医薬品不足を解消する各国の対策5選
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世界各国で医薬品不足が深刻な問題となり、国や企業は対応に追われている。スイスでは政府に抜本対策を義務付ける案が国民投票にかけられる予定だ。swissinfo.chは主要国が試みる短期・長期の対策5種について、長所・短所を検証した。
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この数年、薬局で「その処方薬は在庫がありません」と言われた経験のない人はラッキーだろう。スイスでは現在、抗生物質から鎮痛剤まで700種もの医薬品が欠品している。日本外部リンクでは今月20日時点で約1万7400種中1500種超が「供給停止」、1800種超が「限定出荷」の状態だ。
世界のあらゆる国々で、医薬品不足とそれに伴う患者への影響が報じられている。NHK外部リンクは昨年、溶連菌感染症に繰り返し感染する患者が増えている背景に薬不足があるとする医師の見解を紹介した。メキシコ外部リンクでは、モルヒネが不足していたため医師が1本の瓶(バイアル)を複数の患者に投与した結果、複数の死者が出た。
「私たち(薬剤師)は何年も不足について不満を唱えてきた」。40万人以上の地域薬剤師を代表する欧州薬剤師グループ(PGEU)のイラリア・パッサラーニ事務局長はこう話す。「今は政治家やメディアが注目せざるを得ないほど状況が悪化している」
薬剤師は代替品を探したり配分を制限したりと、その対応は以前に比べ大幅に改善した。だがそれらは弥縫策にすぎず、人件費の上昇を招いている。PGEU外部リンクによると、欧州の薬剤師は週10時間を医薬品不足の対応のためだけに費やしている。
目下、世界中の保健当局が解決策を議論している。サプライチェーンのグローバル化など、根本原因の解消も議論される。スイスでも、解決に向けた取り組みが加速している。
スイスの医師や薬剤師、消費者団体から成るグループは昨年10月、政府に医薬品不足への抜本対応を求める「医療品供給イニシアチブ」が有権者10万筆の署名を集めたと発表した。このイニシアチブ(国民発議。市民の提案を国民投票にかける制度)は、連邦内閣(政府)に医薬品不足を防ぐための取り組みを義務付ける条項を連邦憲法に新設する内容。今後数年内に国民投票が実施される。
各国で提案されている解決策はどのくらい効果がありそうなのか?swissinfo.chは5つの選択肢を検証した。
1.不足「早期警告」システムの構築
医薬品不足に対処するための最も簡単な解決策の1つは、不足そのものをより適切に管理することだ。例えば薬の流通量をモニタリング(監視)し早めに薬局に警告するシステムを構築すれば、薬局や医師が備蓄や予測、代替品の検討をしやすくなる。
EUの医薬品審査を担う欧州医薬品庁(EMA)は2月、「欧州医薬品不足監視プラットフォーム(ESMP)外部リンク」を立ち上げ、域内の警報を一元・自動化した。
日本では昨年4月外部リンクから、医薬品の供給状況に関する報告が義務付けられている。NHK外部リンクによると、厚生労働省はさらに電子処方箋(電子カルテ)を利用したモニタリングを行い、供給不足の兆候をいち早くつかみ、メーカーの生産・在庫をリアルタイムで把握できる仕組みを構築する方針だ。
スイス当局は、主要医薬品のモニタリングシステムを更新し、より早期の警告を可能にする方針だ。ただシステムがどのように機能するかは明らかにしていない。
ローザンヌ大とジュネーブ大で薬事法の教鞭を執るヴァレリー・ジュノー教授は、こうした措置は当局が医薬品不足を把握するのには役立つが、その対策を立てるには物足りないと指摘する。ジュノー氏は2021年、医薬品不足を主題にした論文外部リンクを共同執筆した。
