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一筋縄ではいかない、多言語国家スイスの早期英語教育

小学校に英語教育を導入したスイス。公用語教育とのバランスをめぐる議論は尽きない Keystone

スイスの公用語は、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の四つだ。ドイツ語圏ではフランス語、フランス語圏ではドイツ語、イタリア語圏ではドイツ語とフランス語が小学校で教えられてきた。

ところが小学校に英語を導入することが義務付けられ、チューリヒの小学生は今、スイスで一番早く2年生から英語を習い始める。公用語のフランス語は5年生からだ。ドイツ語圏では従来、英語は中学校からだったが、いまではドイツ語圏全州がフランス語より英語を先に教えている。

こうした傾向に対して危機感をあらわにするのは言語における少数派のフランス語圏だ。公用語教育を軽視すればスイスの政治的統一がとれなくなるとまで批判する。

公用語より英語を重視

 「スイスの英語教育に関しては、我々が重要な推進力になっている」と語るのは、ドイツ語圏のチューリヒ州教育局のオットー・ベック氏だ。

 2004年に各州からなる「州教育委員会代表会議(EDK/CDIP)」が、英語を小学校に導入するという全国統一の言語教育方針を発表するやいなや、かねてから独自に英語教育の推進を図ってきたチューリヒ州は、他州に先駆けて2年生から英語を教えると決定した。

 そもそも州教育委員会代表会議の決定によれば、2013年までに小学校に導入すればよいというものだった。ただし、英語と公用語のどちらを先に教えるかは各州の判断に委ねられた。

 しかしチューリヒ州は、従来5年生で始まるフランス語はそのままにし、先に英語を教えることを決定。さらにその開始時期は2年生と全国で一番早い。「これほど早くから英語を教えている州はほかにない」とベック氏は強調する。

 この決定の背景には、他州にはない英語教育の実績がある。チューリヒ州は国際企業が多いことなどからかねてより英語を重視しており、既に10年前に大学入学資格試験の英語での受験を可能にするなど、英語教育に力を入れてきた。

 チューリヒはスイス経済の中心地であり政治的にも他州への影響力がもともと大きいが、ベック氏によれば、英語教育でも同州が「他州をリードする役割を担っている」という。

 その言葉どおり、ドイツ語圏の各州がその後次々と英語重視へ傾いた。チューリヒをモデルとする形で、現在ドイツ語圏のほとんどの州で3年生からまず英語、フランス語は5年生からという最終段階に向けて導入が進んでいる。

少数派フランス語圏に危機感

 こうした英語重視の傾向に対して、フランス語圏などは当初から、公用語を軽視すべきではないと批判している。

 フランス語圏のジュネーブ州やヌーシャテル州では、従来と変わらずドイツ語を3年生からという方針を堅持。また、ベルン州やフリブール州などはドイツ語とフランス語の2言語圏だが、やはり3年生からまずフランス語またはドイツ語を教える方針を変えていない。

 このように公用語を先に教えることを重視する背景には、言語少数派の危機感があるという。フリブール州教育局のイメルダ・ミュラー氏は、「スイスでは、多数派言語のドイツ語ができなければ進学や就職、出世が困難になる」と説明する。「フランス語圏においては、英語よりもまずドイツ語の習得が必要だという事情があるのだ」

 そうした少数派の事情を考慮せずに、ドイツ語圏は独自の政治的判断を行う傾向がある。その結果起こる今回のような不均衡を、ジュネーブ州の州議会議員は「破局的」と非難した。相互理解が不十分になれば、ひいては言語・多文化国家スイスの政治的統一の危機を招く、という危惧が一般的に言われてさえいる。

困難な課題

 英語教育をめぐるドイツ語圏とフランス語圏の溝は埋まらないが、共通の課題もある。現場の教員の抵抗感だ。

 「これまでに経験のない教科を教えることへの不安を抱える教員は今も少なくない。これはどの州も抱える課題だ」とミュラー氏は言う。そうした現場の訴えを受けて、2言語圏のベルン州、フリブール州、ヴァレー州では、ドイツ語圏のバーゼル州、ゾロトゥルン州と協調して教師の負担軽減策を実施している。

