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欧州とスイスがメルコスール諸国に接近 トランプ関税で

ブラジル、サンベルナルド・ド・カンポにあるフォルクスワーゲンの工場
ブラジルのサンベルナルド・ド・カンポにあるフォルクスワーゲンの工場、2023年6月28日撮影  Keystone-SDA

米国が空前の関税引き上げを予告する中、欧州は新たな貿易相手国に目を向けている。スイスが主導する欧州自由貿易連合(EFTA)は、欧州連合(EU)にならってメルコスール諸国との自由貿易協定の締結を模索中だ。

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欧州を懲らしめようと意図するドナルド・トランプ米大統領の新関税政策で、今、世界中が騒然としている。トランプ氏は、EUが長年にわたって米国を欺き、一方的な利益を得て来たと主張する。ただし、同氏が引き合いに出すEUの対米貿易黒字には誇張があり、実際の数字は3%程度だ。

EUの政策執行機関である欧州委員会の統計局ユーロスタットのデータによると、米国は欧州にとって、製品輸出の最も重要な市場だ。また中国に次ぐ第2の、そして英国とスイスを上回る輸入元でもある。

世界GDPが2桁台で減少する恐れ

欧州委員会は最近発表したプレスリリースで、「多国間主義とルールに基づく国際秩序を守るため、EUと米国は協力しなければならない」と述べた。その一方で、経済的威圧をかける第三国に対して発動できる「反威圧措置(ACI)外部リンク」を含む、あらゆる措置を視野に入れている。ACIはEUの最後手段となる強硬措置で、対象国の貿易やサービスなど、幅広い範囲に制約をかけることができる。

EUの立法機関である欧州議会によると、世界貿易機関(WTO)の紛争解決制度は、経済的威圧の場合は適用されない。

ナイジェリア出身の経済学者でWTO事務局長のンゴジ・オコンジョ・イウェアラ氏は、すでに今年1月、ダボスで開催された世界経済フォーラム(WEF)の年次総会で、冷静な対応を呼びかけた。そして、世界が歴史を通じて関税引き下げに向けて懸命に努力したことが、世界貿易を促進し、すべての国の利益につながってきたと訴えた。

同氏は、「関税率が25%であろうと60% であろうと、報復措置に訴えて1930年代の状況に後戻りすることになれば、世界GDPは2桁台の減少となるだろう。それこそ深刻な事態だ」と警告した。

米国の関税を逆手に取ろうとするEU

EUは現在の状況について、この関税戦争により特定の製品の価格上昇は明らかだが、反面、影響を受ける国々が、米国に対抗して欧州との関係を強化しようとする可能性もあると見ている。

スイス大統領兼財務相のカリン・ケラー・ズッター氏は、最近、さらに強気の姿勢を示している。同氏は2月末にケープタウンで開催された20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で、「スイスが米国とEU間の関税紛争の影響を受けることはないだろう」と述べた。

世界最大の自由貿易圏誕生へ

トランプ氏が一方的にゲームを進めようとする中、旧大陸は多様化を図り、南米に向かって大きく舵を切っている。

EUと、アルゼンチン、ブラジル、パラグライ、ウルグアイが加盟する南米南部共同市場(メルコスール)は2024年12月、自由貿易協定の交渉妥結を発表した。これは20年以上にわたる交渉の成果だ。

アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領、ウルグアイのルイス・ラカジェ・プー大統領、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長、ブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ大統領、パラグアイのサントス・ペーニャ大統領
2024年12月6日(金)にウルグアイのモンテビデオで開催されたメルコスール首脳会議で記念撮影に応じる各国首脳。左から:アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領、ウルグアイのルイス・ラカジェ・プー大統領、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長、ブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ大統領、パラグアイのサントス・ペーニャ大統領 Copyright 2024 The Associated Press. All Rights Reserved

世界最大の自由貿易地域の誕生に向けて、現在、複雑な批准プロセスが始まっている。EU市場には4億5000万人、メルコスールにも2億8000万人が住んでいる。

欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は12月、メルコスール本部があるウルグアイの首都モンテビデオで現在の世界情勢に言及し、「この合意は経済的な好機であるだけでなく、政治的にも必要なものだ」と述べた。

スイスも年内に独自の自由貿易協定へ

経済政策は地政学でもあるが、スイスはこの分野においては最も経験豊富な国の1つだ。同国はノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインと結成する欧州自由貿易連合(EFTA)を主導して、メルコスール諸国と独自の自由貿易協定に向けて大きく前進している。

スイスのイグナツィオ・カシス外相の広報担当者ニコラ・ビドー氏はこの協定について、「今年前半には交渉が妥結し、後半には調印できる見込みだ」と話している。

ベルンを友好訪問したアルゼンチンのディアナ・モンディーノ外相(写真中央)を出迎えるギー・パルムラン経済相(同左)とイグナツィオ・カシス外相
ベルンを友好訪問したアルゼンチンのディアナ・モンディーノ外相(写真中央)を出迎えるギー・パルムラン経済相(同左)とイグナツィオ・カシス外相(同右)、2024年9月12日撮影 Keystone / Peter Schneider

交渉を加速させるため、カシス氏とビドー氏は、2月3日から7日にかけてパラグライ、ブラジル、ボリビアを歴訪した。ボリビアは、2024年7月にメルコスールに加盟したばかりだ。EUとは異なり、EFTAはアルゼンチンやチリとともに「リチウムの三角地帯」を形成するボリビア政府と直接交渉を行い、関係を深めようとしている。

