欧州の軍事協力にスイスも一部参加 国内で中立性をめぐる議論再燃
スイス連邦政府は今年8月、欧州連合(EU)加盟国間の軍事協力プロジェクト「PESCO」への一部参加を決めた。これに対し、国内では中立性の意味を問う声が高まっている。
「欧州軍」の創設は一朝一夕にはいかない。だが、近年の米国・ロシア情勢に触発され、欧州諸国間で軍事協力が進んでいる。
バラク・オバマ政権下の米国は環太平洋諸国との関係を重視しようとした。その後を継いだドナルド・トランプ大統領の下で、米国の重要な同盟相手である欧州との関係は大きく冷え込んだ。
これを契機に始まった欧州独自の安全保障体制をめぐる議論は、ロシアのウクライナ侵攻でさらに拍車がかかり、具体的な施策につながった。
このような状況で、中立国スイスはどう位置づけられるのか――。スイス政府が8月末に下した決定外部リンクが国内に議論を巻き起こしている。
スイス政府の決定とは?
スイス政府は、EUの「常設軍事協力枠組み(PESCO)」の下で策定された2つのプロジェクトに参加するべきとの判断を示した。
- 「Military Mobility」は、欧州域内で軍隊が迅速に移動できるよう手続きの簡素化をめざす。加盟国内の自由な移動を認めるシェンゲン協定にちなみ、「軍隊のシェンゲン」とも呼ばれる。他国の部隊がスイスを通過するには、引き続きスイス政府の許可が必要だ。また、交戦国のスイス通過は中立法で禁じられているため認められない。
- 「Cyber Ranges Federation」に参加すれば、スイス軍はサイバー防衛に関する技術開発や運用テスト、人材育成を他国の軍隊と共同で行うことができる。
ただし、スイスの正式な参加には、PESCO参加国とEUの承認が必要だ。
スイス政府の決定はすでに国内で批判を呼んでいる。保守系右派で第1党の国民党(SVP/UDC)は「中立性を破壊する」と非難する。同党はEUやNATO(北大西洋条約機構)との接近を認めない孤立主義路線をとる。
PESCOには、マルタを除くすべてのEU加盟国が参加する。米国、カナダ、ノルウェー、そして最近ではサイバー分野のプロジェクトに関心を示すウクライナも定期的に招待されている。このためスイスのPESCOプロジェクトへの参加は、右派にとっては中立性の崩壊に他ならない。
一方、連邦国防省(BABS/OFPP)によると、スイスは「交戦国」との演習には参加しない。この点は追加協定に明記された。いかなる協力も「スイスの中立義務に沿って」行われる。
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PESCO発足の背景
PESCOは2017年、EU加盟国の大半が集まり発足した。その目的は、各国軍隊の能力を向上させ、システムや組織の調和を図り軍隊間の相互運用性を高めることだ。
長期的には「欧州軍」の創設も視野に入れる。だが、当面の目標は、米国依存からの一部脱却だ。トランプ前米大統領は在任中、米国が有事に欧州に軍事援助をするかどうかについて、大きな疑念を残した。
米国はPESCOの発足当時、NATOの重要性が損なわれ、欧州諸国による武器購入が減ると危惧し、不満を示した。だが、ジョー・バイデン政権下で関係は正常化。ウクライナ戦争で欧米関係は再び団結力を高めた。
スイス、EU、NATOはどう軍事協力を進めるか?
スイス政府の今回の決定が及ぼす影響は限定的だ。PESCOで進行中の60以上のプロジェクトのうち、スイスが参加するのは2つに過ぎない。PESCOが近い将来、NATOに取って代わることはない。スイスにとって、NATOは今後も「平和のためのパートナーシップ(PfP)」の枠組みで協力する主要な軍事パートナーだ。
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それでもスイスのPESCOへの関与には、欧州のパートナー諸国にスイスの軍事的な重要性を示すという象徴的な意味がある。ウクライナへのスイス製武器の再輸出禁止が欧州で強い不満を招き、スイスは日和見主義と非難されたからだ。スイスの軍需産業に対する外国大口顧客からの発注がストップしているとの報道もある。
他方、スイス政府は今年4月、ドイツが主導する欧州の共同防空構想「欧州スカイシールド・イニシアチブ」への参加も決めた。十数カ国が武器の共同購入や軍隊の相互運用性の向上をめざす。
対内的には、これらの決定は孤立主義への対抗措置とみなされている。国民党に近いグループが、安全保障面での協力を不可能にする「中立性イニシアチブ(国民発議)」を提起。スイス政府はこれに反対の立場を明確にしている。
今後の見通し
右派に加え、一部の左派グループも、政府の決定に議会を十分に関与させたなかったとして、政府を批判する。だが、国防政策は政府の管轄であり、政府はこのような決定を自ら下す権限を持つ。
ロシアのウクライナ侵攻以降、スイス政府は軍事面で欧米諸国やNATOへの接近を図ってきた。政府でも議会でも賛成派が安定多数を占める。
こうした接近は、対外的にはロシアのウクライナ侵攻以降弱体化し、少なくとも地域のブロック化を招いた欧州の防衛体制への対応として位置づけられる。
内政的な意味合いとしては、スイスの中立性をめぐる議論で孤立主義陣営が今のところ劣勢であることを象徴する。この問題に関する政治的なパワーバランスと地政学的な状況を踏まえれば、今後数年は欧州との軍事協力を強化する方向に進み続ける公算が大きい。
編集:Marc Leutenegger、仏語からの翻訳:江藤真理、校正:ムートゥ朋子
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