死刑制度では中立国でないスイス
スイスは死刑制度のない世界の実現を目指す。一方、死刑を維持する国々は、この問題は主権国家が自ら決めるべきであり、西欧の価値観を押し付けるのは間違いだと主張する。
スイスは、2025年までに死刑のない世界を実現するという目標を掲げる。連邦外務省は今年7月、死刑の普遍的廃止に向けた新たな行動計画外部リンク(2024〜2027年)を発表した。
スイスの取り組みは主に以下の通り。
1・外交の展開
スイスは死刑を引き続き適用している国々との対話を通じ、制度を廃止するか、少なくとも第一歩として死刑の適用を制限または停止するよう促すことに注力する。
2・規範的枠組みの強化
スイスは死刑の適用の停止または制限を目的とした国際的枠組みの強化に取り組む。この問題に関する国連の取り組みで主導的な役割を果たし、死刑廃止に取り組む地域機関を支援する。
3・国際連携の強化
スイスは世界における死刑廃止に向けた進歩には協働が重要であることを認識し、志を同じくする国々や市民社会組織との連携を深めることに尽力する。
引用:スイス外務省
スイスが2025年までの死刑制度廃止を目指す行動計画を始めて策定・発表したのは2013年。ディディエ・ブルカルテール外相(当時)は「死刑制度が存在する限り、我々は闘い続ける」と宣言した。
この目標は未だ達成されていないが、世界では死刑を廃止する国が増えている。アムネスティ・インターナショナルによれば、2004年からの20年間で39カ国が死刑を廃止した。
現時点で法律上、または事実上死刑を廃止した国は144カ国と、世界の7割を占める。
しかし死刑のない世界への道のりは長い。死刑存置国は中国、イラン、サウジアラビア、米国、日本など55カ国に上る。
アムネスティ・インターナショナルによれば、2023年は16カ国で少なくとも1153件の死刑が執行された。前年比31%増え、ここ10年で最も多い。最多が中国で、イラン、サウジアラビア、ソマリア、米国が続く。しかし中国は公式の数字を発表しておらず、実際の件数はもっと多いと予想される。
「国家主権の問題」
存置国は、死刑制度の有無は各国家が主権に基づいて決定すべき事項だと主張する。国際法上、死刑それ自体が禁止されていない点も強調する。
また存置国の多くは、死刑廃止は西側諸国の関心事にすぎず、自国の価値観や法体系とは相容れないと主張する。国際政治の舞台でよくあるように、西欧諸国が己の価値観を押し付け優位を保とうとしているにすぎない、とも批判する。
死刑廃止、西欧だけの関心ごとではない
「いかなる人も生存権を有する。死刑は禁止する」。1999年の全面改正で、スイス憲法第10条に死刑禁止条項が明記された。
死刑制度の普遍的廃止がスイスの外交政策の優先事項になったのは、スイスが人権政策に関する最初の報告書を発表した1982年に遡る。
スイスで最後に死刑が執行されたのは1944年だ。しかしスイスの軍刑法では、1992年まで死刑が認められていた。
いずれにせよ、第二次世界大戦後の死刑反対運動を盛り上げたのは政界よりもむしろ市民社会だった。
第二次世界大戦の教訓から生まれた国連の世界人権宣言(1948年採択)には、死刑禁止の原則であり前提ともなる生存権が定義された。
死刑廃止運動に拍車をかけたのは国境を越えた市民社会のネットワークだ。特にアムネスティ・インターナショナルのような組織がその中心的役割を果たした。
アムネスティの死刑反対グローバル・キャンペーンを管理するキアラ・サンジョルジョ氏は、第二次世界大戦直後、死刑のない国は少数だったと指摘する。
そのほとんどが、死刑制度が主に植民地時代の抑圧に紐づけられたラテンアメリカ諸国だった。死刑廃止は、宗主国からの解放を象徴した。
近代国家の中で初めて死刑を廃止したのはベネズエラ(1864年)だ。サンジョルジョ氏は「死刑反対運動は、西欧だけの関心事ではないことを忘れてはならない」と話す。
