日本から死刑はなぜなくならないか 有識者語る
日本はOECD諸国の中では米国と並ぶ数少ない死刑存置国だ。国際社会から何度も制度の廃止を勧告されながら、なぜ日本は制度を継続するのか。有識者に聞いた。
日本では昨年、日本弁護士連合会の呼びかけで学界、政界、司法当局、犯罪被害者代表らで作る有志の「日本の死刑制度について考える懇話会」が発足。12回の会合を経て11月、立法・行政府への提言書外部リンクをまとめた。懇話会には死刑廃止を訴える日弁連のほか、元検察庁・警察庁トップらも名を連ねる。
報告書は、死刑制度を現状のまま存続させてはならないとし、特に誤判の可能性や被害者の視点、執行手続き、情報公開などの項目に分けてその問題点を列挙。国会・内閣の下に公的な会議体を設け、これらの問題点を検討した上で死刑制度の存廃・改善に向け、法改正に直結する具体的な結論を出すよう求めた。
懇話会の座長で、提言書を執筆した中央大学法科大学院の井田良教授(刑法)に、日本の死刑制度の現状について聞いた。
swissinfo.ch:報告書では死刑制度が日本の国益を毀損していると批判しています。具体的には?
井田良:日本のイメージに関わります。例えば日本が外国の人権問題に対して何か言うとする。でも「でも、あなたの国には死刑があるじゃないか」と返されたら日本の発言力は減殺されますよね。日本は人権に関して二流、三流だっていう評価がされているのだとしたら、それは日本にとってマイナスです。
1966年の一家4人殺害事件で死刑判決を受けた袴田巌さんが今年、再審無罪となりました。元死刑囚では戦後5人目です。この再審無罪が浮き彫りにした日本の問題点とは。
彼は死刑確定後から釈放まで34年もの間、いつ死刑が執行されるかもわからず、外部との面会も手紙のやりとりもままならない状態にずっと置かれていたわけです。欧米の感覚から言えば、それ自体でもうアウトです。拷問ですよ。
しかし死刑はすぐ執行すればいいというものでもない。私は「第4審」と呼んでいますが、死刑判決後、法務省は間違いがないかもう一度徹底的に調べるわけです。少しでも疑いがあるということになれば、執行は行われない。その結果、現在106人いる死刑囚の相当数は死刑が執行されないまま、死ぬのを待つ状態にいる。異常なことだと思います。
再審無罪は死刑廃止論の呼び水になりますか。
ただちに決定的な要因にはならないでしょう。法律家や市民のなかには、証拠が崩れたから無罪になっただけ、全く無辜の人間を有罪にしたわけじゃない、と考えている人もいるようなのです。検事総長でさえ(無罪判決に)「承服できない」と公言外部リンクしています。
懇話会では被害者対策の議論にかなり時間が割かれました。
今の日本は被害者の時代です。家族が殺されたら加害者は当然死んで欲しいという、被害感情に基づく死刑存置論が絶対的多数なのです。理論的には、被害者の処罰感情は死刑制度の根拠にはならないですが、そこを何とかしないと廃止への道筋は描けない。
ただ被害者を蔑ろにしていいわけではない。日本では、被害者ケアは主に警察・検察がやっています。スウェーデンの犯罪被害者庁のような、捜査機関から独立した組織は日本にとって参考になるかもしれない。
欧州ではいかなる理由でも国が人命を奪ってはいけないという意識が根付いています。日本の人権意識はその点で距離があるように感じます。
日本では、被害者の人権はどうなるんだという声が必ず出てきます。人権保障というきれいな言葉一つで正面突破し、死刑廃止まで持っていくことはなかなか難しいと思います。
そうではなく「何十年も不自由な状況に閉じ込めるのはいいのか」「絞首刑というような、むごい方法でよいのか」と言われたら、多くの人は納得できるんじゃないでしょうか。具体的に議論すべきです。
スイスやEUは、これまで日本に対し繰り返し死刑廃止を訴えています。国外からの働きかけは、日本への圧力になりますか。
死刑制度自体の見直しまでは難しいと思いますが、一番期待できるのは死刑執行にブレーキがかかることです。韓国のように、法律上は存在するが事実上執行しないという手法は、日本にとってお手本にできる選択肢です。
報告書では、死刑の代替刑として仮釈放なき終身刑の導入を提案しています。
今の日本の無期刑はすでに事実上の終身刑です。昔は無期でも15、16年で仮釈放でしたが、今は30年、40年に伸びています。ですから、仮釈放のない終身刑が代替刑になりえるのかという疑問は残ります。
