世界の医薬品アクセス、上向きだが失速
低中所得国での医薬品アクセス向上に取り組む製薬大手企業を格付けした今年のランキングで、スイスのノバルティスが初めて世界トップに立った。しかし新型コロナウイルス感染症のパンデミック終息以降、業界全体の動向は鈍っている。
2024年の「医薬品アクセスインデックス」の世界ランキングで、スイスのノバルティスが初のトップを獲得した(前回2022年は4位)。2008年のランキング開始以来首位を独走してきた英グラクソ・スミスクラインは2位、スイスのロシュは前回から1つ下げて11位だった。
今回の結果は、世界の大手製薬企業の取り組みが「緩やかに前進」していることを示している。だがランキングを調査・発表するオランダ拠点の非営利法人「医薬品アクセス財団外部リンク」は、今のペースでは到底、世界の健康格差は解消できないと警告する。
世界保健機関(WHO)の2019年の報告外部リンクによれば、世界で20億人近くが必須医薬品を入手できない状況にある。医薬品が①高額②入手不可能③低所得国のニーズと一致していないことが主な原因だ。
医薬品アクセス財団のジェイエスリー・アイヤー最高経営責任者(CEO)はswissinfo.chの取材に「最貧国における自社医薬品へのアクセス向上に向けたビジネスモデルを発表する企業は増えている」とする一方で、進歩は予想より遅く「現時点ではもっと大幅な前進が見られると期待していた」と話す。
同財団は過去15年間、大手製薬企業20社の低中所得国における医薬品アクセス向上に向けた取り組みを評価し、 2年ごとにインデックスを発表してきた。
今回はWHOの新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言終了から1年後の発表となった。調査から発表までの間に、ワクチン供給の公平性や新薬の特許権の非独占化を求める世論の圧力は弱まった。
自発的ライセンス
2024年の新規の自発的ライセンス供与(先発医薬品メーカーが後発品メーカーに安価に特許使用を許諾すること)は、前回2022年の6件から2件に落ち込んだ。そのうちの1件は、評価期間中に抗がん剤の自発的ライセンスを行った唯一の企業ノバルティスだ。
自発的ライセンス供与は特許切れ前に後発医薬品の製造を可能にし、薬価の引き下げにつながる。ただ製薬企業は自社の価格プレミアム(ブランド分の価格上乗せ)を脅かすとして積極的な取り組みを避けてきた。だが自発的ライセンスは先発・後発品メーカーの両方に最大17%の収益増加をもたらすとの調査結果外部リンク(今年4月発表)もある。
ライセンス供与はパンデミック中に活発化したものの、現在は以前の水準に戻っている。インデックスの報告書は「過去数年間の勢いが衰えていることが懸念される」と指摘する。
このほか、マラリアや結核など、特に低所得国において優先度の高い疾病への投資が減少傾向にあることも懸念事項に挙げる。上記製薬企業20社におけるこれらの疾病に関する新規プロジェクト総数は、2022年は151件だったが、今回は93件に激減した。
CEO報酬を医薬品アクセスに連動
今回のインデックスでは、一部の疾病分野への投資が減少する一方、企業が既存薬や新薬のアクセスを世界に拡大する取り組みにより重点を置くようになったことも明らかになった。
ノバルティスの医薬品開発の後期プロジェクトの約96%が医薬品アクセス計画を含み、CEOの報酬を医薬品アクセス実績と連動させている。同社は、医薬品アクセス目標を紐づけた初のサステナビリティ連動債(持続可能性目標の達成度に連動する債券)を発行した。
一方ロシュは、後期開発プロジェクト件数自体はノバルティスを上回るが、医薬品アクセス計画を含むものは3分の1程度しかない。ロシュの広報担当者はswissinfo.chに対し、同社は慢性疾患の革新的な医薬品に重点を置いており「これらが必要とする専門的なケア・パスウェイ(病気の予防から治療、回復に至る道筋)と医療インフラは全ての国で整備されているわけではない」と回答した。
低所得者層も戦略の枠組みに入れたいわゆるインクルーシブ・ビジネスモデルの導入企業は20社中5社だ。ノバルティスはその1つで、2019年、サブサハラ(サハラ以南アフリカ)の44カ国に廉価版の医薬品「新興市場ブランド」を個別に立ち上げた。他の4社(デンマークのノボノルディスク、米ファイザー、仏サノフィ、米ブリストル・マイヤーズスクイブ)はいずれも、一部の製品について低所得国向けの価格戦略や個別ブランドを設定している。
ノバルティスは昨年、後発医薬品メーカーのサンドを売却したが、医薬品アクセス計画には影響していないようだ。ノバルティスはサンドとの良好な関係を維持し、引き続き既存の後発医薬品と新薬をサブサハラに供給している。
不透明な活動と成果
こうしたビジネスモデルの効果を測るのは難しいと医薬品アクセス財団のアイヤー氏は言う。今年のインデックスでは初めて、薬が届いた患者の数(以下、患者到達数)やその薬の効果の観点から企業が自身のビジネスモデルを実際にどう評価・報告したかを厳密に調査した。その結果、全体的に企業の取り組みや成果は低下していることがわかった。
米アッヴィを除く19社は、各国における自社必須医薬品の患者到達数の追跡方法を共有している。だが算出方法は統一されておらず、実際の患者数を報告しているのは17社にとどまる。
患者到達数を表す場合、企業は一般的に売上高を使う。しかし具体的な数を提供する企業は極めて少ない。今のところ、自社モデルを通じて提供される医薬品の正確な患者到達数を公表している企業はサノフィのみだ。
透明性にも大きな差がある。ノバルティスは、同社のビジネスモデルに組み込まれている製品が入手できる場所や、そのモデルによる患者到達数について、ごく限られた情報しか公表していない。今年のインデックスによれば、同社は慢性心不全や高血圧症の薬エンレスト(一般名:サクビトリルバルサルタンナトリウム水和物)の廉価版を発売したが、入手できるのは低所得国1カ国のみだ。
ロシュは2026年末までに、低中所得国で革新的治療薬の患者到達数を現在の2倍にする目標を掲げ、毎年進捗状況を発表している。だが、製品や地域別の内訳は明らかにしていない。
同インデックスは、企業がこれまでに発表した患者到達数では、世界の実際の医療ニーズを到底満たせないと指摘する。調査対象の薬の約半分は、それを必要とする疾病が好発する国で登録すらされていない。
アイヤー氏は「製薬業界の大部分は依然として米国市場に焦点を当てており、米国市場の動向によって米国以外への医薬品アクセスの如何が決まる」と話す。「問題は、我々の社会が米国市場に依存し、(低中所得国の)政府資金による医薬品アクセス促進に頼り、製薬企業に利益が還元されない分野への投資に甘んじていることだ」
編集: Reto Gysi von Wartburg/ts、 英語からの翻訳:佐藤寛子、校正:宇田薫
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