8つのグラフで見るスイス・EU関係

スイスと欧州連合(EU)は昨年末、二国間関係を取り決める新たな条約群を締結することで合意した。数十年にわたる両国の経済的なつながりを数字とともに振り返る。

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スイスとEUは昨年12月、二国間協定の改定で大筋合意した。だがスイスでは連邦議会や国民投票で承認を得るという国内手続きが残っており、合意通りに新協定がまとまる保証はない。
経済界やリバタリアン(自由主義者)は今回の合意を歓迎するが、労働組合はスイスの賃金水準が守られる保証を欠くことや、電力市場の自由化に反発する。
議会第1党の国民党(SVP/UDC)も合意内容に反対している。保守系右派を標榜する同党にとって、EUとの合意が促進しようとする「人の移動の自由」は鬼門だ。同党は長年、移民流入数への上限設定を求めている。
EUの駐スイス・リヒテンシュタイン代表部経済・貿易部のミヒャエル・フリドリッヒ部長は、「新しい協定群は、伝統的な自由貿易協定のはるか先を行く」とし「例えば人の移動の自由や基準適合性外部リンクの相互承認は他の協定にはない要素で、相互に利益をもたらす」と話す。
スイスはEU非加盟で、アイスランド、ノルウェー、リヒテンシュタインから成る欧州経済領域(EEA)にも加盟していない。だからと言って、EUと強固な経済関係を築けないわけではない。
スイス・EU間の経済・貿易関係は、複数の二国間協定によって取り決められている。協定により、スイス国内法の大部分はEU法と整合性が取れており、スイス企業がEU市場に、EU企業がスイス市場に直接参入することが可能だ。
1972年 二国間自由貿易協定:公式な二国間関係の始祖となる協定。貿易障壁の撤廃を目指したが、モノだけが対象だった。
1999年 第1次二国間協定:スイスが1992年の国民投票でEEA加盟を否決したのち、スイス政府とEUは7分野にわたる協定群を締結することで合意した。人の移動の自由に関する協定や基準適合性の相互承認、主要域内市場(農業、交通、公共調達)への参入が特に重視された。
2004年 第2次二国間協定:協定群の対象は9分野に増加。農産品の関税が引き下げられ、スイスのシェンゲン協定加盟により、国境での画一的出入国審査が撤廃された。
2024年 第3次二国間協定:電力、医療、食品安全の3分野を追加。これまであいまいだった制度的問題についても明文化されることになった。
スイスは裕福だが国土も人口も小さく、資源も乏しい。主に近隣諸国との国際貿易に積極的に取り組まざるを得ない。
スイス連邦経済管轄局(SECO)はウェブサイトで、二国間協定がスイスの経済繁栄に「実質的に」大きく貢献してきたことは「確証されている」と主張。二国間協定が途絶えれば失うものは大きいとする。swissinfo.chの取材に対し、SECOは現在協定に関するインタビューには応じていないと答え、代わりに政府の委託調査をいくつか挙げた。
スイス最大の経済団体エコノミースイスも、スイス・EU間の二国間協定は「スイスの繁栄に不可欠な支柱」とみなしている。
一方、二国間協定の真の影響は経済的な観点からは見えにくいとの声もある。

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どちらの主張が的を射ているのか。データで検証した。
1. スイスにとってEUは最大の貿易相手国
スイス・EU間の貿易額は1993年の1150億フランから2023年の3000億フラン(約51兆円)近くへと、30年で2.5倍に膨らんだ。
1990年~2000年代末には、スイスの貿易額全体の7割を対EUが占めていた。米国や中国の存在感が高まるにつれ、対EU貿易の割合は6割前後に低下した。
2. 地理的な近さが重要
東欧のスロベニアはこの10年で製薬大国に成長した。だがスイスにとっては近隣国の存在感のほうが大きい。
連邦外務省によると、対EU貿易の3分の1はドイツ南部バーデン・ヴュルテンベルク州、イタリア北部ロンバルディア州など、スイスと国境を接する地域との間で発生している。
EU代表部のフリドリッヒ氏は、企業にとって地理的な近さは概して重要な要素だと話す。米国など他の貿易相手国との関係が予測不可能になると、地理的な近さはさらに重みを増す可能性がある。
スイスからの輸出額で見ると、米国が最も大きく、ドイツがそれに続く。EU全体ではスイスの輸出の47%を占める。1993年には60%を誇っていた。

