医薬品の高騰、どう防ぐ?
日米欧で画期的な新薬が患者に希望を与える一方、高額な薬価が患者や医療システムの負担となっている。製薬企業・患者・保険者がそれぞれ納得できる価格を導き出すにはどうすればいいのか?チューリヒ大学のケルスティン・ノエル・ヴォキンガー教授は、治療効果についての透明性を高めることが第一歩だと話す。
swissinfo.ch:薬価に満足している人は誰もいない。製薬会社は価格を抑え込めばイノベーションが阻害されると主張し、患者側や保健当局は医薬品の高額化に抵抗する。問題の核心はどこにあるのか?
ケルスティン・ノエル・ヴォキンガー:これは新しい問題ではない。「適正価格」とは何か、長らく議論されてきたが、問題は加速・深刻化した。問題の一つは、値段の高い薬が増えていることだ。年間治療費が15万ドル(約2400万円)を超える薬もあり、遺伝子治療には200万ドル以上かかる。これは新次元だ。
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もう一つの問題は、多くの医薬品が承認時点で有効性に関する証拠が減っていることだ。米国だけでなく、欧州、スイス、その他の国々で迅速承認制度の適用が増えたことが一因だ。迅速承認の目的は、患者にとって治療価値の高い医薬品の開発を奨励し、いち早く利用できるようにすることにある。製薬企業は承認後に追加の証拠を提出することになっているが、必ずしもそうしなかったり、遅らせたりするとの研究がある。
証拠が少ないうえに価格が高いというのは、患者にとっても社会にとっても有害だ。
なぜ政府は追加の証拠を求めないのか?
患者が新薬を利用できるようにするよう、政府は急かされている。
高価な薬は命に関わる病気の治療に使われることが多いため、証拠が少ないことが多いのは驚くことではない。実際は、ある程度希望に投資しているようなものだ。まれな病や命に関わる病気の患者は治療を必要としているので、そこまでは理解できる。
問題は、真の治療効果が分からないのにどうやって薬価を交渉できるのか、という点だ。実際の治療効果が承認時に推定された値より低くなったり、深刻な副作用をもたらす恐れもあるということを認識する必要がある。大切なのは、最低限必要な証拠の量をこれ以上減らさないことだ。
ヴォキンガー氏はチューリヒ大学で法学と医学の博士号を、ハーバード法科大学院で修士号を取得した。2022年には、科学研究で優れた業績を挙げた40歳未満の研究者に贈られるスイス科学賞ラツィスを受賞した。
新しい医療技術へのアクセスを改善する方法が主な研究対象。政府や国際機関にも助言している。
現在はチューリヒ大学法学部と医学部で教授を務め、法律、医学、技術の規制に関する講座を担当している。
保健当局はこのジレンマにどう対処すべきか?
迅速承認をもっと慎重に適用し、最も高い治療価値が期待される薬剤に重点を置く必要がある。患者に本当に役立つイノベーションを市場に投入するには多大な労力を要する。企業はその見返りを求めている。薬剤を早く市場に投入すれば儲けが大きくなるぶん、証拠が足りないことも価格に反映されるべきだ。
一部の国やメーカーは、薬が効いた場合にだけ代金を支払う「成功報酬型」の契約を結んでいる。これは現実的な解決策なのか?
そのような管理された参入協定は状況によっては意味がある。しかしコストが増えたり、実際には効果がない・有害な医薬品が流通したりするような「抜け穴」がないように注意しなければならない。
成功報酬型で大きな問題となるのは、透明性を欠いた結果として価格が上がる可能性があることだ。秘密裏のリベートが授受されることで価格が上昇し、交渉プロセスが長引くことが研究で明らかにされている。
スイスなど多くの国では、この10年で医薬品の価格設定に関する秘密主義が強まっている。価格の透明性を高めることがそれほど難しいのはなぜか?
ある種の「囚人のジレンマ」に陥っている。ある国が「秘密にすれば価格が安くなる」と考えて自己中心的に振舞えば、他の国も透明性を保つ意欲を失いシステム全体が機能しなくなる。英国やフランスなど周辺国の多くでしばらく前から透明性が低下しており、スイスもこの流れに乗って秘密裏の割引を始めた。スイス議会は、このような割引を例外ではなく原則とする法改正さえ検討している。
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薬の値段はどうやって決まる?
それは大きな力の不均衡を生む。他の国々が支払っている価格を製薬会社だけが知っている場合、保健当局は特定の価格を主張しにくくなるからだ。それだけでなく、保険料を負担している社会や患者は、治療にいくらかかるかを知る権利がある。薬価の透明性が義務付けられるべきだと私が確信する理由はそこにある。
あなたはがん治療薬の価格を広範に研究外部リンクし、価格が必ずしも臨床的有用率(CBR)と相関関係にあるわけではないことを明らかにした。薬価は効果に応じて決めるべきなのか?
二つの要素がある。一つは、薬の治療的価値とは何かという点だ。がん治療薬の場合、全生存率などの臨床的終着点に基づく。病気のために働けなくなった場合の社会の損失など、尺度を増やすよう求める声もある。これらの決定要因は重要だとは思うが、価格交渉で考慮することには不安がある。難しい要素を取り入れるほど、薬の価値を評価し比較するのが難しくなるからだ。
ある薬の治療的価値が明らかになり、それが類似の薬よりも高かったとすると、次はその薬の価格を類似薬より100フラン高くすべきか、それとも100万フラン高くするのか、という疑問がわく。価値の高い薬は低いものよりも高価であるべきだが、どのくらい高くすべきかについては検討する必要がある。英国では既にそうしている。このシステムは完璧には程遠いが、価値と価格を結び付けている。
米国は昨年成立したインフレ抑制法の一環として、メディケア(高齢者向け公的医療保険)でカバーされる一部の医薬品について製薬企業との価格交渉を導入する。薬価引き下げの試みの一つだが、多くの製薬会社が反発している。どれほど革命的なのか?
自由市場が長い間続いてきた中ではかなり革命的なことだ。欧州からすると、新薬ですらないわずか10種類の薬について毎年価格交渉するのは、小さな一歩のように見える。
年間10種類の医薬品というのは重要な出発点だが、バイデン米大統領が述べたように、さらに拡大する必要がある。米国は世界最大の医薬品市場であり、企業が価格を設定する基準にするのも米国であるため、大きな影響があるだろう。
この改革は医薬品の価格にどのような影響を与えるとみるか?
目的は価格を下げることだ。米国の医薬品が高すぎることは誰もが認めている。どのような抜け穴があるのか、価格交渉がどのように行われるのかに左右される。
製薬会社は、米国の動きが欧州における他の価格抑制策と合わせてイノベーションに悪影響を及ぼしかねないと主張している。
論拠のない主張だ。医薬品の研究開発費は透明性すらなく、大まかな概算しかない。重要なステップの一つは企業が受け取る公的補助金の額など、研究開発費について透明性を確保することだ。
Edited by Nerys Avery/vm、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:大野瑠衣子
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