持続可能な発展を学ぶ
ルツェルン中央駅構内にあるホール。「今日、電車で来られた方、どのくらいいらっしゃいますか?」と聞く司会者の声にほぼ全員が手を挙げる。
4月末、フォーラム「余暇と観光における持続可能な交通/移動」が開かれているこの会場には40人以上が集まった。
実務経験者を対象に
主催者は、持続可能な発展を焦点に定める教育機関「サヌ ( Sanu ) 」。サヌはスイス国内外で毎年100を越えるセミナーやフォーラムを多言語で開催している。環境問題をベースに捉え、持続可能な発展に関する教育を行う機関としてはスイスでは唯一といってよい。大学や世界自然保護基金 ( WWF ) などでも類似の教育が行われているが、大きな違いは、サヌはすでに関連職務についている社会人を対象にしていることだ。
参加者の1人ラファエラ・レショさんはベルンからやって来た。勤め先は連邦国防・国民保護・スポーツ省スポーツ局 ( Baspo/OFSPO ) だ。
「連邦が運営する教育センターで交通/移動関連を担当しています。センターには公共交通機関を使って来ることもできるのですが、少し不便なので車を使う人がたくさんいます。センターを訪れる人の数が増え、駐車場の数が足りなくなってきたので、勤務者をどうやって車から公共交通機関へ移せるかと思案しているところです」
この日の午前中は6人が講演、午後は三つのワークショップの平行開催、その後さらに4人のパネルディスカッションが続き、内容の濃い1日となりそうだ。レショさんは
「ほかの人たちが得た新しい成果を聞き、何か取り入れられたらと思って参加しました」
と期待を語る。
鍵はネットワーク
実はレショさんは以前、サヌが開催したセミナーで自らの職務について講演をしたことがある。サヌの講演者は大学の教授といった学者ではなく、参加者と同じくやはり実務経験豊かな人のみだ。余暇と観光をテーマとする今回のフォーラムでは、連邦環境・運輸・エネルギー・通信省地域開発局 ( ARE ) 交通政策課のほか、「チューリヒ交通連盟 ( ZVV ) 」や「エンガディン・シュクオール観光局 ( Engadin Scuol Tourismus AG ) 」などの代表が持続可能な交通/移動について講演を行った。
たとえば、チューリヒ交通連盟は大別して八つの公共交通機関からなっているが、区間ごとに金額が決められているチケットを1枚購入すれば、その区間ではバス、電車、船、路面電車などすべての交通機関を利用することができる。また、車を含む全交通量の大部分を余暇交通が占めているため、娯楽施設や各観光局とも協力し、入場料と運賃をセットにしたチケットの販売にも力を入れている。ちなみにチューリヒ市および近郊の経済圏は、スイスで唯一、通勤時の公共交通機関の利用が増加している地域だ。
ホールで講演者の話に熱心に耳を傾けるハリー・シュピースさんは、地理学者として「チューリヒ応用科学大学 ( Zürcher Hochschule für Angewandte Wissenschaften ) 持続可能な開発研究所 ( Institut für NE ) 」で、ある研究プロジェクトに携わっている。午前中6人の講演者の話を聴き、午後の「都市圏の余暇交通」をテーマとしたワークショップが終わったあと
「今日の目的は達成できた」
と笑顔を見せた。
「人脈を広げることが目的だったのですが、2~3人の人と面識ができました。しかし、参加者からも講演者からも期待したような斬新なアイデアは出てきませんでしたね。これは残念でした」
午前中の休憩時間には1人でいる人を何人か見かけたが、昼食、ワークショップ、その後の休憩とコンタクトを取るチャンスは何度も訪れ、休息のたびに活気が増していく。前出のレショさんも、偶然参加していた協力先の相手と、問題になっていた点について話し合うことができた。フォーラム自体についても
「ZVVなど、参考にできる話を聴くことができました」
と満足そうだ。
スイスの余暇交通の持続的な発展は、地域の種々の交通機関だけではなく、文化やスポーツなどの催し物も組み入れたネットワークが鍵となっているようだ。そして、ここサヌに集まった人々にとってもネットワークがキーワードになっているのかもしれない。
自己責任で環境を保護
一方で、サヌの教育方針も持続的発展に則したものといえよう。毎年、まず社内で主要テーマを決め、次に今回のようなフォーラムで各界の代表に議論してもらい、翌年に少人数で2~3日のセミナーを開催してより具体的な案を出し、それを実践に移せるようにする。
「ここで行われているのは理論教育ではありません。それぞれの企業や機関がアクティブになり、学んだことを自己責任で実践できるように時間をかけて人材を育成することが目的です」
とミュンスター氏。
サヌでは、「企業」「エネルギー」「地域」「公共調達」などの分野でそれぞれ持続可能な発展について種々のテーマを扱っている。現在、高い関心を呼んでいるものは何かと聞くと、何と「地域」分野で扱われている「墓地」だという。
「本来は永遠の眠りのための場所ですが、最近は緑を求めて散歩に行く人が特に都市部で増え、あるいはバーベキューをするなど、墓地がさまざまな形で活用されるようになってきました。また、生物の多様性という面でも墓地は価値ある場所です」
死者の安らぎの場としての墓地と余暇を過ごす場としての墓地をどうマネジメントするかが今、問われているのだ。
時代とともに、環境に対する人々の意識も変わった。
「20年前にも環境保護が強く叫ばれましたが、このとき問題になっていたのは、法律で規制しなければならなくなった環境汚染でした。1980年代はまったく静かになり、元米副大統領のアル・ゴア氏が活発に環境保護を訴え出した2005年あたりから再び注目度が高まりました。現在では自己責任がより求められ、社会や経済とも連携した自由意志によるさまざまな形の環境保護が盛んになってきています」
1989年創立。本社はベルン州ビール/ビエンヌ ( Biel/Bienne ) 市。
財団の形態を取り、「スイス自然科学アカデミー ( SCNAT ) 」「プロ・ナトゥーラ ( Pro Natura ) 」「世界自然保護基金 ( WWF ) 」、連邦、州、地方自治体、州立大学などの幅広い後援を受けている。
経済、行政、地方自治体、政治、連盟の各界から年間2500人が、100を超える教育プログラムに参加。
講演者は経済、学術、行政の分野から年間250人に依頼。PRおよび販売パートナーは70を超える。
自然・環境専門家の連邦資格証明を取得するコースも1991年から提供している。
ここ10年間、顧客数は確実に増加しており、金融危機の影響も受けていない。2009年の収益は420万フラン ( 約3億5000万円 ) 。
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