スイス、持続可能なコーヒー目指し業界が結束 専門家は効果なしと一刀両断
サステナブルなコーヒー生産を巡り、昨年6月スイスで新たな組織が誕生した。官民一体となり環境やコーヒー農家を保護するのが狙いだが、アプローチに拘束力がないとして早くも批判を浴びている。
スイスはコーヒー大国だ。「スイスコーヒー貿易協会(SCTA)」にはネスレをはじめ、米スターバックスや日本のUCCなど世界の名だたる企業が名を連ね、世界中のコーヒー生豆(未焙煎の豆)取引の半分以上に関わっている。焙煎豆の輸出額でもスイスはトップだ(2023年で30億フラン以上、約5124億円超)。これは、自社のコーヒー豆を全てスイスで焙煎するネスレの存在によるところが大きい。
だが市場を牽引してきたスイスの足元がぐらつき始めている。コーヒー豆の調達を巡る欧州連合(EU)の規制強化に加え、コーヒーだけでは生計を立てられない現地の小規模農家とも向き合わねばならないためだ。
森林破壊を食い止めたいEU
より持続可能なサプライチェーンを確立するため、スイスでは昨年6月「スイス・サステナブル・コーヒー・プラットフォーム(SSCP)外部リンク」が設立された。スイス連邦政府が支援するこのプラットフォームは、民間企業、非営利団体、学術機関、政府が一丸となり、持続可能なコーヒー調達の問題に取り組む。
この背景には、EUがコーヒー業界に突き付けた「欧州森林破壊防止規制外部リンク(EUDR)」の導入がある。EU内で流通するカカオ、コーヒー等の7品目に対し、生産が森林の破壊につながらないと2020年まで遡って証明することが義務付けられ、今年12月30日から適用される。EUはスイスが2023年に焙煎コーヒーの44%を輸出した「お得意様」だ。
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スイスがコーヒーマシンの世界大手になるまで
コーヒー産業が抱えるもう1つの課題は、農家がコーヒーの収入だけで生計を立てられるようにすることだ。コーヒー農家の生活向上や自然保護の促進を目指す組織「グローバルコーヒープラットフォーム(Global Coffee Platform)」が2023年に発表した報告書外部リンクでは、世界最大のコーヒー生産国であるブラジルの小規模農家が経済的に苦しむ実態が明らかになった。農園が5ヘクタール以下の場合、コーヒーだけでは生活が成り立たない。スイスのコーヒー振興協会「プロカフェ(Procafé)」によると、世界のコーヒーの約7割は小規模農家2500万人の手で生産されている。スイスのコーヒー業界が今後も高品質で安定したコーヒー豆の効率的な供給を保証し、価格変動を避けられるか否かは、全て彼らの肩にかかっているのだ。
スイスコーヒー貿易協会の事務局長、並びにその包括組織「CIコーヒー・スイス(CICS)」の議長を務めるクリスティナ・サライ氏は「企業はコーヒーの調達方針の最適化はできても、発展途上国の貧困といった体系的な問題に取り組むとなると訳が違う。貧困は多面的な問題だ。経済的不平等や教育の欠如、不十分な医療、政情不安、そして環境破壊など根深い原因を持つ。コーヒー豆の価格を上げれば済む問題ではない」と指摘する。
官民一丸
ネスレといった大手企業は、持続可能な農業を推進する認証機関「レインフォレスト・アライアンス」と提携し、既に数十年前から環境と労働の問題に取り組んできた。同社は今年中に全てのコーヒーを責任ある方法で調達すると約束している(2023年で92.8%)。
SSCPのように、スイスのコーヒー業界が一丸となり業界のニーズに適した環境、労働、生活賃金の課題に取り組むのは初の試みだ。
サライ氏は「コーヒーセクターが持続可能かどうかは、認証を取得したコーヒーの量といった単一の指標だけでは測れない。環境保護に限らず、社会公平性や経済的な実現性、そしてコーヒー農家やそのコミュニティが満たされているかなど、幅広い要素が含まれる」と言う。
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連邦経済省経済管轄庁(SECO)の協力を得たスイス政府は、持続可能なコーヒーを語る上で重要なパートナーの1人だ。SECOは連邦外務省開発協力局(DEZA/DDC)と並び、外国における開発事業に関する政府主要機関の1つに数えられる。