20世紀に多くの国で民主化が進んだことが、世界における死刑廃止の重要な要因になったと考えられている。例外が米国だ。ただ米国も、死刑執行件数は減り続けている。
アムネスティはまた、死刑は社会統制、または政治的な弾圧として利用されるケースがあることを指摘する。
死刑の犯罪抑止効果を疑問視する声もある。スイス外務省は2024~2027年の行動計画で、「死刑が犯罪防止や治安に良い影響を与え、他の厳罰よりも効果的であることを証明した科学的研究はない」と明言している。
国家主権 VS 人権
死刑存置国は「厳罰」の意義を訴える。犯罪には厳罰をもって処すことで、国民に示しをつけているのだ、と世界死刑廃止連盟(WCADP)のディレクターであるオーレリー・プラセ氏は言う。
「結局のところ、それは複雑な問題や犯罪に対する手っ取り早い解なのだ」。2022年、世界で執行された死刑の37%は薬物犯罪者に対するものだった。
WCADPは世界189の死刑廃止推進団体や人権団体が参加する非営利組織で、フランスを拠点に国際キャンペーンを展開している。WCADPのメンバーの多くは、その活動を理由に自国で迫害を受けている。
国内と国外のコミュニケーション戦略は異なるとプラセ氏は言う。国内には犯罪との闘いを強調し、国外には主権主義と国際法が死刑を禁じていないことを盾に権利を主張するーーという戦法だ。
後者は国連交渉でもたびたび登場する。法制度や政治制度の多様性が尊重されず、国家の平等が損なわれている、というのが常套句だ。
「近代国家」PRの裏で
一方で、サウジアラビアのような国もある。対外的には近代国家のイメージを振り撒くが、その一方で死刑執行数は急増した。昨年の死刑執行件数は世界で3番目に多かった。
ムハンマド・ビン・サルマン皇太子が王国のトップに就いてから、国内では多くの変化があった。社会規範は軟化し、宗教は遠ざけられ、国は観光に門戸を開いた。
欧州サウジ人権団体(ESOHR)のリーガル・ディレクター、タハ・アルハジ氏はは、これを表向きのPRに過ぎないとみる。「スポーツ、音楽、インフルエンサー。サウジアラビアは何十億ドルもの金を投じて、クリーンなイメージを得ようとしている。それと同時に、過去に例を見ないほど多くの人が死刑に処されている」
さらにサウジアラビアは法定代理人なしで判決を下したり、未成年者を処刑したりするなど、基本的な規範を無視している。
処罰の範囲はこれまで以上に広がり、政治的、宗教的な犯罪でも処刑され得る、とアルハジ氏は言う。「国際舞台では、サウジアラビアは人権尊重を声高に叫ぶ。これは純然たる印象操作であり嘘だ」
これが市民社会にとって何を意味するか、ESOHRは自らの経験から知っている。創設者は迫害・投獄され、メンバー全員もまた迫害のため国外に逃亡せざるを得なかった。
「刑罰は非人道的なもので、死刑反対運動を行う人権活動家はもはや国内にはいない」とアルハジ氏は懸念する。
死刑はもっと増える
サンジョルジョ氏とプラセ氏は、死刑存置国件数は今後も間違いなく減少し続けると予測する。プラセ氏は「現在、複数の国が死刑廃止法案を検討している」と話す。
しかし、死刑執行件数が近年増加したサウジアラビアのような国もある。サンジョルジョ氏もプラセ氏も、死刑存置国の数は減るが、件数は増えると予想する。
中国の今後も未知数だ。2002年、中国政府は「最終的な世界的死刑廃止」は「歴史的発展の必然的帰結」であるとの立場を表明した。だがそれから20年以上が経過した今も、中国の死刑執行数はダントツで世界最多だ。
編集:Benjamin von Wyl、独語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子
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