地域・国レベルはもちろん世界レベルでも、集権的な需給管理は行われていない。ジュノー氏は「病院や薬局がそれぞれ解決策を模索している。ある病院が別の薬に切り替えると決めたとしても、他の病院も切り替えたらどうなるのか?断片的なアプローチでしかない」と話す。
ある医薬品が不足している原因も明らかにできない、とジュノー氏は指摘する。製薬会社は特定の医薬品の生産場所や脆弱性に関する情報を公表していない。当局が供給リスクを把握し不足する品種や期間を予測することが難しいのはこのためだ。
2. 代替品の活用
緊急対策としてもう1つ、薬剤師と医師が代替の医薬品を提供する柔軟性を高めることが多くの国で議論されている。一部の国では、薬剤師が小包装や異なる剤形(錠剤の代わりにシロップなど)を提案することが法律で禁止されているためだ。
スイスは最近、深刻な医薬品不足の際に薬剤師が代替品を提案したり、外国品を輸入したりしやすくした。有効期限を過ぎた商品でも、研究により安全性が証明されていれば廃棄するのではなく使用を認めることも議論されている。
日本では2024年3月から、在庫切れの後発品を先発品や類似する別剤形の後発品に患者の同意を得て薬剤師が変更できるようになった(変更調剤外部リンク)。
欧州評議会は欧州医薬品不足処方書集外部リンク(European Drug Shortages Formulary)を作成した。医薬品不足時に無認可医薬品(未承認だが有効成分が同じ医薬品)を調剤するための薬剤師向けガイドライン(指針)だ。
こうした対策はジェネリックの不足には効果を発揮する可能性がある。だが肥満治療薬「ウゴービ」のような高価な先発医薬品の場合、そう簡単にはいかない。
米国では、製薬業者による供給が追い付かない場合に、薬効が同じ「コピー薬」を薬局が調合することを解禁すべきか、議論が始まっている。米食品医薬品局(FDA)は「定期的または過度の量」で行われない限り、許可されると主張している。一方、製薬会社はコピー薬の解禁は医薬品特許を侵害するとして猛反対する。
3. 市場の魅力を高める
より長期的な解決策としては、根本的な原因への対処も不可欠だ。例えば不足医薬品の大半を占める安いジェネリックは、市場としての魅力が薄いという問題がある。
一部の医薬品は市場価格が低すぎて、メーカーは製造しても割に合わないとみなしている。多くのメーカーが撤退した結果、最終製品や有効成分の製造が安価な国から輸入せざるを得なくなってしまう。
昨年発表された研究によると、少なくとも18カ国が2022年以降、製薬企業に金銭的インセンティブ(報償)を与えている。多くは一部の特許切れ薬品の値上げという形をとる。ブラジルは一部の医薬品について、1年間は価格規制の対象外としている。
日本は2025年度の薬価改定で、医薬品の種類に応じて薬価の引き下げ条件に差をつけ、メーカーが採算を確保しやすくした。業界再編を進める後発薬メーカーに補助金を出す「後発医薬品供給支援基金」の新設も予定する。また過度の値下がりを防ぐため、薬価改定を現在の毎年ではなく2年ごとに減らす法案も提出されている。
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製薬大国スイスで薬不足が起こる理由
スイスのように市場が小さいと、価格を引き上げたところで販売量の少なさを補うことができず、問題は根深い。スイス連邦議会は、原則3年ごとに行われる薬価の見直しに例外を設けることで値下がりを防ぐ案を議論している。また製造コストを抑えるため、ドイツ語・フランス語・イタリア語の3言語での記載が義務付けられている添付説明書の代わりに、パッケージにQRコードを記載する動きも広がっている。
ただ薬価の吊り上げにも批判がある。医療費が増大するなか、薬価引き上げは政治的に微妙で、患者の負担が大幅に増す可能性がある。
当局が薬価と収益性をほぼ把握できていないという課題もある。どの価格になるとメーカーが薬の製造・販売を中止するかを予測するのが難しい。
4.生産の国内回帰
