チョコレートだけじゃない 児童労働が蔓延する産業
チョコレート業界は長い間、児童労働問題について厳しい目が向けられてきた。しかし、私たちが日頃飲んでいるコーヒーもまた、子どもの搾取と切っても切れない関係にある。
「あなたが焼いたチョコレートケーキ、子どもたちが学校の募金運動で売ったキャンディーバー、あるいは土曜の午後に楽しんだキャラメルソース入りのアイスクリームには、あなたの知らない成分が含まれているかもしれない。それは奴隷労働だ」
2001年6月24日付の米新聞大手ナイトリッダー(2006年に買収、消滅)の調査報道記事は、そんな衝撃的な書き出しで始まった。全米を賑わせたこの記事には、わずか9歳のマリの子どもたちが、米チョコレート産業の仕入れ先であるコートジボワールのカカオ農園に奴隷として売られて行く実態が書かれていた。
この不名誉な事実を知った米国人は、怒りを爆発させた。エリオット・エンゲル下院議員はこれを受け、米国内で販売されるチョコレート製品向けに「児童奴隷なし」というラベル表示を作るための改正法案を提出。賛成票291票、反対票115票で下院を通過した後、審議は上院に移った。
だが、何としても法制化を阻止したいチョコレート製造業者協会は、代わりに官民の自主協定である「ハーキン・エンゲル議定書」を米国、ガーナ、コートジボワールの政府と締結した。西アフリカ産のカカオが国際労働機関(ILO、本部ジュネーブ)の定める最悪の形態の児童労働なしに生産されたことを証明する自主基準を、2005年7月までに策定・実施することなどを誓約した内容だ。署名した大手チョコレート企業8社には、スイスのネスレとバリー・カレボーも名を連ねた。
だが、この議定書の誓約を期限内に達成できず、幾度も延長された。2010年には、誓約内容を縮小した「西アフリカの児童労働を2020年までに7割削減する」という共同宣言に合意したが、これも達成できなかった。シカゴ大学全米世論調査センター(NORC)が2020年に発表した、カカオ栽培世帯に関する最も包括的な調査によると、主要生産国のガーナとコートジボワールでは、推定約156万人の子どもが依然として虐待的な環境下で働いていた。
非政府組織(NGO)「持続可能なカカオのためのスイスプラットフォーム」の最高経営責任者(CEO)クリスチャン・ロビン氏は「私たちはハーキン・エンゲル議定書、業界のコミットメントや目標と平行し、20年以上にわたり児童労働の問題を追及している。しかし進展はいまだ限定的だ」と話す。
カカオ豆だけではない
児童労働では過去20年間、チョコレート業界に厳しい目が向けられてきた一方で、同じく児童労働が蔓延する他業界の商品はそこまで注目されてこなかった。米国労働省が隔年で更新する「児童労働や強制労働を利用して生産したと疑われる物品のリスト(人身取引被害者保護再授権法(TVPRA)に基づくリスト)外部リンク」の2024年版は、児童労働がサトウキビ、コーヒー、タバコといった他の商品でより広く蔓延していることを示している。
ロビン氏は「カカオ農園の児童労働が問題視されるのは当然としても、それだけでは非常に偏っている」と指摘する。「この問題の複雑さを理解し、カカオ以外にも目を向けなければ、正しい解決策は見つからない」
ILOは2000年から世界の児童労働を監視し、その実態を4年ごとに報告書にまとめている。最新版(2021年)は非常に厳しい内容だ。それによると2020年には推定1億6千万人が(女子6300万人、男子9700万人)が児童労働に従事していた。世界中の子どもの約10人に1人に相当する。前回2016年の推定1億5200万人を上回り、モニタリング開始以降、初めての増加となった。これは2015年の国連サミットで採択された17の持続可能な開発目標(SDGs)の1つ、「2025年までにあらゆる形態の児童労働を撲滅する」というターゲットが達成されないことを意味する。
