ロカルノ、顔の表情で語っていく映画「Playback」
ロカルノ映画祭最高のコンペ「国際コンペティション部門」にノミネートされた「Playback」。それは若き奇才、三宅唱(しょう)監督と本物の映画作りを追い求める村上淳という俳優の幸いなる出会いから生まれた作品だ。
「長い間、映画作りだけに突出した才能を持つ監督の出現を待っていた」と語る村上さん(38)は、三宅監督(28)にやっと出会え、「一緒に映画をやらないか」と声をかけた。映画は「俳優をどうとらえるか」をテーマに、いわば「村上さん本人とちょっとずれた村上さん」が白黒の不思議な世界の中に浮かび上がる。
脚本を開けると僕だった
「村上さんはアイドル的存在。雑誌を買ったら表紙に出ている。そんな人。映画を一緒にやろうと連絡がきたときは、うそだ(そんな有名な人が)と思った」と三宅監督。無理もない。今回の作品が3作目になる新人監督だ。「しかし彼がどんな映画に出ているか全部知っていた。ではどうするか。彼をそのまま表現してもしょうがない。悩んだ」
話は、キャリアを積んだ1人の俳優がブランクに陥る。私生活においても妻とうまくいかない。健康も害している(うつ病にかかっている?)。そんな中、故郷で行われた結婚式に招待され、旧友たちとの出会いにより昔を取り戻し(昔を体験し)、徐々にブランクから抜け出すといったものだ。
だが、村上さんの表情・演技があまりに自然で、そのまま「俳優の村上」が現れているように見える。「監督と僕は僕のパーソナルについて話し合ったことはなかった。でも脚本を開けてみると僕だった。少年時代にスケートボードをやっていたとか。うだうだとやっているとか」と村上さん。「でも人に見せるのだから、僕そのものであるわけにはいかない。僕という僕を演じるというか・・・現場でせめぎ合い、この仕草だったら映画的だろうとか考える。その中で三宅君が撮りたいトーンで演出してくる」
その辺りを三宅監督はこう言う。「淳さんと、ちょっとずれた人物を作る。ずらしたところで、距離をとってやる。もしかしたらこんな人生だったかも、くらいの感じで映画ができればと思っていた」
顔を撮るのが本来の映画
映画では、村上さんの「白黒でくっきりと描かれた1枚の絵」のようにピタリと決まった顔が連続して現れる。「こうではないはずだ」と自問する顔。過去を思い遠くを見つめる顔。ふと何かに気づく顔。少し元気を取り戻した顔。これらの顔に心の動きが全て出ており、言葉など必要なく、顔の映像だけで「物語」は展開するようだ。
「結局、顔を撮ることが本来の映画なのではないか?映画を信じ、俳優を信じ、カメラを信じていれば普通はできるもの。音楽やせりふで盛り上げなくてもできるものだ」と村上さん。「年を取ればよいというわけではないが、しわがあったり、年齢を重ねたりした顔。そういう顔が映っている映画が近年ずっと減ってきている。三宅君はそこにも挑戦したと思う」
「カメラマンの四宮秀俊(しのみや ひでとし)さんと話していて、今回は俳優を撮る映画だから顔を撮ろうと初めに決めた。小津安二郎監督が顔の正面にカメラを据えている。カメラを俳優の前に置くのは、俳優にとってはプレッシャーが大きい。しかし、カメラを通して俳優と観客との間に関係ができる。観客が俳優を見つめるという映画本来の楽しみが生まれる」と三宅監督は付け加える。そして「顔を絵のように切り取った四宮カメラマンの貢献も大きい」と強調する。
白黒と映画の時間
ところでなぜ白黒で撮ったのだろうか。三宅監督はこう言う。「もともと40年代の映画など白黒が好き。だが村上さんの潜在的魅力を引き出したいと思ったとき、白黒だと思った」。さらに、「死を扱う映画でもあるためメランコリーを出すために白黒が適切だった。最後に経済的理由もある」。これに対し村上さんは「経済的理由だけではない。今はカラフルで解像度だけを追求するような時代。そういう時代だからこそ、僕としては白黒という手法をもう一度やってほしかった」と付け加える。
三宅監督はこうも言う。「白黒の時間とカラーの時間では時間が違う。カラーだと一瞬にして何だか(例えば今は夕方だとか)分かるが、白黒だと(今は一日の内のいつなのか)一瞬混乱する。不思議な感覚が生まれ、不思議な時間が流れる」
不思議な時間と言えば、「Playback」はまさに不思議な時間でできた映画だ。同じシーンが繰り返し現れる。しばしば、1回目に出てくるシーンは(恐らく)主人公の夢の中あるいは思い出の中のもので、2回目は実際に体験していくシーン。2回目に出てくるシーンは1回目のそれより少し長くなっている。
「よい映画と言うのは、見る人と演じる俳優との時間がどこかで一致するもの。今回もそれが欲しかったから、カットをずんずん長くしていった。でも小器用にやろうと思えば退屈さを恐れるために(繰り返しは)カットしていただろう。しかし、(見る人と演じる俳優との)一致する感覚があれば、どんなに退屈でも面白いはずだと思った。9カ月かけてそれが分かった」と三宅監督は説明する。
