映画は、吹き替え!それともオリジナル?
2007年、外国映画の観客数の比較で、吹き替え映画が初めて字幕映画を上回った。
その昔、ジェームス・ボンドがドイツ語やフランス語、あるいはイタリア語で自己紹介していたのは、地方の小さな映画館だけだった。今では都市部でも、とりわけ超大作映画の吹き替え映画が人気を博している。
この現象は、「ユニバーサル映画スイス ( Universal Pictures Switzerland ) 」社のマックス・ディーティカー社長にとって特に驚くべきことではないようだ。
「わが社の主義とかみ合わないので少々残念ですけれどね。わたしたちとしては、もっと多くの原作を字幕つきで鑑賞していただきたいのです。しかし、市場の傾向は逆向き。ですから、ニーズ次第で吹き替え映画も配給しています」
声を聞く
都市部では可能な限り両方のバージョンを配給しているディーティカー氏。この傾向の理由は習慣と「読み疲れ」にあるとみる。
「若い世代は吹き替えに慣れているのでしょう。彼らはテレビやDVDの映画もドイツ語やフランス語で見ているのですから。また、若者は字幕を読むのを面倒がり、映画館へ行くのはリラックスするため、あるいは楽しむためだとよく耳にします」
スイス最大のシネマチェーン「キターク ( Kitag ) 」のフィリップ・テシュラー氏もまた、市場の力を止めることはできないという意見だ。
「見たくない物を無理やり見させることはできません」
スイス映画配給協会「プロシネマ ( ProCinema ) 」によると、吹き替えへの移行は若者をターゲットとした超大作映画に特に顕著にみられる。ジョニー・デップ ( 写真 ) が主役を演じた冒険ロマンコメディ「呪われた海賊たち」がその良い例だ。シリーズ第1作目が上映されたのは2003年で、その後2006年と2007年に2作目と3作目が上映された。
1作目の映画を英語で観たスイス人は37%。ところが、2作目は25%、そして3作目では20%まで減少した。
「ポップコーンがたくさん売れるほど、吹き替え版を求める声も大きくなります」
とディーティカー氏は言う。
しかし、大きくなっているのは吹き替え版を求める声だけではない。その配給量もまた増えているのだ。オリジナル版は今のところまだ多数を占めているが、その優勢は脅かされつつある。過去5年間で、オリジナル版のマーケットシェアは57%から53%に下落した。
このような状況は4つの国語を持つスイスのユニークな言語事情とは関係無いとディーティカー氏は考える。
「吹き替えは仕事が増えるというだけの話。根本的にはメリットもデメリットもなく、単なる事実に過ぎません。封切りの日は通常、地域によって異なるため、全国一斉封切りはほとんどありません」
ロスト・イン・トランスレーション
ドイツやフランス、イタリアなどの隣国と異なり、スイスの映画ファンはもともと吹き替えよりも字幕を好んだ。ディーティカー氏によると、吹き替えの波は北東スイスに起こり、西へ西へと押し寄せているという。
ザンクトガレン市に住むレベッカ・シルトクネヒトさん ( 17 ) は無料新聞「ツヴァンツィヒ・ミヌーテン ( 20 Minuten ) 」の紙上で
「チケットもそれほど安くないし、せっかくの映画だからきちんと理解したい。オリジナルの音声を聞きたいときはDVDを買う」
と話す。チューリヒ市に住むアンナ・ミュラーさん ( 23 ) は映画によりけりという意見。
「難しい映画はドイツ語で観たい。でも、それ以外はオリジナルを観るようにしている。吹き替えではジョークがうまく伝わらない」
一方、バーゼル市のセヴェリン・シュミットさん ( 22 ) はオリジナル派。
「俳優のリアルな声を聞いてこそ本物。それに英語の勉強にもなる」
と積極的だ。
文化的な義務
このような傾向に抵抗し続けている映画館もある。たとえばベルンのシネマチェーン「クィニー ( Quinnie ) 」は娯楽性の薄いアートハウス系映画に焦点を絞っており、吹き替えは昼間の子供向け映画でのみ行っている。
アールガウ州で映画館を経営しているペーター・シュテルク氏も、全10ホールでオリジナル版のみを上映。例外はやはり子供向けの映画だ。これまでの約5年間で彼の映画館に足を運んだ人のうち、9割はオリジナル版が目的でやって来たという。字幕はまたスイスにおよそ50万人いる耳の不自由な人々にも魅力的だ。
「映画館は、 ( ビジュアル・アーツ、文学、音楽、演劇、絵画、彫刻に続く ) 7つ目の芸術だということを忘れてはなりません。ですから、私にとってもほかの人にとっても、できるだけ多くのオリジナル版映画を見せるということは文化的な義務なのです」
とシュテルク氏は言う。
swissinfo、トーマス・スティーブンス 小山千早 ( こやま ちはや ) 訳
吹き替え版では、ドイツやオーストリア、フランスですでに出回っている外国映画を使用することができるため、スイスの配給会社にとってはかなり安く上がる。費用は、長さと量によってコピー1本当たり1500フランから2000フラン ( 約15万円から20万円 ) 。
一方、特に市場が小さいスイスでフランス語やドイツ語の字幕をつけるとなると、コピー1本につき3500フランから4500フラン ( 約35万円から45万円 ) の費用がかかる。
「そのため、字幕映画で元を取るには上映期間を長くするしかない」
と、ユニバーサル映画スイスのマックス・ディーティカー氏は言う。
「Die Herbstzeitlosen ( 遅咲きの乙女たち ) 」入場者数21万7979人
「Vitus ( ヴィトゥス ) 」6万6459人
「Breakout ( ブレイクアウト ) 」6万4761人
「Tell ( テル ) 」5万5285人
「Bruno Manser – Laki Penan ( ブルーノ・マンザー ‐ ラキ・ペナン ) 」2万9449人
「Ratatouille ( ラタトゥイユ ) 」69万8963人 ( 現在上映中 )
「Pirates of the Caribbean 3 ( 呪われた海賊たち3 ) 」62万2582人
「Harry Potter: The Order of the Phoenix ( ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団 ) 」52万4976人
「The Simpsons Movie ( ザ・シンプソンズMOVIE ) 」44万5803人
「Shrek the Third ( シュレック3 ) 」43万5071人
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