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ホルモンまみれの「完璧」なリンゴ、その代償は

リンゴの大きさをチェックする果樹農家
リンゴの大きさをチェックする果樹農家 Keystone / Gian Ehrenzeller

色や形がきれいな果物を提供するため、果実農園では植物生長調整剤(植物成長ホルモン)が広く使われている。だが人体への影響に関する研究は少なく、そのリスクについてはあまり知られていない。

スイス人がこよなく愛する果実、リンゴ。スイスの果樹農家のためのロビー団体「スイス果物組合)」によると、リンゴはスイスで最も人気がある果物で、消費者は年平均100個以上のリンゴにかぶりつく。

だがそのリンゴには、見た目を良くするために、人体に害を及ぼす可能性がある植物生長調整剤が使われていることはあまり知られていない。スイスのリンゴ園では、毎年こうした薬剤が約300 kg散布されている。これはリンゴ栽培面積の8割を優にカバーできる量だ。植物生長調整剤はまた、木に実る果実の数を減らし、残った果実を大きく収穫する「薬剤摘果」にも使われる。

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連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)の研究員、ルッカ・ザッハマン氏は「スーパーマーケットの場合、(買うか買わないかは)リンゴの見た目で決まる」と話す。「価格や品種、生産方法、原産地などが消費者の選択に影響することもあるが、それ以外の判断材料はあまりない」

リスクはあまり知られていない

病害虫の駆除に使う農薬が人体に与える影響については数多くの調査があるが、植物成長調整剤についてはこれまであまり問題視されてこなかったため、健康との関連性を示す研究がほとんど存在しない。

ある科学文献のレビュー外部リンクによれば、植物生長調整剤には内分泌かく乱作用を持つものもあり、性ホルモンの産生に悪影響を与え、生殖機能に支障をきたす可能性がある。これらの化学物質は食品や人間の尿からも検出外部リンクされており、暴露による農業従事者や消費者への有害性が懸念されている。

連邦内務省食品安全・獣医局(BLV/OSAV)はswissinfo.chの取材に対し、「審査を経て認可された農薬は、植物生長調整剤も含み、(該当する使用条件や禁止事項を守って)正しく使えば、人体に有害な影響を及ぼさないとされる」とEメールで回答した。

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欧州連合(EU)と同様、スイスでも植物成長調整剤は農薬と同じように扱われる。使用には規制当局から承認を受ける必要があり、ラベル表示や最大許容残留量についても一定の決まりがある。そしてこれらの薬剤が私たちの健康を脅かす可能性があるのも、農薬と同じだ。

世界保健機関(WHO)がとりまとめた化学物質の危険有害性に関する分類・表示の世界調和システムでは、25種類の植物成長調整剤がリストアップされ、リスク別に5段階に分類されている。毒性評価には標準的な指標であるラットの致死量が用いられた。リストの中に「極めて高い」、あるいは「非常に高い」区分に分類された成長調整剤はなかったものの、中程度の危険有害性(5段階中3番目に高リスク)に分類される薬剤が8種類あった。そのうち4種類は(塩化クロルメコート、メピコート、ナフチルオキシ酢酸、パクロブトラゾール)スイスで認可されている。一方、EUでは2種類(パクロブトラゾールとメピコート)しか認めていない。

スイスの環境保護団体プロ・ナトゥーラは、これまで植物成長調整剤について反対運動を起こしたことはないが、環境を汚染する物質には変わりなく、削減すべきだと考える。

広報担当のニコラ・ヴュートリッヒ氏は「化学物質によって環境や私たちの体が汚染されることは絶対に避けるべきだ。果物や野菜の見た目がますます『完璧』になり、それが消費者にとって当たり前になれば、むしろ逆効果」だと言う。

ドイツをはじめ欧州数カ国で活動するNGO「フードウォッチ」は、成長調整剤を含むEUで使われる農薬を2035年までに全廃する運動を展開している。移行にあたり、まずは小麦やトウモロコシなどの穀物から取り掛かるよう提案する。こうした農作物は農薬の使用が最も普及しており、止めるのも最も安価で簡単だからだ。果実類も脱農薬の視野に入れているが、こちらは若干時間を要するかもしれない。

