「スイス製」を売りにしないスイス老舗食品メーカー「Hero」
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スイスの老舗食品メーカー「ヒーロー・グループ(Hero Group)」は、ホテルの朝食でよく見かける小瓶のジャムで知られている。その戦略は、敢えて「スイス製」の伝統的なイメージを売りにせず、高級志向の購買層を特に狙いもしないことだ。その理由を、2012年から同社最高経営責任者(CEO)を務めるロブ・ヴェースルート氏が語った。
ハーブキャンディーの「リコラ(Ricola)」、チョコレートの「レダラッハ(Läderach)」、スイス・アーミーナイフの「ビクトリノックス(Victorinox)」など、スイスの消費財メーカーの多くは、スイスのルーツとそのイメージをアピールして高級志向の購買層をターゲットにしている。だがHeroはこうしたスイス企業と一線を画する戦略を貫く。
Heroは1886年にアールガウ州レンツブルクで創業した。スイスの老舗企業であることを積極的に宣伝しないため、海外ではスイスのブランドだとあまり知られていない。

Heroは近年、製品カテゴリーを絞り込み、欧州や米国を中心とした少数の市場に注力している。グループ資産の効率化にも着手し、昨年10月、レンツブルクのジャム製造所を閉鎖し製造を国外に移すと発表した。
国際的な買収戦略も同時に進めている。同社が直面する課題、そしてどこに将来の成功の鍵を見出しているのか、レンツブルクの本社でヴェースルート氏に聞いた。
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swissinfo.ch:Heroは典型的なスイスの他の国際企業と違い、プレミアム製品市場にターゲットを絞っていません。国際的にどんな立ち位置にありますか?
ロブ・ヴェースルート:私たちは「スイスネス(スイスらしさ)」を前面に出す他のスイス企業とは大きく異なります。Heroグループは親ブランドの下に複数の異なるブランドを集めた「ハウス・オブ・ブランド」です。一部の国では「Hero」で売っていますが、多くの国では「Organix」(ベビーフード)や「Corny」(シリアルバー)、「Vitrac」(ジャム)などのブランド名を使っています。スイス国内ではスイス企業だと認識されているものの、海外では、「Hero」というブランド名を見てもスイスと関係のない地元企業のものだと思われています。当社製品やブランドの中には高級志向の購買者向けのものもありますが、主力製品はその他の客層を対象にしています。こうした当社の状況を考えると、一様にどの国でも「Hero」というブランド名を使うのは得策ではないでしょう。
これまでは幅広い商品展開をしていましたが、現在はジャンルを絞り込んでいます。その理由は?
製品カテゴリーを厳選し、「競争優位性」のある地理的市場、そして高確率で成功できそうな購買層を見極めることが当社の主な課題です。ネスレやダノン、ユニリーバ、モンデリーズなどの大手競合他社に比べて当社は規模が小さいので、賢くターゲットを設定することが私たちの戦略です。
現在はベビーフード・幼児食、ヘルシースナック、ジャム・スプレッドの3つの製品カテゴリーに注力しており、それらが総売上高の75%を占めています。健康に配慮した食品や、3度の食事の合間に取る「スナッキング」への需要の高まりは、弊社が大きく成長するチャンスです。こうしたトレンドの追い風に乗るため、ビーガンスナックの先駆けである英国拠点の「デリシャスリー・エラ(Deliciously Ella)」を買収しました。
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2023年の売上げは71%が欧州、次いで北米が16%でした。今後、高い収益と成長が見込めそうな市場はどこですか?
販売国を絞ることも私たちの戦略の1つで、製品カテゴリー戦略に通じるものです。当社の製品は主にスーパーマーケットで販売していますが、大半の国では少数の大手チェーンが市場を支配しています。例えばスイスはミグロ、コープ、アルディ、リドルが市場の大部分を占めています。こうした巨大企業と交渉するには、そのカテゴリーで1、2位を争う「必須ブランド」を持たなければなりません。具体的には新興市場よりむしろ、これまで同様に欧州、米国、中東市場に重点を置きます。こうした主要拠点に十分な成長チャンスがあると考えています。
レンツブルクのジャム工場が閉鎖され、従業員48人が職を失いました。消費者に悪いイメージを与えると思いますか?また、顧客はHero製品の製造地を意識していますか?
国外ではHeroがスイスのメーカーだと知られていないばかりか、消費者は当社製品がどこで作られているかさえ知りません。レンツブルクのジャム工場を閉鎖したのは、生産能力が不十分だったからです。それでも国内販売する半分以上の当社製品は、現在もスイスかリヒテンシュタインで生産しています。
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消費者は美味しくて体に良い食品を求めています。この2つの条件を満たすため、例えばOrganixのベビーフードの砂糖の含有量など、どう配慮していますか?
もちろん美味しさと健康の両立は可能です。当社では製品の多くに、果物にも含まれる天然糖分のみを使用しています。低糖質や砂糖不使用のジャムやスプレッドも展開していて、その売り上げは急増しています。
フルーツジャムのカテゴリーでは、多くの人が「Hero」「Queensberry」「Casa de Mateus」など御社のブランドより、スーパーのプライベートブランド(PB)製品を好みます。どう対処していますか?
ベビーフード・幼児食、ヘルシースナックに関しては、スーパーのPB商品が占めるシェアは非常に低く、消費者の多くは当社のように信頼できるブランドを好む傾向にあります。フルーツジャムでは確かにPB商品のシェアが高いものの、グローバルに見れば当社ブランドの製品は確かなポジションを維持しています。
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割高であっても、消費者は持続可能な製品や環境に配慮した製品を購入したがっていると感じますか?
消費者の多くが持続可能性の重要性を理解していますが、そのために高いお金を払う用意はできていません。それでも、Heroはグループ内のバリューチェーン全体で温室効果ガス排出量「ネットゼロ」の目標を掲げ、邁進しています。また2019年をベースに持続可能性への取り組み状況を毎年評価し、自主的に報告書を公表しています。
サプライヤーの監督・管理責任を負う難しさはどこにありますか?
原材料の調達においては、100%私たちに責任があります。当社ではまず、入荷した全ての原材料の適合性を品質管理者がチェックし、さらに最終製品をチェックしてから出荷します。食品、特にベビーフードの安全性には細心の注意を払う必要があります。とは言えどんなに最善を尽くしても、完璧な食品会社というものは存在しません。重要なのは問題が起こった時にどう対応するか、消費者への迅速な情報提供、製品回収など、適切なプロセスを整えておくことです。
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人口1万人ほどの小さな村、レンツブルクに本社を置くメリットとデメリットは?
この村に本社を置いているのは、Heroがレンツブルクで生まれたからではありません。スイス市場はグループ売上高のほんの一部に過ぎませんから。スイスには優秀で国際的な人材がいて、食品業界の企業や団体も集中しています。加えて公共サービスやインフラも格段に整っており、税制面でも競争力がある。レンツブルクはチューリヒから20分です。現在スイスの本社では約60人が勤務しています。
スイス証券取引所への上場を廃止した今でも、競合他社が喜んで精査しそうな分厚い年次報告書を公表し続けている理由は何ですか?
優れたガバナンスには透明性、そして自発的に詳細な情報を公開する姿勢が不可欠だと考えるからです。
あなたが想像する10年後のHeroグループの姿は?
将来への正しい戦略を策定し、特にベビーフード・幼児食、ヘルシースナックという製品カテゴリーに賭けて、成功していると確信しています。今後も着実に成長を続けて行くことに希望を持っています。
編集:Virginie Mangin/ts 英語からの翻訳:由比かおり、校正:ムートゥ朋子
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