ブラジルは、依然としてラテンアメリカ最大のスイスの貿易相手国で、スイスは同国への5大投資国の1つとなっている。トランプ氏が、ブラジルが今年議長国を務めるBRICSに対しても関税を課すとほのめかしていることから、スイスのカシス外相とブラジルのマウロ・ヴィエイラ外相は、できるだけ早く交渉をまとめることで合意している。

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スイスでは反対の声も

スイスを代表する経済団体「エコノミースイス」の理事の1人ヤン・アテスランダー氏は「輸出大国スイスにとって、新たな自由貿易協定は大きな意味を持つ。世界貿易システムは、繰り返される貿易紛争から圧力を受けている。協定が1つでも増えれば、スイス企業の事業環境を少しでも改善することができる」と述べた。

一方、スイス農業連盟からは、批判的な声が上がっている。広報担当のザンドラ・ヘルフェンシュタイン氏は、「メルコスールとEFTA加盟国スイスとの協定が、高い生産コスト、高い品質要求、地形といったスイス農業の特殊性を考慮したものとなるよう、スイス政府に期待している」と述べた。

協定の妥結と調印の後で、スイス連邦議会での批准手続きが開始される。理論的には、任意の国民投票となる可能性もある。

ブラジル先住民代表のクレタ・カガンガ氏と緑の党の国民議会議員リサ・マッツォーネ氏
2019年11月7日、ベルンでの記者会見に出席した、ブラジル先住民代表のクレタ・カガンガ氏と緑の党の国民議会議員リサ・マッツォーネ氏。ブラジル先住民代表は、被抑圧民族協会(GfbV)とともに、スイス(EFTA)とブラジル(メルコスール)間の自由貿易協定(FTA)締結に関する要求を発表した Peter Klaunzer/Keystone

今回、批准の妨げになるものは何だろうか。ヴァレー(ヴァリス)州のジャン・リュック・アドール議員(国民党、SVP/UDC)は、「私や国民党が絶対に譲れない一線は、農家を犠牲にしないことだ。また消費者にとっては、もう1つ大事なことがある。メルコスール諸国の農業部門が、特定の製品の使用に関して、スイスと同じ規則に従う必要がないということだ」と話している。

メルコスール諸国にとっては緊急性のない協定

ジュネーブ国際開発高等研究所(IHEID)のセドリック・デュポン教授は、「スイスはすでに一方的に物品への関税をゼロにしているので、スイスが農業分野で譲歩しない限り、メルコスール諸国が得るものは多くない。だが、その可能性がないのは明らかだ。スイスは、主要な農業部門を保護している」と話す。

もし双方に政治的意欲があれば、メルコスールとEFTAの自由貿易協定は締結寸前まで来ていたはずだと、デュポン氏は断言する。

「だが現時点では、メルコスール側にあまり熱意が見られない」。メルコスール諸国がこの協定にどれほどの政治的価値を見出しているかは推測が難しいものの、EUに比べればその重要性はずっと低いと、同氏は言う。

メルコスール諸国との貿易量は、欧州、中国、米国に比べればまだ少ないものの、この協定が特にスイスにとって重要なのは明らかだと、同氏は見ている。

小さいが大きな購買力を持つ市場

ブエノスアイレス在住のラテンアメリカ地域統合専門家、オスカー・エドゥアルト・フェルナンデス・ギジェン氏は、EFTAとの協定はメルコスール諸国にとっても「それなりの意味はある」と語る。人口1500万人のEFTAは、EUに比べれば市場としては小さい。「しかしEFTA加盟国は、1人当たりの所得が世界で最も高い国々だ」と、同氏は指摘する。

メルコスール諸国の貿易は、取引総額の30%を中国が占めており、EFTA市場の割合はわずか1%だ。しかし、デュポン氏もフェルナンデス・ギジェン氏も同様に指摘するとおり、協定は貿易だけでなく投資も含む経済関係の明確なルールを定めるため、すべての交渉は重要だ。

特定の利害関係で麻痺状態のメルコスール

フェルナンデス・ギジェン氏は「メルコスール諸国の問題は、超国家的な機関が存在しないため、対外的な交渉事項が持ち回りの議長国、今期で言えばアルゼンチンに委ねられることだ」と説明する。このため、長期的な地域目標ではなく、短期の政治・イデオロギー的な目標が追求されることになり、「メルコスールは2000年以降、休眠状態にある」という。

さらに、トランプ氏がこの地域の再編成を試みている他、同氏が貿易戦争を仕掛けている中国もこの地域ですでに強力な地位を築いている。ジュネーブに拠点を置くラテンアメリカ交流協力センター(CECAL)のミシェル・セリ・ベガス会長は、「メルコスールは、親ロシア・親中国の立場を取るルーラ大統領のブラジルと、親米路線を採るミレイ大統領のアルゼンチンとの間で板挟みになるリスクに直面している」と、話している。

トランプ氏への対抗策が新たな発展の機会に

いずれにしても、トランプ大統領の貿易戦争はインフレを加速させて実質所得を減らし、EUやEFTA諸国のような1人当たりの所得が高い国々が米国への依存度を減らすために代替策を模索するよう促すだろうと、フェルナンデス・ギジェン氏は予測する。

その結果、誕生する協定は、新興国での企業の設立や、生産工程の確立や、雇用創出を促進する新たな投資を引き寄せることになる。

編集:Marc Leutenegger、独語からの翻訳:阿部寿美代、校正:大野瑠衣子

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