ネスレや農産物商社オラムのような民間の有力メンバーからの資金が入り始めるまで、SECOは初期投資として4年間で約800万フランをSSCPに出資する。そのうち700万フランはコロンビア、ペルー、インドネシア、ベトナムなど、SECOが優先するコーヒー生産国で実施されるプロジェクトの共同出資にあてられる。
最終的な目標は、民間セクターにもSECOと同等の資金を拠出してもらうことだ。メンバー企業は、会社の規模に応じそれぞれ最大2万フランの年会費を支払う必要がある。また、コーヒー生産国で行われるプロジェクト費用の5割以上出資するよう求められる。こうした将来の資金調達について、ネスレなどのメンバーは「時期尚早」としてswissinfo.chへのコメントを控えた。
SECOの貿易促進部門でプログラムマネージャーを務めるマルコ・クロイチ氏は「開発協力だけでは、コーヒーの持続可能性を巡る全ての問題を解決できない。SSCPは官民が力を合わせ、民間セクターからの資金も有効に活用していく」とした。
政府と民間企業から得た資金は、SSCPを通じ農家の生活や収入の改善、気候変動の緩和と適応、人権や労働権、デューディリジェンス(適正評価手続き)といった課題への取り組みに使われる。SSCPは単に企業の規制や社会的責任をアウトソーシングするだけの機関にならないよう肝に銘じる必要があるとクロイチ氏は強調する。
「スイス企業が国際規制を守るのを手伝うのがSSCPの役割ではない。副次的にはそうかもしれないが、国際協力の本来の目的ではない。最終的なメリットは、コーヒー生産国の農家が得るべきだ」
ただ、こうした異業種からなる団体が持続可能なコーヒーについて共通の認識で合意するのは容易ではないと認める。
「このようなプラットフォームは、関係者が必要最低限の内容でしか妥協できないと思われがちだ。プラットフォームのメンバーは、持続可能なコーヒーとは何かについて一枚岩になる必要がある。メンバー全員に同意を求めた意思表明書は、その第一歩だ」(クロイチ氏)
カカオセクターの経験値がベースに
SSCPのベースにあるのは、スイスのチョコレート産業が2018年に官民一体で設立した非営利団体「スイス・サステナブル・カカオ・プラットフォーム(SWISSCO)外部リンク」だ。いずれの団体も、各メンバーは責任共有の原則に基づき、貧困、気候、森林破壊といった世界的な課題に取り組む。カカオもコーヒーと同様、小規模農家の生産に依存している。特にカカオセクターでは、スイスが世界貿易と生産において重要な役割を果たしている。2018年以降、SWISSCOはカカオ生産地域における45件のプロジェクト(総額6400万フラン)を支援してきた。こうした取り組みが実を結び、スイスの輸入に占める持続可能なカカオの割合は、2017年の5割から2023年には8割強に上昇した。
「SWISSCOの経験から、株主らの交流と協力を強化するメリットは大きいことが分かっている。今日、株主間での結束が強まり、信頼度も増した。透明性のある対話や具体的な協力に対してもオープンになった」とSWISSCOの最高経営責任者(CEO)クリスチャン・ロビン氏は言う。
欠ける法規制
一方、スイスのコーヒー産業はチョコレート産業と同じ道を歩むべきではないとの意見もある。スイスの反汚職NGO「パブリック・アイ」は、EUDRように法的拘束力のある規制でもない限り、SSCPは「単なるディスカッションフォーラム」に陥る危険性があると警告する。
パブリック・アイのカーラ・ホインクス氏は、SSCP発足当日に発表したプレスリリース外部リンクで「スイスが重い腰を上げ、デューデリジェンスに法的拘束力を持たせ、効果的な制裁を導入する方がよほど意味がある。ところが政府は、拘束力のない、具体的な成果も期待できない対話にばかり固執している」と批判した。
これより前の昨年2月、連邦政府は「当面の間は」スイスで同様の規制導入を見送ると決定していた。EUに製品を輸出しない企業への行政負担が増えるというのがその理由だ。代わりに「森林破壊ゼロ」を謳うEUのEUDRがスイス企業に与える影響を評価するため、夏に再度会合が予定されている。
SSCPが環境問題に取り組む見せかけばかりの「グリーンウォッシュ」との汚名を着せられぬよう、(理事会の半分を占める)NGOや学界のメンバーの手腕に期待がかかる。
編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:シュミット一恵、校正:大野瑠衣子
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