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自分の著作が大学入試の問題になったら?

試験を受ける生徒
KEYSTONE

イェレミアス・ゴットヘルフ、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ、ギュンター・グラス――スイス・ドイツ語圏の大学入学資格(マトゥーラ)試験に出題される文学はこうした著名作家だけではない。ただ作家たちは、作品が授業や試験で扱われることを必ずしも歓迎していないようだ。

ペドロ・レンツ氏は葛藤している。「私の本が学校で読まれていることは嬉しい。だが本来楽しむべき本を、誰かが震えながら語らなければならないということは悩ましい」。それはレンツ氏のベストセラー小説「Der Goalie bin ig(仮訳:ゴールキーパーはおれだ)」のことだ。

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同著はペーター・シュタム氏の小説「アグネス」やシモーヌ・ラペルト氏の「Der Sprung(仮訳:飛躍)」と並び、高校生向け推薦図書の常連だ。

「アグネス」は愛や自己愛を、「飛躍」は人間関係における共感力をテーマにした物語だ。作家の元には感銘を受けた若者から多くの感想が寄せられる。

著名な作品ほど機会は多い?

ペーター・シュタム氏は、「アグネス」が学校でよく扱われる理由にもう一つ心当たりがある。「基準の一つは本の厚さ。『アグネス』は150ページしかないことが加点要因だ」

だがおそらくそれだけではない。ラペルト氏の「飛躍」は336ページの大作だ。そしてシビレ・ベルク氏の小説「GRM」は640ページの超大作ながら、ギムナジウム(高等学校に相当)の試験で出題されている。

「『GRM』はメディアで大きく取り上げられた。それも若者の興味を引いたのかもしれない」とベルクは語っている。

「気が進まない」

自分の著作がマトゥーラで取り上げられたという事実は評価される――この点にはシビレ・ベルク氏をはじめ誰もが同意する。だがベルク氏はマトゥーラそのものに懐疑的だ。「芸術を評価するために子どもたちをさらに評価するなんて、なんとおぞましい」

ギムナジウムの生徒が卒業時に受けるマトゥーラは筆記試験(小論文)に加え、ドイツ語の口頭試験も受けなければならない。

合格要件や実施方法はギムナジウムごとに少しずつ異なるが、原則として以下のルールが適用される。

▼受験生は3時代(1800年以前、1800~1900年の間、1900年以降)から6作品を選択する。詩、叙事詩、演劇の3ジャンルを網羅する必要がある。

▼原則として授業で扱った作品のなかから3作品を選ぶ。他の3作品は学生自身で読み試験に備える。

▼「作品」はある程度の長さのある本を指す。短編小説や詩などの短い作品は、複数の作品を合わせて1つとする。

▼口頭試験の所要時間は合計30分。受験者はまず、選択した作品の1つから抜粋し15分間準備する。その後、教師および別の専門家との15分間の面接試験が行われる。

▼ほとんどの州では、マトゥーラの口頭試験は6月中旬~下旬に行われる。

授業で扱われる作品の著者は、文章を理解できない生徒から連絡を受けることがある。ベルク氏は「学校のレポートを書いてもらえないか訊かれたこともある」という。だが他人の宿題をやってあげるのは「気が進まない」。

ペドロ・レンツ氏も似た意見だ。「私は自分の作品を解釈しない。若干居心地も悪い。他人の仕事をしたいとは思わない」

独自の難解な解釈

ペーター・シュタム氏は自作の「正しい」解釈について何度か質問を受けた。「だが著者は他の誰よりも有能というわけではない。真の解釈というものはなく、せいぜい良いか悪いかくらいの違いだ」

シュタム氏は「アグネス」の著者としてよく学校に招かれる。そこで多くの独特な解釈を聞き、中には難解な解釈もある。「そこで私は、その解釈が正当化できるかどうか尋ねる。そうすることで解釈の質を認識できる」

「ゴールキーパー」に対する「王様の説明」?

著者にとって、若い読者が自分の本をどのように解釈するかを聞くのはドキドキすることでもある。シモーヌ・ラペルト氏は 「学生たちが信じられないほど賢いフィードバックをすることもよくある」と話す。

マトゥーラ試験に向けて、ラペルト氏はこう訴える。「教師たちには、自身の解釈とは異なる読み解きを受け入れてほしい」

いずれにしても、本の解釈は厳密な学問ではない。だがレンツ氏は、「Königs Erläuterung」など読書用補助教材は「ゴールキーパーはおれだ」にとって良いものだとみる。「生徒らがそれを試験の題材に選びたがるという事実が変わらないのであれば、補助教材には意味がある」

レンツ氏は「出版社が儲かるためには、教材を何冊売らなければならないのかという点が気になるだけだ」と笑った。独語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:大野瑠衣子

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