガポールに本社を置くが、今もジュネーブに大きなオフィスを構えている。
ドバイと同様、シンガポールは石油・ガスの貿易額でジュネーブを追い越しつつある。一方、コーヒーとカカオの貿易額はスイスが断然多い。
シンガポールを見れば、その勢いがはっきりと感じられる。それはドバイを凌ぐほどだ。シンガポールは域内に多くの労働力があるのだから。
スイスの銀行に起きたことがシンガポールでも起きるのだろうか?
金融の分野で面白いことが起こった。シンガポールはすぐにマネーロンダリング規則を導入したが、ずいぶんと力ずくだった。
その一例は、世界最大の汚職事件の1つ、1MBD事件だ。スイス金融当局の腰は重かったが、シンガポールは疑わしい資金を直ちに凍結し銀行を閉鎖した。
資源規制にもこのような転機が訪れる可能性は?
シンガポールが規制を導入する可能性は十分にある。政府は国内で何が起きているのか把握したがっている。スイスは依然として「放任主義」をモットーとしており、資源に関しては銀行を介した間接的な規制しかない。
今日の問題は、どこからどのような種類の取引が行われるかだ。おそらく市場の多様化が進んでいく。
端的には次のように要約できる。ドバイは監督と促進の両輪で動いている。シンガポールはビジネスを誘致しているが、いずれ情報も欲しがるだろう。香港では盗聴される。スイスでは大なり小なり自由にできる。
道徳的な声明に意味はないとなると、制裁は縮小していくのか?
私は「どうせ制裁は効果がない」と言うにはためらいがある。影響には限界があり、制裁を回避する手段はいくらでもある。ロシア経済が崩壊しない理由はそこにある。
だが制裁を回避するにはそれなりのコストがかかる。長期的にはロシアに大きなダメージを与えるだろう。今後10年で、例えば医療制度や教育面で効いてくるだろう。年金が給付され続けるかどうかも問題になってくる。
編集:Balz Rigendinger、独語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫
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