3. スイスの輸入品の大半はEU製
スイスが輸入する商品の7割はEU製で、特にドイツ製が圧倒的に多い。
サービスの輸出入でもEUはスイスにとって最大の貿易相手国で、2023年はスイスの輸出額の40%、輸入額の45%を対EUが占める。
対内直接投資(FDI)残高も二国間関係の強さを示す。EU企業による対スイス直接投資額は6010億フランと、スイスFDIの約3分の2を占める。筆頭はオランダ企業だ。
スイス企業による対外直接投資も、EU域内で行われることが多い。単独では米国が投資先だが、EU全体でみるとスイス企業は約5割に当たる5880億フランを投じる。
4. EUにとってスイスの存在感は小さい
スイスに比して、EU市場は巨大だ。人口はスイスの50倍、域内総生産はスイス国内総生産(GDP)の20倍を誇る。
ただスイスには高い購買力という強みがある。また付加価値の高い分野で専門性を磨いているスイスは、一定の分野ではEUにとっても不可欠な存在と言える。
EUからの輸出額の7%超、輸入額の約6%を占める。EUの貿易相手国の中でスイスは第4位だが、3位の英国に大きく引き離されている。
国別にみると、フランスやドイツにとって対スイス貿易額は9位にとどまるが、スロベニアにとっては第1位だ。スロベニアの貿易額の2割を対スイスが占める。
サービス部門ではスイスの存在感はもっと大きい。スイスは米国、英国に次ぐ第3位の貿易相手国であり、2022年は輸出の11%、輸入の7%を占めた。
直接投資での影響力も見逃せない。EUの対外・対内投資ともに、スイス企業は米国と英国に次ぐ第3位だ。
5. 製薬業界が牽引するスイス・EU関係
化学・医薬品のスイス・EU間貿易額は1080億フラン。二国間の貿易総額の3分の1を占め、主要貿易品目の一つだ。
EUにとって、スイスは米国に次ぐ医薬品供給国だ。金・時計の主要供給国でもあり、EUの精密機器の輸入額では米国、中国に次いでスイスからが多い。
一方のスイスは、自動車や石油、家具など国内でほとんど・全く生産していないモノを大量にEUから輸入している。
サービス部門では、観光・IT・輸送などをはじめ、スイスの対EU輸入額は同輸出額を上回る。ただ金融(90億フラン)と保険(25億フラン)ではスイスが貿易黒字を抱える。
6. スイスは対EUで貿易赤字
スイスは対EUで常に貿易赤字を抱える。医薬品を含めても輸入額が輸出額を上回る。
SECOの経済学者2人が2018年に経済誌「フォルクスヴィアトシャフト」で発表した記事によると、貿易赤字は経済的な問題を引き起こすものではなく、単に両国の産業の相互依存度の高さを反映している。
製造業では部品生産や加工を国外に移すことが増えている。
スイスもEUから部品を輸入して加工し、完成品を国外に輸出している。アイルランドからの化学・医薬品の輸入量が同国への輸出量を上回るのはそのためだ。
SECOによると、スイスは全体として貿易黒字国(2023年は480億フラン)で、二国間の貿易赤字にさほど大きな意味はない。
7. スイスの労働力の輸入元は欧州
人の移動の自由に関する協定外部リンクが発効した2002年以降、EU市民は収入源さえ確保されていればスイスで生活し働くことができる。その逆も同様だ。
この協定はスイスの移民構造を大きく変えた。スイスに移住するのはEU市民がほとんどで、特にイタリア、フランス、ドイツなど近隣諸国からが多い。EUからスイスへの2024年の移民数は差し引き6万4000人だった。
その大半は労働目的で、景気状況に応じて増減する。雇用機会が豊富で給与水準も高いスイスは、欧州の労働者にとっても魅力的な職場だ。
居住条件も良く、EUからの移民の多くがスイスに永住する。永住者の数は四半世紀の間増え続け、2023年には150万人と、スイス人口の17%を占める。
また隣国に住みながらスイスの職場に通勤する「越境労働者」の数は今や40万人と、2002年の16万3000人弱から2倍以上に増えた。
反対にEUに移住するスイス人の数については詳細データがない。欧州統計局(ユーロスタット)のデータでは2022年時点で約3万人とされているが、全ての加盟国を網羅していない。
各国統計局によると、この年のスイスからドイツへの移住者は約5千人、フランスへは4千人。EU全体に住むスイス人は46万人を下回る。
すべての二国間協定のうち、人の移動の自由に関する協定はスイスで最も多くの議論を呼んできた。経済的功罪については特に激しい論争をもたらす。
労働市場の開放により、特に国境に接する州では賃金水準が下がったり、スイス人労働者が就職できなくなったりすることへの懸念が生じている。ただ複数の研究が、「不随措置」によりこうした弊害が抑えられていることを実証している。
SECOは協定に関する監督報告書外部リンクを毎年発行しており、2024年版でも「スイスでは不足していた労働力需要を満たすことが可能になった」と結論付けている。人手不足の深刻な業界でも、こうした認識は共有されている。
保守派を中心に、移民数を制限する「割り当て制」への回帰を求める声は未だに根強い。割り当て制なら、スイス側の必要に応じて外国人労働者を受け入れることが可能だとする。だがSECOは、「割り当て制により労働力の供給が減り、採用コストの上昇につながる」と反論する。
EU代表部のフリドリッヒ氏は、二国間協定のさまざまな側面から経済的利益だけを取り出して考えることはできないと強調する。 「欧州企業にとってスイスが投資先として魅力的なのは、スイス子会社を設立すれば社員を派遣できることが確実だからだ」
編集:Samel Jaberg、独語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫

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