広報担当のサラ・ホイザー氏は「ブドウやリンゴ農家は、これら作物に特有な病害虫の課題を抱えるため、移行は長引くだろう」と言う。「それでも単に見た目だけの問題なら、段階的に農薬をなくすことも可能だ」

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結局はコストの問題

ザッハマン氏は今年5月、果実の外見を良くするためにスイスのリンゴ農家で使われる植物成長調整剤についての研究を発表した。ベースとなった調査には、スイスのリンゴ栽培面積の4分の1をカバーする約200の生産者から回答を得た。それによると、約2割の農家が果実の外見を良くするために、約6割の農家が薬剤摘果のために成長調整剤を使っていた。

農家の販売ルートによっても違いがあった。同調査では、作物を仲介業者に卸す農家の方が、消費者に直接販売する農家より植物成長調整剤を使う傾向が強かった。外見を良くするための散布は、前者の方が後者より約3割多かった。またリンゴを大きく育てるための薬剤摘果についても、前者の方が後者より約2割多かった。主な理由はコスト上の問題だった。

「仲介業者に卸す農家の方が、リンゴの格付けが下がった時の損失が大きい」とザッハマン氏は説明する。同氏の推算では、少々のキズや欠点が許されるクラス2のリンゴの価格は、厳しい外見の規格をクリアしたクラス1の価格の約4割にしか満たないという。これに対し産直農家の場合、クラス2のリンゴでもクラス1の7割近い値を付けられる。

では、不自然なまでに完璧なリンゴを有利にし、農家に成長調整剤を使わざるを得ないようにしている張本人は誰なのか?

スイス最大のスーパーマーケット・チェーン「ミグロ」の広報担当者、トリスタン・セルフ氏は、果物の見た目に応じた価格のガイドラインはなく、常に「各農業部門が設定した基準価格をもとに生産者に支払う価格を決定する」と話す。

果物部門の基準価格は、スイス果物組合とスイス果物・野菜・ジャガイモ協会(SWISSCOFEL)が設定する。スイス果物組合のガイドラインでは、食用リンゴを外見に応じ3段階(エクストラクラス、クラス1、クラス2)に分類している。エクストラクラスは、外見に影響のないごくわずかな表皮のキズ以外は許されない。クラス1は、わずかな欠点は許されるが、表皮の欠点は1 cm2以下のサイズとする。クラス2は少し条件がゆるく、欠点のサイズが2.5 cm2まで許されるが、それでも一定の最低基準は満たす必要がある。

農家には死活問題

外見についてここまで厳しい規格があるにもかかわらず、スイス果物組合は、見た目の改善のために農薬を使うのはガイドラインが原因ではないと反論する。エディ・ホリガー副会長の説明では、長期保存を可能にし、時間が経っても販売できるクオリティを満たすリンゴ作りが植物成長調整剤の目的だという。

また、「農業で利益を上げ、持続可能であるためには、作物の味だけでなく、見た目の品質も重要」と続ける。「収穫量にばらつきが出ないよう、非常にデリケートなアプローチが必要だ。ある年は大きすぎる果実が少ししか取れずに在庫がすぐに底をついたり、またある年は小さすぎて商品にならない果実ばかりが大量に発生したりすることがないように」

そして植物成長調整剤の禁止や、大幅な削減を求める規制は、果樹農家を経済的に破綻させかねないと指摘する。「農家が対策を講じなければ、収益はあっという間に赤字となり、生産を続けられなくなる。そのリスクはあまりにも大きい」だがスイスでは、農薬への風当たりがますます強くなっている。スイス連邦政府は2023年、こうした農薬による環境への悪影響を2027年までに半減させるという目標を掲げた。プロ・ナトゥーラは、植物成長調整剤もその対象に加えるよう求めている。

「十分な研究がないのなら、予防的な措置を取るべきだ。現在使われている成長調整剤に関しては、使用を減らすよう勧める(ザッハマン氏の)研究結果を支持する。また、成長調整剤も政府の農薬削減計画に盛り込むべきだ」(プロ・ナトゥーラ、ヴュートリッヒ氏)

編集:Nerys Avery/ts、英語からの翻訳:シュミット一恵、校正:宇田薫

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