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快適な山歩きの水路、ユネスコ世界遺産認定を目指す

高い山の絶壁に取り付けられたビス「サヴィエスSavièse」 Véronique Jenelten-Biollaz

ヴァレー/ヴァリス州には、「ビス」という灌漑用水路が州全体に750キロメートルにわたって広がっている。多くがまだ活用されているが、ここ数年そのほとりを歩く散策者でにぎわい、ちょっとしたブームになっている。

ビスは、「ビス( Bisse ) のないヴァレーは、マッタ―ホルンのないツェルマットのようなもの」と言われるくらい、州の住民の生活に溶け込んでいる。この13世紀から受け継がれてきた伝統を守ろうと10月15日、ユネスコ世界遺産リストの登録を目指す協会が立ち上げられた。

青年が1人もいなくなった

 自宅の庭を横切るビスを指さしながら、「子どものころ、このビスに木の葉っぱや板などを流して遊んだ。ビスのないヴァレーは考えられない。この祖先から受け継がれた文化を後世にも残したいとユネスコ世界遺産リストの登録を考えた」と、世界遺産登録のための「ヴァレーのビス協会 (L’association des bisses du Valais ) 」の代表者の1人で、ヴァレー州議員のヴェロニック・ジュネルタン氏 は言う。

 また、今こうした協会などで保護しないと、2、30年後には草などが覆って実質的に消滅してしまうビスも多いと危惧する。

 ビスはもともと牧草地に水を引くために作られたた。ヴァレー州の山々には、氷河が解けた水が十分過ぎるぐらいあった。しかし、州の谷を流れるローヌ川の左岸には十分な水があるのに対し右岸にはなく、水の配分が均等ではなかった。

 こうして山から水を平地に運ぶ灌漑が13世紀に構想された。それは、木製の箱が連なる雨どいのような水路を高山の絶壁に取り付け、その中を水が流れる仕組みだった。その後14、15世紀にその数が増え、麦畑、ブドウ畑や果樹園に水を供給したビスだが、これは同時にヴァレーの村々の青年にとっては試練の始まりを意味した。

 「当時、18歳になったら、村の青年は全員ビスの修理方法を学ばなくてはならなかった。しかし修理中に崖から転落する事故があいつぎ、ある村では青年が1人もいなくなったという話も残っている」とジュネルタン氏は話す。

生物の多様性

 それぞれのビスには名前が付けられているが、ブドウ畑に引かれたビスの代表的なものに、1453年に建設されたシオン( Sion ) 市の丘陵を流れる「クラヴォ ( Clavo ) 」がある。ここからは、秋の色づいたブドウの葉の向こうにアルプスの山々が見え、眼下にはシオン市が広がる。
 
 ビスに目をやるとピンクの可憐な花が水路に沿って咲き乱れている。「これはビスの周囲にだけ咲く花。ほかにも何種類か、こうしたビスの周囲だけに生息する花がある。ビスは生物の多様性においても貢献している」と。案内をしながらジュネルタン氏は説明する。

 また向かいの山の岩肌に緑の線がくっきりと水平に伸びているのを指し、「あれは木製のビスがあそこに取り付けられている証拠で、ビスから漏れる水で生えた特別な植物群が形成した線。これらが色づいたりして、ヴァレーの風景にニュアンスを与え、昔から多くの風景画家を引きつけてきた」と文化的重要性も指摘する。

 ところで現代、ビスの最も大切な役目は観光だ。このクラヴォでさえ、2、3人のグループの散策者に何十組と出会った。中には、週末に1日500人もの観光客が訪れ、驚いているところもあるという。「ビスは比較的平らなところも多いので、家族でゆっくり散歩できる。また、水の音は心を慰めるし、水路は歩くときの道しるべにもなる」と、ヴァレーの山歩き協会「ヴァルランド( Valrando ) 」のナターシャ・フォロニエールさんは説明する。

ビスの特殊性は二つ

 ユネスコは1992年以来、「文化的景観」という、人の営みと自然が統合された世界遺産の概念を打ち出している。ヴァレーのビスもこの枠内に入るものだ。もちろん灌漑用水路は世界中に何カ所もあるのだが、「現在のユネスコ世界遺産911カ所のうち灌漑用水路が認可されたのは、イラン、中国、オマーン・スルタン国の3カ所だけ。だからヴァレーのビスが選ばれる可能性は高い」とジュネルタン氏は考えている。
 
 そして、特にヴァレー州のビスが前面に打ち出すべき特殊性は二つある。一つは崖に取り付けられた木製のビスの作製技術、美的側面、実用性だ。こうした、釘を一本も使わず、崖に打ち込まれた木製の水路はヴァレー州にしかない。

 もう一つは、ビスの水配分を組織化した村の管理方法だ。まずビスの所有者と管理者を決め、水争いを避け平等分配を目指すため、耕地面積の広さに応じて畑に水を流す時間帯が決められていた。決定された給水の時間帯を示すため、時間と使用者の名前を彫り込んだ棒なども、貴重な資料として残っているほどだ。

 しかし、世界遺産に認定されるまでの道のりは遠い。まず、スイスのユネスコ委員会がビスを推薦し、その後最終的な世界的な認定になる。「数年はかかると思う。しかし国内の委員会は一度推薦を決めたら、世界レベルでの候補地としてどういった点を強調するべきかといったことを教えてくれる」とジュネルタン氏は前向きだ。

 その国内の推薦にしろ、その後の手続きにしろ、今までは主体となる組織が存在しなかった。そのために立ちあげられた「ヴァレーのビス協会」だが、こうした事務的仕事だけではなく、ビスを修理する技術を学ぶコースも設けるなど、維持や啓蒙活動にも力を入れていくつもりだ。

 「もちろんビスが世界遺産に認定されると、それだけでもうれしいが、何と言っても保護運動関係者にとって励みになることが大切だ」とジュネルタン氏は考えている。

250カ所のビスがあり、長さの合計は750km。250カ所のうち219カ所がまだなんらかの形で農業などに使用されている。
この維持のため、昔と同様、現在もビスのゴミを拾ったり、修理などを専門にする管理者が存在する。
一方、現在は水路に沿って山歩きをする人々でにぎわうようになっている。
歴史的には、13世紀に牧草地に水を引く目的で始まり、その後麦畑やブドウ畑、果樹園などにもビスが作られた。
崖に取り付けられた木製のビス作製技術と水の管理方法の2点がヴァレーのビスの特徴で、これを前面に押し出しユネスコの世界遺産認定を目指す。

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