ILOで児童労働問題を担当するシニアオフィサー、ベンジャミン・スミス氏は「児童労働が全体的に増えている。あらゆる形態の児童労働に対し、問題意識を高めることが喫緊に必要だ」と話す。
コーヒーと児童労働
チョコレートの影であまり注目されてこなかった商品の1つに、コーヒー豆がある。米国労働省の発表では、コーヒー生産国17カ国で児童労働が報告されている(ブラジル、コロンビア、コスタリカ、コートジボワール、エルサルバドル、ドミニカ共和国、グアテマラ、ギニア、ホンジュラス、ケニア、メキシコ、ニカラグア、パナマ、シエラレオネ、タンザニア、ウガンダ、ベトナム)。
コーヒー産業における児童労働の統計は極めて少ないが、入手可能な報告書の内容は悲惨だ。コスタリカが2015年に発表した「2011年全国家計調査(ENAHO)」によると、同国の児童労働者の8.8%をコーヒー産業が占め、5~14歳の児童約1422人が従事していた。ベトナムが2014年に発表した「2012年全国児童労働調査」では、コーヒー栽培に従事していた児童は推計3万4131人で、そのうち約36.7%がベトナムの就業可能な最低年齢(15歳)を下回っていた。
コーヒー栽培の児童労働を撲滅するため、非政府組織「フェアトレード・インターナショナル」や国際NGO「レインフォレスト・アライアンス」は、基準を満たさなかった場合サプライヤーが責任を問われる認証制度を構築した。
フェアトレードは、協同組合のメンバーで、かつGPSで位置情報を把握している農園に対象を限る。認証専門会社「FLOCERT」などの第三者機関による査定が定期的に行われ、専門家が農場を訪問して労働条件を審査する。問題が認められた場合、是正されるまで農場は業務停止になる。組織的な違反はフェアトレード認証を失う原因にもなる。
同機関でシニア・コーヒー・アドバイザーを務めるモニカ・ファール氏は「フェアトレード認証のコーヒーなら、児童労働の摘発と監視の仕組みが機能している商品であることが保証されている。子どもたちが安全な環境で暮らせることが私たちの優先事項だ」と話す。
またレインフォレスト・アライアンスのコーヒー認証制度も、児童労働を監視し、農業基準や持続可能性基準をチェックする。この認証制度は「評価と対応」アプローチをとる。まず認証農園が児童労働を防止・監視するための内部委員会を設置する。次に問題が見つかった場合、認証機関の指示をあおぎ是正する。農園側がこの監視体制の構築を怠った場合、たとえ監査で児童労働が見つからなくても認証が取り消される可能性がある。この制度の目的は、合格・不合格の二者択一モデルから脱却し、効果的に児童労働を摘発・撲滅する強固なシステムを構築することだ。
レインフォレスト・アライアンスで生活・人権ディレクターを務めるダリア・トスキ氏は「現場での経験から、厳格なゼロトレランス(一切許容しない)アプローチは機能せず、問題を水面下に追いやる恐れがあることが分かっている」と述べた。
本当に「児童労働」なのか
コーヒー部門に30年間携わってきたフェアトレードのファール氏は、中米に10年間滞在した経験を持つ。「家族経営農家の生活はとても厳しく、皆で(作業に)協力する。コーヒーの木も天候も、(農家の都合を)待ってはくれない」
学校の休みは収穫時と重なることが多く、子どもたちが豆の収穫や加工を手伝うのは至って普通だという。「豆の選別は夕刻に家族皆でやることが多い。私たちがトランプゲームでもするような感覚だ」とファール氏は話す。
年上の子どもは剪定や堆肥投入、雑草抜きなどの維持管理作業を手伝うこともある。「将来は自分も農家になる可能性が高いため、徐々に仕事を覚える必要がある」
