ローザンヌ国際バレエコンクール 憧れの舞台へ
「熊川哲也さんに憧れている。ローザンヌコンクールは熊川さんも通過した登竜門。だから参加を子どもの頃から夢見ていた」とルカ君は話す。
日本とイタリアの国籍を持つアクリ・ルカ君は15歳。今年「第38回ローザンヌ国際バレエコンクール」の日本男子中で最年少。ルカ君と、母親であり8年間ローザンヌに生徒を送り続けている「アクリ・堀本バレエアカデミー」の先生、堀本美和さんに聞いた。
努力する点は僕の長所
ローザンヌコンクールの第1日目。「クラシックのレッスンは緊張して足ががくがくした」とルカ君。登録手続きが終わるやスタートしたレッスンにすでに審査員が入っていたからだ。ルカ君は日本のNBAコンクールの奨学金で昨年9月からミラノ・スカラ座バレースクールで学び、2008年北京国際コンクール男子年少グループで3位入賞を決めるなど場数を踏んでいるが、それでも緊張したと言う。
ルカ君の両親はダンサー。母親の美和さんはバーゼル市立バレエ団で踊った経歴を持ち、父親のマシモさんは日本で現役の「シンデレラのお姉さんのいじめ役がぴたりと決まるキャラクターダンサー ( 個性派のダンサー ) 」。2人で埼玉のバレエ学校を経営している。
ルカ君は4歳から「両親ともっと長い時間一緒にいたかったこともあって」ダンスを始めた。しかしすぐにダンスが楽しくなり、「サッカーは学校ではしたけど」家に帰るとすぐにダンスをする毎日だった。小学校5年生のとき「Kバレエカンパニー」の熊川哲也さんの踊りを見て「彼のようになりたい」とダンスの道に進むことを決めた。熊川氏もローザンヌコンクールで入賞したので、ここに来ることは自然な目標になった。
遺伝子的にも環境的にも恵まれたルカ君だからダンスはすんなりと難なくこなしているように思えるが、実は「努力の人」だ。
「努力する点は僕の長所かな。僕は骨盤の関節が柔らかくないし、足の甲の厚みがないのでつま先がきれいに伸びない。それでストレッチ運動は小さい頃からいつも欠かさずやり、ときにはやりすぎでけがをするくらいだ」
と言う。ダンスには厳しい美和さんさえ「そんなに根をつめなくても」と思うほどだ。
入賞をずーっと夢見て
2日目のクラシックのレッスンはずらりと審査員が並ぶ中で行われる。ローザンヌのシステムでは、審査員は最初の2日間にクラシックの練習を見ながらバレエの基礎を評価し、後半でバリエーションを見てテクニックを評価する。
「日本ではは基礎をあまりきちんとせずにテクニックに走りがち。逆に今いるミラノでは基礎をやり過ぎてテクニックが足りない感じがする。その点ここは2つとも大切にしてきちんと見てくれるコンクールなのでその点も素晴らしいと思う」
とルカ君は話す。
ところで、すでに留学しているルカ君だが、ローザンヌでは入賞したいと思っている。
「世界で活躍するダンサーの多くが通過した歴史あるコンクールだから、子どもの頃から入賞をずーっと夢見てきた。でも僕はあまり欲を出すとうまくいかない方なので楽しむことも大切かな」
と言う。
しかし、美和さんは今まで連れてきた生徒と同様、ルカ君に対しても「入賞することが目的ではない。あくまで基礎をきちんと学んだご褒美としてここに来られたのだ」と考えている。実際、入賞してもそれでバレエ人生の将来が保証されるわけではなく、またゼロから学校を選び次のステップへと進まなければならない厳しい道だからだ。ただ、
「ローザンヌ滞在はたった5日間なのに今までの生徒は多くを学び自信をつけ輝いて戻ってくる。それが日本にいる生徒にも伝わることが素晴らしい」
と言う。
両親に深く感謝
ルカ君の夢は将来ロイヤルバレエ団でプリンシパルをやることだ。それもあり
「クラッシックのほうがコンテンポラリーより好き。でもここでは2日間だけどコンテンポラリーの楽しさを知った。それにこれからのダンサーはコンテンポラリーもできないとだめなのでそこにも力を入れていきたい」
と言う。
しかし美和さんは
「ロイヤルバレエ団はもちろん素晴らしいが、例えば小さなバレエ団でも息子に合っていて、息子用に振り付けもしてもらえるようなところに入れることの方が幸せでは」
と考えている。
ところで、基礎を大切にする学校の先生としてルカ君の評価はどうだろうか?
「基礎は男の子にしてはきちんとできている。男の子はどうしてもジャンプしたり回ったりと動くことに集中しやすいが、ルカは目線や手の動きなどもしっかりしている。ただ自分を認めてほしいという反抗期で生意気なところがある」
という返事。
するとインタビューも終わりに近づく頃、突然お母さんに向かって「指で耳に栓をしてアーと声を出し続けていてね」と言う。美和さんが耳をふさいでいる間に、
「僕は両親に深く感謝している。両親のお陰でここまで来られたのだと思う。ときには反抗したりしたけれど、これからはちゃんと言うことを聞いていく。このことは絶対記事に書いてください」
と真剣に頼まれた。
里信邦子 ( さとのぶ くにこ) 、ローザンヌにて、swissinfo.ch
1973年ローザンヌで創設された「ローザンヌ国際バレエコンクール ( いわゆるプリ・ド・ローザンヌ) 」は、15~18歳の若いダンサーを対象にした伝統ある国際コンクール。その目的は、伸びる才能を見出し、その成長を助けることにある。「英国ロイヤル・バレエ・スクール」、「スクール・オブ・アメリカン・バレエ」など、世界60カ国以上の学校、バレエ団が協力している。
今年の第38回コンクールでは、36カ国226人 の候補者の中からDVD 審査で69人が選ばれた。その内訳は女子32人男子37人で、初めて男子数が女子数を上回った。
昨年と同様、2つの年齢グループ ( 15、16歳と17、18歳 ) に分かれて3日間の練習を行い、練習点と完成度の点の合計で、練習最終日の1月30日に決勝進出者約20人が選抜される。決勝では20人全員が踊り、約7人の入賞者が選ばれ、同額の奨学金を受け取り一流の国際的バレエ学校やカンパニーに留学できる。決勝進出に選ばれなかった参加者も最終日にオーディションがあり、コンクールに協力するバレエ学校やバレエカンパニーから招待を受ける場合が多い。
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