国内生産の回帰・増強も医薬品不足の解決策として注目されている。EUで販売されている有効成分の最大80%と最終製品の4割は中国またはインドからの輸入だ。このため輸出制限などの混乱で供給が寸断されやすい。
多くの政府は現在、生産費用を抑えたまま現地生産を増やす方法を模索している。フランス政府は2023年6月、輸入に頼る主要医薬品50種の生産を国内に呼び戻す計画を発表した。抗生物質アモキシシリン(英製薬大手GSKがフランス北西部で生産)や鎮痛剤、抗がん剤など8つの生産回帰を促すため、1億6000万ユーロ(約250億円)の公的資金を投じる。
日本は2022年12月、原材料のほぼ100%を中国に依存していた抗菌薬を「特定重要物資」に指定し、安定供給のために国が財政支援を行うこととした。
スイスなど、民間企業への直接補助金には慎重な国もある。むしろビジネス環境の改善や熟練労働者の活用、税制優遇などに熱心だ。米バイオジェンはスイスの生物製剤工場に15億フラン(約2500億円)を投じ、税制優遇措置や再生可能エネルギーへの投資面などで恩恵を受けた。
だが生産の国内回帰で不足が解消されるかも疑問視する声がある。欧州医薬品品質部門(EDQM)のペトラ・ドアー局長はswissinfo.chに、生産回帰は供給網の簡素化や長距離輸送のリスク軽減」という利点はあるものの、最も重要なのは供給業者の多様化だと語った。有効成分は目下、少数の業者に生産が偏っている。「一つの供給事業者が倒れても別の業者が需要を満たせることが大事だ」
5. 長期的な供給網の安定
監視強化や備蓄強化などの緊急対応が奏功し、深刻な不足状態を脱しつつある国もある。
より大きな問題として、今後の医薬品不足を防ぐために今何をすべきかという点がある。製薬会社は、供給寸断を減らして生産費用を下げるための高度な製造設備を模索している。需給を予測するために人工知能(AI)を活用外部リンクする企業もある。専門家は、世界的な協力が必要であると指摘する。
だが医薬品の特許が切れたときにメーカーが流通経費を切り詰め、次なる医薬品不足を引き起こすという事態が起こらない保証はない。
ジュノー氏は、政府は企業の自主努力に依存することができない時もあると述べた。当局が供給義務を課し、違反企業に罰則を与える仕組みも可能だ。医薬品不足に関する2021年の報告書外部リンクは、供給の安全性も医薬品の承認要件の一つにするべきだと結論付け、違反には「患者に対する(医薬品不足の)深刻さと影響を踏まえて、売上高の一定比率を制裁金として課す」ことを提案した。
米国とフランスはすでに、不足を通知しなかった企業に罰金を科している。インド政府は、供給を維持できなかったり、基準を満たさなかったりした医薬品のメーカーを公共調達契約の入札から除外している。スイス政府は昨年8月に、外部リンク「医薬品の承認や保険適用の可否について、当該医薬品の供給保証との連動を強化できるかどうかを検討している」と発表した。
「小さな国であっても、脅しやインセンティブに対する企業の行動は異なる可能性がある」(ジュノー氏)
日本の医薬品不足の発端の一つは、2020年12月に発覚したメーカーの不正事件だった。福井県の後発品メーカー「小林化工」が製造した水虫などの真菌症の治療薬に睡眠導入剤の成分が混入していた。翌年3月には後発品大手の日医工(富山県)でも、品質試験で不適合となった錠剤を砕いて再び加工したり、出荷前の一部の試験を行わなかったりといった不正が長期間行われていたことが発覚。その後も相次ぎ業務停止などの行政処分が発生し、供給が不安定になった。
これとは別に、米欧で承認された先進的医薬品が日本では申請すらされないという「ドラッグ・ロス」も起きている。
Edited by Virginie Mangin/ds、英語からの翻訳・情報追加:ムートゥ朋子、校正:宇田薫
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