カンヌ国際映画祭、スイスのコメディ映画が「パルム・ドッグ賞」初受賞
今年のカンヌ国際映画祭で、スイス人俳優レティシア・ドッシュ監督デビュー作「Dog on Trial(ドッグ・オン・トライアル)」(原題)が「パルム・ドッグ賞」に輝いた。名演技した犬に贈られる賞で、スイス映画が受賞するのは初めて。動物を手なずけるのが特技というドッシュ監督に、コメディの裏に隠された社会問題について聞いた。
フランスで5月に開かれた第77回カンヌ国際映画祭では、ショーン・ベイカー監督(米国)の「アノーラ」が最高賞パルムドールに輝き、大きな賞賛を受けた。スイスも負けずとも劣らない賞を受賞した。人間の最良の友を讃える「パルム・ドッグ賞」だ。
swissinfo.chのサイトで配信した記事をメールでお届けするニュースレターの登録(無料)はこちら。
フランス系スイス人俳優レティシア・ドッシュ監督の「Dog on Trial」には、やんちゃなトラブルメーカー、犬のコスモスが登場する。3人の人に嚙みつき殺処分されそうになるコスモスを演じるのは、8歳のグリフォン種、コディだ。
ちなみに昨年パルム・ドッグ賞を受賞したのは、パルムドール受賞作品「落下の解剖学」(ジュスティーヌ・トリエ監督)で脚光を浴びた俳優犬メッシだった。
あいにく取材に応じられないコディの代わりに、ドッシュ監督がswissinfo.chのインタビューを受けてくれた。爽やかな海風が吹くメイン会場パレ・デ・フェスティバル・エ・デ・コングレのテラスで、今回の作品について語ってもらった。
ドッシュ監督はコスモスの弁護人エイプリル役も演じる。30代の弁護士で、コスモスの弁護を引き受け、不愛想な飼い主ダリウシュを支える役柄だ。エイプリルは初めは犬に対して特別な感情を抱いていなかったが、次第にコスモスに魅了されていく。
そんなエイプリルが法廷で争う相手は、悪名高き弁護士・政治家のロゼリーヌ・ブルッケンハイマーだ。コスモスの死刑を断固要求するブルッケンハイマーは、コスモスが女性にしか噛みつかず「女性差別主義者」だと決めつける。これが発端となり、フェミニストや環境保護活動家、動物愛護家、反移民団体の間での大論争が繰り広げられていく――。
動物を手なずける能力
ドッシュ監督が動物と共演するのは今回が初めてではない。2018年、ユヴァル・ロズマン/ドッシュ共同監督の演劇「Hate(Tentative de duovec un cheval)外部リンク(仮訳:憎しみ~馬と二人芝居の試み」では、堂々たるスペイン純血種の馬コラソンが舞台での相方を務めた。
舞台終了後、馬を手なずけられるなら良い監督になれるとプロデューサーから言われた。「監督業とは全く関係ない能力なのに!」と笑う。
舞台を振り返り、既にその頃からエコロジーやフェミニズム、そして人間と他の生物の関係が作品を貫くテーマだったという。
「Dog on Trial」のストーリーは、当時舞台を観た観客から聞いた実話がきっかけで生まれた。その観客からは、スイスで3人に噛みつきけがを負わせた犬の飼い主が訴えられ、裁判で犬の殺処分の是非が問題になったと聞いた。
抗議運動と大論争を巻き起こしたというこの裁判について調べるうち、ドッシュ氏は似たようなケースで、欧州人権裁判所に申し立てが出された事例があったことを知る。だがこの犬は結局、判決を待たずして殺処分された。
これらのケースから得たものは何か?「動物たちの法的立場が明確に定義されていません。はっきりとした答えが出せないとき、そこに情熱が芽生えます。私たちが考え、深く掘り下げるべき場所です」(ドッシュ監督)
ポピュリズムへの鋭い洞察
「Dog on Trial」は社会的、倫理的、政治的に深刻な問題を軽妙なタッチで描く。ハチャメチャな主人公が登場する英テレビドラマの「フリーバッグ外部リンク」や、米コメディアンで俳優のルイス・C・K外部リンクの独特のユーモアなどからインスピレーションを得た。今回の作品でドッシュ監督が演じる無秩序な人物像は、映画「若い女」やトリエ監督の第1作「ソルフェリーノの戦い」で自身が演じた役柄を彷彿とさせる。
監督兼脚本家としての鋭い洞察は、ポピュリストの指導者を演じるブルッケンハイマー役にも光っている。ドナルド・トランプ前米大統領や、マリーヌ・ルペン氏やエリック・ゼムール氏といったフランスの右翼指導者を思わせる鋭い口調が、いかに世論を操作し、歪めていくかを痛烈に思い起こさせる。