「映画とは不思議なものだ。この一致する感覚こそが大切で、そのためか、もうすでに何回も見た映画をまた見ても、犯人が誰かと分かっている映画でも、毎回犯人が現れるとドキドキする。それと同じようなものだ。結局映画とは時間が流れていることだ。極端な言い方をすれば、映画が持っているものの邪魔をしないようにして制作した」
完成度(質)が評価
最後にロカルノにノミネートされた喜びを語ってもらった。「長年俳優をやってきて、映画を真正面から見る人たちに招待されたということは、完成度(質)を評価されたということ。だから本当にうれしかった」と村上さん。
「初めは信じられなかった」と三宅監督。「昨年、青山監督の『東京公園』と富田監督の『サウダーヂ』がロカルノに招待されたことは、とてもうれしいできごとだった。それを自分たちが引き継げたということは、バトンを引き継いでいるような喜びがあり、誇りに感じた」
こうした日本映画の快挙を映画祭のアーティスティック・ディレクター、オリヴィエ・ペール氏にも聞いてみた。「アメリカやイスラエルと同じように、ここ1、2年、日本の新人監督の作品は非常にレベルが高くなった。今年の「Playback」、昨年の「サウダーヂ」や「さや侍」など。かつて日本映画はとても優れていたが、なぜか近年面白いものが現れずがっかりしていた。そこへ突然面白いものが出てきた。完成度が高く、いかにオリジナルな日本映画を作っていくかを深く考察した作品が出現してきた。この傾向が今後も続くことを祈っている」
ところで、村上淳さんと三宅監督のコラボは今回で終わったわけではない。「三宅君と僕との関係はまだ完全燃焼していない。10年か20年後に完全燃焼するのか、それは分からないが、今回はほんの入り口に立った感じだ。(ロカルノに招待されて、すばらしい入り口だったけど)ジム・ジャームッシュ監督がロカルノでスタートしたというが、彼の初期の作品はどれも終わっていない感じがする。それが映画作りの醍醐味(だいごみ)なのだが、そんな風に続けていきたい」と村上さん。横で三宅監督も大きく頷いた。
1984年、札幌生まれ。
2007年、映画美学校フィクションコース初等科修了。
2009年、短編「スパイの舌」(08)が第5回シネアスト・オーガニゼーション・大阪(CO2)エキシビション・オープンコンペ部門にて最優秀賞受賞。
2010年「やくたたず」を製作・監督(第6回CO2助成作品)。
1973年、大阪府生まれ。
1993年、「ぷるぷる 天使的休日」(橋本以蔵)で映画初出演。
2001年、「ナビィの恋」(99/中江裕司)、「新・仁義なき戦い」(00/阪本順治)、「不貞の季節」(00/廣木隆一)の3作で一躍注目を集め、ヨコハマ映画祭助演男優賞を受賞。
最近の出演作に、「七夜待(ななよまち)」(08/河瀬直美)、「禅 ZEN」(09/高橋伴明)、「のんちゃんのり弁」(09/緒方明)、「必死剣 鳥刺し」(10)や「信さん 炭坑町のセレナーデ」(10/ともに平山秀幸)、「ヘヴンズ ストーリー」(10/瀬々敬久)、)や「ゲゲゲの女房」(10/鈴木卓爾)、「スリー☆ポイント」(11/山本政志)、「生きているものはいないのか」(12/石井岳龍)、「ヒミズ」(12/園子温)など、数多。
最新作は「莫逆家族 バクギャクファミーリア」(12/熊切和嘉)、「赤い季節」(12/能野哲彦)、「希望の国」(12/園子温)。
スイス、ティチーノ州ロカルノ (Locarno)市で8月1日~11日まで開催。ヨーロッパで最も古い国際映画祭として、また新人監督やまだ知られていない優れた作品を上映することで有名。
今年は、昨年より多い300の作品が上映される。アラン・ドロンやシャーロット・ランプリング、オルネラ・ムーティやハリー・ベラフォンテなどの豪華スターも招待されている。
世界最大級(26mx14m)のビッグスクリーンがあるピアッツァ・グランデ(Piazza Grande/グランデ広場)。ここは8000人の観客を収容でき、人気ある作品が上映される。これを「ピアッツァ・グランデ部門」という。今年は17本の上映。うちスイス人監督の作品が3本含まれている。松本人志監督の「さや侍」が昨年、この広場で上映された。
コンペ部門として、メインの「国際コンペティション部門(Concorso internationale)」と新鋭監督作品のコンペ「新鋭監督コンペティション部門(Concorso cineasti del presente)」がある。
「国際コンペティション部門」の最優秀作品には「金豹賞(グランプリ)」が授与される。2007年に小林政広監督の「愛の予感」がこれを勝ち取っている。2011年には青山真治監督の「東京公園」に対し審査員から金豹賞と同格としての「金豹賞審査員特別賞」が授与された。
今年、「国際コンペティション部門」には三宅唱(しょう)監督の「Playback」が、「新鋭監督コンペティション部門」には、奈良県十津川村(とつかわむら)で撮影したペドロ・ゴンザレス・ルビオ監督の「祈(いのり)」がノミネートされた。
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