スイスの首都・ベルンで9月28日~10月6日に開催されたガス気球のレース「第62回ゴードンベネット外部リンク」。競技に出場した日本チームの市吉三郎さん(72)は、46年前に日本で初めて気球のパイロット資格を取ったベテランだ。風向きの巡り合わせで大会成績は振るわなかったが、敗因にはスイスと日本の地理や航空規制の違いもありそうだ。
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2016年からスイス在住。17年にswissinfo.ch入社。日本経済新聞社で8年間記者を務めた。関心テーマは経済、財政、金融政策、金融市場。
メインパイロットを務めた市吉さんと副パイロットの橋本耕明さんのチームは今大会唯一の日本代表だ。ゴードンベネットは各国から3チームまで出場できるが、日本でガス気球のパイロット資格を持っているのは市吉さんだけ。17年のスイス・フリブール大会もこの2人で出場した。
9月28日午後5時半過ぎ。ベルン市街地に程近い野外競技場Grosse Allmendを、12カ国20チームのガス気球が次々と離陸した。競技のルールはいたってシンプルで、550キログラムのバラスト(砂や水を詰めた重り)を積んで一度に飛べる距離を競う。ガス気球ではバラストを落とすと上昇し、水素などガスを放出すると下降する。目的地や飛行コースは各自の自由で、バラストか余剰水素ガスが絶えれば飛行終了だ。最終的に着陸した地点と出発地点との大圏距離(2点間の球面上の距離)で順位を決める。
スイスのスーパーで調達したチョコレートやチーズ、ソーセージなど大量の食料と水を積み込み、市吉さんチームはトップバッターとして離陸した。目標は、フランス上空を通ってスペインへの着陸。①アルプスを避ける②陸の上に戻れる保証がなければ海上には出ない③ジュネーブやチューリヒなど大きな空港の上は避ける――ことも針路に据えた。
レースが夜間にスタートするのは、大気が寒冷だとガスの膨張が抑えられ効率が良くなるためだ。スイス上空に上がった頃はほぼ夕闇で景色はほとんど見えない。ただこの晩は上空でも5~10度と予想より暖かく、高度1500メートル付近を悠々と操縦した。
進路が狂い始めたのはスイスとフランスとの国境を越えた頃。北風が吹き始め、地中海の方角へ流された。海上に出ても陸地に戻れば失格にはならず、緊急用のボートも積んである。だが危険を冒すべきではないと判断し、翌朝5時半ごろ、仏プロヴァンス地方のモンテリマールに着陸。大圏距離は326.65キロ、飛行時間は11時間51分。20チーム中18位という結果になった。
同じ方角を目指した他国チームはもう少し高いところを飛んで飛距離を伸ばした。優勝したのは北西を目指してポーランド・オストローダに着陸したポーランドチームで、大圏距離は1145.29キロ。飛行時間は58時間28分に及んだ。
「ゴードンベネットは長距離を飛ぶ貴重な機会。今回の競技も楽しく飛べた」。今年で第62回になるゴードンベネットに市吉さんが参加するのは8回目で、10位以内に食い込んだこともある。だが市吉さんにとって大切なのは順位よりも、長い距離を飛んで新しい場所に出会うことだ。
ガス気球に不利な日本
日本は狭い島国という地理上、長い距離を飛びたくてもすぐに海に出てしまう。ガス気球の強みを生かせず、日本で親しまれている気球の大半は熱の浮力を利用する熱気球だ。
一方スイスなど欧州ではガス気球が盛んで、長距離飛行に慣れている。スイスもアルプス山脈さえ避ければ欧州大陸のさまざま方角を目指せる地の利がある。スイスの3チームは今回6、8、18位に終わったが、過去に7回も優勝している。
規制の違いもある。市吉さんによると、日本は世界で唯一、気球が「航空機」と認められていない国。「浮遊物」なので飛行機の邪魔にならないよう飛ぶ場所や高さが制限される。航空機の位置情報を知るための機械「トランスポンダー」も外国では積載が義務付けられているが、日本では気球に積んではいけない決まりだ。
規制の違いは「変わらないと思うし、もう変えたいとも思わない」と話す市吉さん。だが「日本はスイスをはじめ外国に比べ、珍しいことや冒険に挑戦することに世間の理解が薄い」とこぼす。
ゴードンベネットは優勝国が2年後の大会開催地となる。地理や規制、文化の違いを乗り越えて、日本が開催地となる日は来るのか。
市吉三郎さん
1946年東京生まれ。戦時に使われた風船爆弾を民間飛行用に作り変えるプロジェクトに関わったのを機に、 72年にドイツ・アウグスブルクで日本人として初めて気球のパイロット資格を取得。日本 気球連盟の設立や飛行ルールの整備などに尽力してきた。
国際気球委員会FAI、CIAの日本代表。89年、97年の佐賀県での熱気球世界選手権大会の実現をはじめ、日本の気球を広く世界に理解されるために活動。気球・関連機材の輸入販売やデモフライトなどを手がけるエアロノーツ外部リンク代表取締役。
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ヴォー州のスキーリゾート地、シャトーデーで開かれる熱気球フェスティバルは、アルプス地方の熱気球イベントとしては最大だ。この時期、地元のホテルの宿泊数は年間の約15%に相当し、この熱気球フェスティバルは、オフシーズン中の観光を促進するメインイベントとなっている。
実はスイスは、熱気球とは長い歴史的なつながりがある。過去に大きな影響を与えたのは同じ家系のスイス人科学者2人だ。まず、1932年に物理学者、発明家、そして冒険家のオーギュスト・ピカール氏が、世界で初めて熱気球の有人飛行による成層圏到達を成し遂げた。そして合計27回の熱気球飛行と、最終到達高度2万3千メートルの記録を打ち出した。
99年にはその孫にあたるベルトラン・ピカール氏と英国人バルーニストのブライアン・ジョーンズ氏が、熱気球「ブライトリング・オービター3」に乗り、無着陸で世界一周飛行を達成した。
だが、熱気球パイロットの資格を取得するには、およそ1万5千フラン(約170万円)がかかる。若者にとっては少々高いハードルだ。スポーツとしての熱気球の将来性はあるのか。シャトーデー国際熱気球フェスティバルを取材した。
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