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しかし仮に死刑を廃止したとして、問題はオウム真理教のような凶悪事件が今後起きた場合です。日本の法律は起こってしまった犯罪には厳しいが、凶悪事件を防ぐ手立てが欧米に比べ不備なのです。
私に言わせれば、ヨーロッパは、日本と比べれば「監視社会」です。犯罪が起きる前から、怪しいと思ったら会話やメール通信を傍受し証拠を集めるという手段を多用します。またドイツには保安監置という制度があり、再び重大な犯罪を犯す危険性があると判断した人間は一生閉じ込めてしまう。ヨーロッパはそうした凶悪犯罪を予防する手段があり、その上で死刑を廃止しているのです。
日本でも同様の措置を検討しなければならないということでしょうか。
導入するかどうかは別として、議論は必要です。もし死刑をなくすなら、凶悪事件に対する対抗手段が必要です。さもないと、また死刑復活に逆戻りです。
井田さん自身は死刑には反対ですか。
犯罪が増えるリスクがあったとしても、廃止すべきだと考えます。効果がありそうだから何をやってもいいというのは法治国家ではないのです。
日本では、死刑の手続きに関してほとんど情報が公開されません。この点についてはどう改善を求めますか。
法務省は、個人情報だから公開できないというのが公式見解です。懇話会は、少なくとも個人を特定しない形で執行の経緯や拘置が長期化している理由を公開できるのではないかと提言しています。情報がなければ、絞首刑が執行の方法として良いのかどうかすらもわかりません。
世界の死刑廃止は政治主導で実現しています。日本の政界では議論が進んでいません。
ある死刑反対派の国会議員は私に「自分の選挙区で死刑をやめた方がいいなんて言ったら、その瞬間に数千票が離れていく」と言っていました。それほど国民にとって死刑は当然なんです。政治主導で死刑を廃止するというのは日本ではなかなか難しいのです。
スイスでは8月の世論調査外部リンクで、2割は死刑を復活させても良いと答えました。過去20年間で国内の治安は低下した、厳罰化が必要だという意見も目立ちます。
その点ではドイツも似ています。ドイツの世論調査では20〜30%が死刑支持です。日本は逆ですね。80%が賛成ですから。
日本では死刑に批判的な世論が育っていないのでしょうか。
世論はますます保守的になっていっているように感じます。でも、だからといって、議論も検討もしなくてよいということにはなりません。
台湾では9月、憲法法廷が死刑に対し条件付き合憲判断を出しました。日本では1948年に最高裁が死刑を合憲と認めています。しかし井田さんは、死刑は憲法違反だという立場ですね。
憲法は歴史的な文書なのだから、時代が変われば当然違う解釈で読んで良いというのが私の考えです。日本国憲法が制定された1946年の解釈に固定するべきではありません。
刑罰は社会秩序を維持するためのもの、その意味で公益を実現するためのものです。では嫌だと言っている人を社会や国のために殺していいのか。公益のために人の生命まで奪っていいのか。それは今の憲法の基本的考え方にそぐわないと私は考えています。
スイスは1999年の憲法改正で死刑禁止条項が明記されました。日本はスイスに比べ憲法改正のハードルが高いですが、憲法を改正しなくても死刑廃止は可能ですか。
憲法は死刑廃止を禁じていないというのが今の憲法学者の通説的な理解です。刑法、刑事訴訟法の改正で十分です。
日本が近い将来、死刑を廃止することは考えられますか。
残念ながら、なかなか難しいと思います。あり得るシナリオとしては、死刑を事実上停止し、それがしばらく続くことですね。20年くらい経って、死刑はなくても大丈夫だという考えに辿り着けば、その時代の人たちが廃止するかもしれません。
1956年生まれ。2016年から中央大学大学院法務研究科教授。慶應義塾大学名誉教授。法学博士(ケルン大学)。名誉法学博士(ザールラント大学、エアランゲン大学)。専門は刑法学。日本学術会議会員、日本刑法学会理事、法制審議会委員・会長を歴任。
2015年にドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章、2023年に紫綬褒章を授与された。
編集:Benjamin von Wyl、校正:大野瑠衣子
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