その反面、女性や移民、動物、そして社会的弱者といった異なるグループに共通する問題点を描く試みは、やや野心的過ぎたかもしれない。ユーモラスな作風で相乗効果を狙う意図は見えたが、それが十分に発揮されていない印象を受けた。
ドッシュ監督は決して意見を押し付けようとはしない。映画で取り上げられたテーマについて、教条的に己の意見を死守することもない。むしろ作中では、役柄を通して試練を前に自らが抱く葛藤や無力感さえ露わにしている。
特に動物愛護に関しては、問題を鋭く指摘すると同時に絶対的な真実や正解など存在しないことを――少なくとも監督自身にとっては――クリアにしている。先入観や一般論という隠れ蓑を使わない、勇気ある真摯な姿勢だ。
犬の演技は曲芸ではない
ドッシュ監督と動物との付き合いは長い。「自分の子ども時代と変な意味でつながっていると思います。私の家は叔父たちや祖父母も同居する大所帯でした。大勢の人がいて、動物もたくさんいました。友達のような存在のペットがいる一方で、壁には動物のはく製も飾ってあったりして」
監督の祖父は鳥類学者だった。「鳥が大好きで、鳥を愛するあまり巣から卵を盗み、箱にしまってコレクションにしていました。ヨーロッパで最大級の卵コレクションでした。こうした境遇もあり、愛するものを尊重すべきか、尊重せずに愛すべきか、子どもの頃からずっと疑問に思っていました」
かわいらしいが問題児――。映画の要は、そんな主役犬のキャスティングだったとドッシュ監督は話す。スタッフと一緒に、犬と同じくらい入念にドッグトレーナーを観察したが、犬の曲芸ばかり披露するトレーナーが多かったという。
主役探しが難航する中、ある夜ラジオでキャスティングに言及したところ、コディのショーリール(プロモーション映像)が送られてきた。「コディはとても特別な犬でした。長く野良犬生活を送った後保護され、ドッグトレーナーの訓練を受けたのです」
最大の試練はコディが遠吠えできないと分かったときだった。「脚本上とても重要だったので、慌てました」とドッシュ監督は振り返る。「特殊効果チームに偽の遠吠えを作れないかと聞いたのですが、とても高額でした。最終的に、子猫の鳴き声を真似るとコディが遠吠えすると分かり事なきを得ました」
コディがコスモス役に抜擢されたのは、豊かな感情表現と身体的な能力が決め手だったという。「コディの表情に現れる感情や活力がとても気に入りました。ショーリールを見てもらえば、コディがいかに凄いことができるかがよく分かります。脚本にはこうした芸当を全て取り入れましたが、ストーリー上重要な法廷のワンシーンを除き、編集段階でほぼ全てカットすることにしました。もし残していたら、コディは見世物師のように見えてしまっただろうし、それは私が求めていた姿ではありませんでした」
スター犬を生んだ2人の才女
インタビューの最後に、2013年に出演した「ソルフェリーノの戦い」のトリエ監督との関係を尋ねた。13年前のあるコンサートで出会い、お互いに何か通じ合うものを感じたという。
事実、両者には偶然のつながりがある。2人とも犬絡みの法廷ドラマの監督を務め、カンヌ映画祭で1年違いで上映された。
「本当に面白い話で、」とドッシュ監督は切り出し「4年前、私たちはちょうど2人ともカンヌから戻ってきたところで、向かい合わせに座っていました。彼女が裁判を題材にした映画の脚本を書いていると言うので、『私も!』と答えました。すると今度は、その物語には犬が出てくる、と。私の映画もそう!彼女の脚本には子どもと視覚障害者が出てきます。これまた私の脚本と同じ。私は『これはもうだめだ!』と思いました。冗談抜きで本当に焦りました。1年かけて温めてきた題材を変更しようかと思ったほどです。何でこんなことが起こったのかは正直分かりません。もしかしたら、私たちの潜在意識がこの偶然の一致をもたらしたのかも」
編集:Virginie Mangin & Eduardo Simantob、英語からの翻訳:シュミット一恵、校正:宇田薫
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。