スイス文化 中国に進出
「自国文化が破壊された中国は文化の再構築を目指し、外国の文化にも非常に興味を持っている」とプロ・ヘルヴェティアの会長ピウス・クニュセル氏は言う。
こうした時期に中国との相互研究プロジェクトを完了した プロ・ヘルヴェティアは、スイスの文化を今後さらに紹介していくため新たに上海に支部を置く。クニュセル氏に聞いた。
swissinfo.ch : 過去2年間にわたるプロジェクト「スイス・中国の相互研究」の経験を経て、今回上海に支部を開く決定をしましたが、今後中国に対し、スイスのどの分野の文化を紹介していく予定ですか。
クニュセル : すべての分野です。しかしこれは中国人が何を求めているかにもよります。過去2年間の経験によると、スイスの現代美術、ビジュアルアート、デジタル系のアートさえ、非常に興味を持たれています。音楽もさまざまなジャンルのスイス音楽が好まれています。舞踊も成功しています。
文学では、スイスの文学作品を中国語に翻訳してくれる出版社を探しています。しかし演劇は、言語表現に強く結びついているため上演が非常に難しく、ほぼすべての大劇場で字幕スーパーの設備がありますが、字幕を見るのと耳で言葉を聞くのとでは大きな違いがあります。
中国で成功している分野に映画があります。今までおよそ100本のスイス映画が上映されました。中でも、数多くのフィルムフェスティバルで短編映画の上映があり、かなりの作品が受賞しました。
swissinfo.ch : 中国人は文化に飢えていると言ってよいのでしょうか
クニュセル : そう言ってよいと思います。中国は世界の中で自分の位置をまだ模索しており、破壊された自分たちの文化を再構築しようとしています。
中国は従って、実験の最中だと言えます。こうした時期に文化の相互研究を行うのは素晴らしいことです。というのも今中国はすべてに興味を持ち、探求しようという意欲に溢れており、ヨーロッパ人からみると極端に規模の大きい新しいプロジェクトが次々と誕生しています。
swissinfo.ch : ところで、最近プロ・ヘルヴェティアが支援したプロジェクトがオーストリアのウィーンで大スキャンダルになりました。スイスのアーティスト、クリストフ・ビュヘルは、美術館「分離派会館 ( Sécession )」にクラブを設置し、そこは昼間は展示場であり夜にはスワッピング ( 集団的性行為 )の場に変わっていたということですが。何を目的としたアートだったのでしょうか。
クニュセル : 20世紀の転換期に建設された「分離派会館」は、ウィーンの中で唯一、全館を現代美術に当てている建物です。ここが所蔵するクリムトの作品「ベートーベン・フリーズ」には沢山の裸体の女性が描かれていますが、これは開館当時、大スキャンダルを醸し出したものです。今はウィーン市の財産として大切に扱われていますが。
「分離派会館」は芸術家協会が管理しており、そのため、ヨーロッパで最も自由な美術館です。スイスのアーティストもよく招待され、2010年の展示にはビュヘルが招かれたのです。
ビュヘルは現代の出来事に批判的な目を向ける、世界的に知られたインスタレーションのアーティストです。例えば、爆破されたバスを一度展示したことがあります。アフガニスタンやイラクで行われているこうしたテロ行為が実際何を意味するかを観客に問いかけるためです。
本題のウィーンでの作品ですが、ここで彼は衛生、身体、道徳をテーマにしたインスタレーションを行ったのです。何が清潔で何が汚れたものなのかという、基本的な問いを提示したのです。このプロジェクトが素晴らしいのは、観客が夜でもこの場所を訪問でき、集団的行為に参加できたことです。もしそれが実際に行われたとしてのことですが。
ところで、美術館で性的行為をライブで行うことが許可されてもいいのかという問いですが、もしそれが許可されないことだとすれば、なぜこうした行為が容認されるサロンなどが現実社会にあるのでしょうか?こうした問いかけ、つまり道徳の二重性についての問いを、このインスタレーションは喚起するのです。
swissinfo.ch : さらにスイス人アーティスト、トマス・ヒルシュホルンの展覧会にプロ・ヘルヴェティアは、過去最高の出資額100万フラン( 約8700万円)を投じました。ヒルシュホルンにこうした支援を行うと、連邦議会から批判が来ると思いませんか。
クニュセル : もちろん、そうしたリスクはあります。しかし、リスク回避をモットーにしていたら、ヨーデルのコンサートやフェルディナント・ホドラーの展覧会しか開けなくなります。
また、「どこまでが芸術か」ということを定義するのは、政治家でもなく、プロ・ヘルヴェティアでもありません。芸術は変化を続け、芸術と考えられる新しいコンセプトを発展させています。誰も、ましてやプロ・ヘルヴェティアが芸術とはこれだけだと限定などできないのです。ただ、 クリストフ・ビュヘルにしろトマス・ヒルシュホルンにしろ、彼らが行う 挑発的行為が芸術の一部を成していることは確かです。
クリストフ・ビュヘルが現代の芸術を具現している作家であることは確かです。もともと現代の芸術でも、芸術のスタートは絵画などが中心でした。こうした受け入れやすい絵画を、今のところ中国では展示していますが、やがてビュヘルのようなインスタレーションも紹介していくつもりです。
なぜならすべての芸術分野をカバーしていくべきだと思っていますし、インスタレーションのような重要なものを排除するわけにはいきませんから。
マルク・アンドレ・ミゼレ 、swissinfo.ch
( 仏語からの翻訳、里信邦子 )
1939年に創設された。スイスの文化活動推進を目的とし、スイスの芸術家や作家などの創作や作品が国内外に広めるための援助機関。
政府の助成によって成り立っている。2010、11年度の予算は3400万フラン (約30億円)。そのうち2300~2400フラン (約21億円) がプロジェクトに使われる。その4割がスイス国内で、6割が海外で実施される。
年間約3200件の申請があり約半数が承認される。旅行費用などに支払われる、最低額500フラン (約4 万4000円)から、巨大なプロジェクトなどに対する最高額30万フラン( 約2600万円)までと、支給額は異なる。
同機関には62人が勤務しており、うち19人が海外勤務。
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