しかし農家の力の及ばない要因が問題を複雑にしているケースもある。例えば、コーヒー生産国の中には社会的・政治的紛争に直面する国がある。治安情勢によっては学校や保育施設がなく、子どもを家に残しておくことさえ危険な場合もある。児童労働が疑われる事例を調べていて、深掘りすると別の事情が明らかになったケースもあるとファール氏は振り返る。
「ある農家の幼い女児がコーヒー農園にいるのを目撃され、児童労働を疑われたケースがある。しかし家の近くに準軍事組織がいたため、一緒にいる方が安全だと判断した父親が娘を畑に連れて行っただけだった」
レインフォレスト・アライアンスは現地の状況も考慮し、社会的リスクを区分けした地図を作成した。例えばメキシコは、グアテマラから国境を越えてくる子連れの移民家族が多く、児童労働のリスクが「中程度」に分類される。メキシコの認証農家はそのため、標準的なリスク評価に加え、認証取得2年目以降は児童労働についてより厳密な根本原因の特定と評価が求められる。
カカオセクターの教訓を活かせ
20年にわたる取り組みを経た今もなお、チョコレート業界は児童労働を撲滅できずにいる。しかしその経験から得た教訓は、他のセクターでも応用できる。その一例が、チョコレート業界がいち早く導入したILOの児童労働監視改善システム(CLMRS)だ。
CLMRSでは、現地のコミュニティファシリテーター(進行役)がカカオ農園で働く子どもたちを特定・登録し、家族や企業、地元政府と協力して根本的な問題解決に取り組む。これには学校の制服を提供したり、母親が小規模の商いを立ち上げるのを支援したりといった対策が含まれる。CLMRSを実施する国際ココアイニシアチブによると、ガーナとコートジボワールのカカオ農園では、コミュニティファシリテーターによる2度のフォローアップ訪問の後、児童労働が36%減少した。チョコレート業界は、今年中にガーナとコートジボワールの全てのカカオ生産世帯をCLMRSや同様のシステムで管理できるようにしたい考えだ。
しかし、ガーナをはじめとするカカオ生産国からは批判が噴出した。既に各国に存在するカカオ委員会などと連携する手法ではなく、企業本位のCLMRSを押し付けたというのが彼らの主張だった。
この経験をふまえ、コーヒーセクターで昨年6月に新たにスタートしたイニシアチブ「CLEARサプライチェーン・プロジェクト外部リンク」では、より協調的なアプローチが採用された。ホンジュラス、ウガンダ、ベトナムでILO主導のもと欧州連合(EU)が出資する1000万ユーロ(約16億円)規模の同イニシアチブでは、地域ベースのアプローチでサプライチェーンにおける児童労働の根本原因にメスを入れる。
プロジェクト・マネージャーのウーター・クールズ氏は「CLMRSは政府主導で実施し、民間セクターは協力に徹するべきだ。それをカカオセクターから学んだ」と言う。
重複を避けるため、ILO、国連食糧農業機関(FAO)、国際貿易センター(ITC)、国連児童基金(UNICEF)の4つの国連機関が同じ農村で活動するが、各機関はそれぞれ児童労働撲滅への取り組みに必要な分野を1つ担当する。自社の児童労働対策を同プロジェクトと連携させる民間企業11社には、インスタントコーヒー「ゴールドブレンド」やカプセル式コーヒー「ネスプレッソ」などのブランドを展開するネスレも含まれる。
昨年6月に正式に発足した「スイス・サステナブル・コーヒー・プラットフォーム」の広報担当者によると、CLMRSや各種の認証制度、そして産業界、地元政府と市民社会の協力といった取り組みは、カカオ生産における児童労働削減に効果があることを実証した。
広報担当者は「カカオ産業が得たノウハウは、コーヒー産業の指針になる。利害関係者が同様に貢献し、責任の所在を明確にすれば、これらのモデルはコーヒー産業でも応用できる」と話している。
Edited by Nerys Avery、英語からの翻訳:シュミット一恵、校正:宇田薫
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