 ミュラー氏によれば、教員は自信がなければ英語を教えることを拒否できるという。「例えばフリブール州の教員が英語を教えられない場合、ゾロトゥルン州の教員が例外的に州を越えて授業を代行できる」という補完システムだ。これはうまく機能しているが、この5州以外にはまだ例がないという。

 一方、現場の抵抗という点では、先駆を誇るチューリヒ州はとりわけ大きな課題を抱えている。教材をめぐる問題だ。

 「当初はすぐに使用できる適切な教科書がなく、教材の開発においても我々が主導した」とベック氏は説明する。州は、18州が所属する全国教材協調センター(ilz)と共同で、「ウルトラモダン」と評される新教授法を用いた教材を開発した。

 しかし、現場の教員からはその最新の教授法が複雑すぎると批判が相次ぎ、州内の小学校で次々とその教材の使用を拒絶される事態に発展。1000万フラン(約8億4400万円)という巨額の州予算を投じた教材だが、現在州議会で使用義務の解消を検討しているという。

 これに対してベック氏は、「住民と教員の大多数は、小学校での英語導入を支持している」と主張。その根拠として、2年前に行われたチューリヒ州住民投票で「小学校ではフランス語だけを教える、以前のシステムに戻すべき」というイニシアチブが否決されたことを引き合いに出す。教科書問題には触れず、今後も英語重視の教育を推進する姿勢に変更はないと説明するにとどまった。

 いずれにしても早い時期から英語を教えることへの異論は聞かれないが、小学校での英語教育のあり方をめぐる議論は、今も先行きが見えない。

ドイツ語:63.7%

ドイツ語を公用語とするのはスイス全26州のうち17州。さらに地方ごとに多様な方言(スイスドイツ語)が話されるが、書き言葉は標準ドイツ語に統一されている。

フランス語:20.4%

フランス語を公用語とするのはスイス西部のロマンディ地方のジュネーブ、ヴォー、ヌーシャテル、ジュラの4州。さらにドイツ語とフランス語を公用語とする2言語圏があり、ベルン、フリブール、ヴァレー/ヴァリスの3州がこれにあたる。

 

イタリア語:6.5%

イタリア語はティチーノ州とグラウビュンデン州南部で公用語。

ロマンシュ語:0.5%

ロマンシュ語はラテン語に起源を持つ。グラウビュンデン州の一部で話されるが、その中でも地域ごとに方言もある。同州はドイツ語、イタリア語、ロマンシュ語を公用語とする3言語圏。

(出典:2000年国勢調査Eidgenössische Volkszählung 2000)

州教育委員会代表会議(EDK/CDIP)は2004年、全国統一の早期言語教育推進を目的として、小学校で公用語と英語の2言語の授業を行うことを各州に義務付けた。

これまで英語は小学校では教えていなかった。各州は2012年度までに、3年生から一つ目の言語、5年生からもう一つの言語を教えなければならない。ただし、イタリア語圏のティチーノ州とグランビュンデン州では、ドイツ語とフランス語を教えているため、小学校に英語は導入しなくてよい。

フランス語圏のジュネーブ州やヌーシャテル州などでは、ドイツ語は従来通り3年生から、7年生からの英語を2012以降は5年生からと決定。

2言語圏(ドイツ語とフランス語)のベルン州やフリブール州では、3年生から公用語(ドイツ語またはフランス語)、従来7年生からだった英語を2013年以降5年生からと決定した。

チューリヒ州を筆頭に英語を優先するドイツ語圏の傾向に対して、言語少数派のフランス語圏からは「少数派の文化に対する打撃」、「国の言葉を優先すべき」などと批判が今も続いている。

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