『エイリアン』を生んだ鬼才ギーガーの世界へ
スイスのカルト・アーチストでありデザイナーのHRギーガー。彼が映画『エイリアン』で恐怖の生物を生み出す以前の初期の作品を中心とする回顧展がクールで開催中。
この回顧展を機にチューリヒのギーガー宅を訪ね、彼の独特な世界はどのようにして築かれたのか探ってみる。
「猛犬に注意」という標識がスイスの「ホラー王者」宅の門に張ってある。不吉な予感がする。突如、猫が忍び足で出てくると同時に黒い衣装をまとった白髪の老人が手招きした。「散らかっていて、すみません。展示会のためにアメリカからの訪問者が多くって」といいながら、オフィスに案内してくれた。壁にはギーガーの特徴とするエアブラシで描かれた奇妙なモチーフのモノクロムが掛かっている。本やコーヒーカップを片付けながら、骸骨を模ったいかにもギーガー独特の椅子を勧めてくれる。
暗黒な少年時代?
ハンス・ルーディ・ギーガーは薬剤師の息子として、スイスの東の田舎町クールで生まれた。ギーガーのクールでの少年時代は「素晴らしく、謎に包まれ、ロマンチックな場所に囲まれていた」と語る。彼の世界を象徴する奇妙で暗黒な世界への憧れはどのようにして育てられたのだろうか。
「僕がもっとも好きな場所は暗いところでした」というギーガーは自ら洋服を選べる歳からはいつも黒を基調にしたという。8歳のときクールの美術館で古代エジプトのミーラと出会い「人生で最も強烈な体験」をした。それ以来「度々、1人で日曜の朝に美術館に足を運んだ」という。
これといった問題のない理想的な幼年時代を送ったものの、学校での成績は「酷い」ものだった。お化けの汽車などを描いているうちに、両親が絵の才能を認めて、チューリヒの応用芸術学校への進学を奨励してくれた。
悪夢がインスピレーション
芸術学校への入学が彼の世界を広げることになる。「夢判断」の著者である精神学者、フロイトに興味を持ち、自らの夢日記を書くようになった。その後、度々の悪夢に悩まされ、彼の創造物の多くは当時の悪夢から影響を受けることになる。
彼の作品のテーマ選択には遺伝学、人口過剰、冷戦における核武装の恐怖やロボットの支配などといった社会問題が含まれるようになる。「死とエロチシズムが常に作品において重要な部分を占めました」とも語る。
芸術的にはウイーン幻想派の画家、エルンスト・フックスやシュールレアリスムの代表画家、サルバドール・ダリなどに影響を受け、若い頃、直接対面も果たしている。
1970年代には彼の特徴とする「シュールレアリスムにはピッタリの技術」であるエアブラシの技術を磨き上げる。モノクロの絵は悪夢のような背景にギーガー特有の半分人間、半分ロボットの「バイオメカニック人間」が出現する。
クールの回顧展
クールの回顧展はちょうど、ギーガーがリドリー・スコット監督の映画、『エイリアン』が有名になる以前の1976年で終わる。ギーガー氏はこの映画について「もうこれについて語るのには飽きた」と素っ気ない。
クールのグラウビュンデン美術館のベアート・ストッツアー館長は「ギーガーの初期の作品は彼のその後の基礎となるものです。彼の奇想天外でかつ、現実的な世界はアート界のなかでも独立した立場を確立しました」と評価し、「しかし、彼の芸術的な内容や意味は過小評価されている」とため息をつく。
この評価はホラー界の王者、映画監督であり、作家のクライブ・バーカーも同意見だ。「ギーガーを『エイリアン』のアーチストに留めることはミケランジェロ・アントニオーニ監督を『華麗なる劇場』のデザイナーと言ってみるのと同じだ」と語っている。
クールの回顧展ではフランシスコ・ゴヤやジョヴァンニ・バティスタ・ピレネージなどといった、独特で奇妙な作風の画家の作品と並び、「小さなホラー美術史」の観点からギガーの作品を鑑賞できる。
swissinfo、サイモン・ブラッドリー 屋山 明乃 ( ややま あけの ) 意訳
クールのグラウビュンデン美術館 ( Bündner Museum ) のHRギガーの「エイリアン以前(1961〜1976年)の作品」展は2007年6月30日〜9月9日まで。
美術館は火曜から日曜の10〜17時開館。
- 1940年にグラウビュンデン州のクールで生まれる。
- チューリヒの応用芸術学校で建築と工業デザインを学ぶ。
- 1966年からインテリア・デザイナーとして働き始め、1968年には芸術家、映画監督として独立する。
- 1978年からリドリー・スコット監督の映画、『エイリアン』を手掛け始め、ほとんどの生物と舞台セットをデザインする。
- 1980年のアカデミー賞で『エイリアン』のデザインが視覚効果賞を受賞。
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